voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生18…『メール』

 
シドと会う前日、アールは布団の中に潜り、シドを説得させて取り戻す方法を探した。
どうかシドだけは……なんて、他の組織の人間は助からなくてもいいから、みたいな考えが頭をよぎる。
 
シドの本心が知りたい。
1ミリも、私たちを信じてくれていないのだろうか。1ミリも、組織を疑っていないのだろうか。彼が戻って来てくれたら嬉しい。でもそれは彼が組織を裏切るということ。裏切るということは、死を意味すること。
 
それならば心だけでも私たちの元に戻って、組織の人間のふりをし続けるのはどうだろう。
組織の中でシュバルツに関する情報を私たちに伝達してくれたら……
 
そんな危険なこと、彼にさせられるの?
そもそも彼はどうしたいんだろう。
やっぱり私を殺したいのかな。
 
彼の心が私たちに向けられていないのなら、必死に頭を回転させて走り回ってもしょうがない。
でも諦めたくない。私には、シドが必要だから。
 
誰も欠けないで。
最後はみんなで笑いたいじゃない。
 
━━━━━━━━━━━
 
目が覚めたとき、部屋の小さな窓から朝日が差し込んでいて気分がよかった。ベッドから体を起こしてぐんと背伸びをして、ふうとため息をひとつ。
朝はどうしてこうも力が入らないのだろう。子供の頃、起きるたびに拳を握っていたのを思い出す。全然力が入らなくて、それがおかしくて、いつの間にか癖になっていたけれど、それもいつの間にかしなくなっていた。
軽くストレッチをして、机の上に置いていた携帯電話を見遣った。寝ている間に連絡が来ていないか確認するのはこの世界に来る前からしていたことだ。
 
「カイか……」
 
カイからの着信があった。かけなおそうか少し悩む。これがルイやヴァイスならかけなおすのだけれど。もちろん、シドであっても。
着信があったのは1時間前だった。現在時刻は午前8時。こっちに向かっているという連絡かもしれない。
 
コンコン、と部屋をノックしたのはサンリだった。アールを起こしに来たのだ。アールは携帯電話を持ったままドアを開けた。
 
「おはようございます」
「おはよう、起きてたのね。朝食出来てるわよ」
 リビングのテーブルにはいろどりのいい和食が並んでいる。
「ありがとうございます」
 と、空いている椅子に腰掛けた。
 
電話はあとでいいかなとケータイを床に置いたとき、ふと仲間と連絡を取り合うのは電話が多いなと思った。こっちの世界に来る前はメールが基本だった。たまにはメールもいいかもしれない。
 
「あらやだ、お箸出してなかったわね、ちょっと待ってね」
 と、サンリが台所へ箸を取りに行った。
 
待っている間、メールを打つことにした。メールは使い慣れていないせいで少し手間取った。
 
【カイ、電話は急ぎの用?メールしてみたよ】
 
絵文字があることに気付いて、一覧を表示させた。なかなか可愛いデザインで迷う。
 
「にっこりマークと……」
 ハートマークは……避けるか。代わりにキラキラしている絵文字を入れた。
「誰かとメール?」
 と、サンリがアールに箸を渡す。
「あ、仲間に。ありがとうございます」
「今日よね、来るの」
 と、エプロンを外す。トクは仕事に、マークは幼稚園へ既に出かけているようだ。
「はい。──お世話になりました」
 
昨日の晩に、サンリやトクに仲間が迎えに来ることと、旅を再開することを伝えていた。
 
「他人行儀な言い方ね」
 と、サンリは笑う。
 
──そうだった。私たちは“家族”だった。
 
「すいません……」
 謝るのも変な感じがしてご飯茶碗を持った。「いただきます」
 
また、この家に世話になる日が来るだろうか。サンリもトクもいい人で、マークは死ぬほど可愛い。居心地もいい。それが怖い。落ち着いてしまうことが怖い。
 
「夫が回復薬揃えてくれてるから、持って行ってね」
 サンリはそう言ってソファに腰掛け、テレビをつけた。朝の情報番組が流れる。この家に世話になってからテレビを見る機会が増え、顔を覚えた芸能人が何人かいる。
「ありがとうございます」
「お見送りしたかったみたいなんだけど、休み明けだから仕事休めなくてね」
「いえ……」
「マークには言ってないの」
「え?」
「駄々っ子だから。やだやだって、言うこと聞いてくれなくなるの知ってるから」
「そうですか……」
 
正直、ちゃんとお別れがしたかった。お別れ……なのかな。
 
「暇が出来たら、たまには帰ってきてくれる?」
「あ……はい」
「ごめんね」
 と、サンリが申し訳なさそうに小さく呟いたのを、アールは聞き逃さなかった。
 
チクリと心が痛む。私が戸惑っているせいだ。こんなにもよくしてくれているのに、彼女たちの気持ちに応えられない。きっと自分が思っている以上に気を遣ってくれているに違いなかった。
 
「…………」
 
冗談を言おうとして、喉をつっかえた。「もし元の世界に帰れなかったら、そのときはよろしくお願いしますね」そう言おうとした言葉は声になることはなかった。
 
食事を終えたとき、携帯電話が鳴った。いつもと違う着信音。カイからのメールだった。
 
【アールん[ハートの絵文字]文字でやり取りだなんてラブレターみたいだね![ハートの絵文字]】
 
「……なにこれ」
 意味が分からない。
 
とりあえず、急な用ではないようだ。
フマラに到着予定は9時頃、シドたちと会うのはその1時間後だ。
 
時刻を確認し、食器を重ねた。
 
「私が運ぶわ。アールちゃんはゆっくりしてて?」
 と、サンリが立ち上がる。
「あ、ありがとうございます。──あの、アリアンについて、なにか知ってますか?」
「アリアン様? 知りたいのね。子供向けの絵本でよければうちにあるけど、読む?」
「ほんとですか?!」
 願ったり叶ったりだ。
「さすがに全シリーズはないけど、マークの部屋にあるから」
 

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©Kamikawa
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