voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生19…『待ち合わせ場所へ』

 
アリアンは、亡くなった人を生き返らせたことが一度だけあった。
アリアンは、その美しい歌声で亡くなった人の魂を天へと誘った。
アリアンは、枯れた大地に再び緑を咲かせた。
アリアンは、子供に恵まれない夫婦の間に子を宿した。
アリアンは、火事で炎に包まれた町に雨を降らせた。
アリアンは、転んだ子供の膝の傷を上から優しく触れただけで傷を塞いだ。
アリアンは、時に天候を操り、時に傷を癒し、時に魂を誘った。
 
マークの部屋にあった本棚からアリアンに関する本を取り出して、床に座り込んで読みふけっていたアールは虚空を見遣って考え込んだ。
これまで聞いた情報ばかりだ。もっと細かいことが知りたい。子供向けの本だから大雑把にしか書かれていなかった。もちろん、これから探すアリアンの塔に関することはどこにも書いていない。
 
絵本を閉じて本棚に戻していると、外が騒がしいことに気付いて耳を澄ませた。誰かが叫んでいる。
 
「アールぅー! やっと会いに来たよー!」
「カイだ!」
 と、部屋を飛び出して玄関のドアを開けた。
「アール!」
 と、そこにはちょうど家のチャイムを鳴らそうとしていたカイの姿があった。その横にはルイもいる。
「カイ! 久しぶり!」
「久しぶりだねぇ、1週間程度しか会ってないのに毎日一緒にいたから1年くらい会ってないような気分だよ!」
「それは言いすぎ。ルイももう大丈夫?」
 と、ルイに目を向けた。
「えぇ、十分回復いたしました。アールさんは身体の調子はどうですか?」
「私も大丈夫」
「スーちんは?」
 と、カイが家の中を覗き込むと、奥からサンリが顔を出した。
「あら、いらっしゃい」
「おぉ! アールのママん! こんにちはー」
 と、勝手に家に上がって、リビングのソファに腰掛けた。サンリはカイたちのためにお茶菓子の用意をはじめた。
 
  アールのママん
 
その言葉に違和感しかない。
 
「アールさん、ヴァイスさんは?」
「え? あ……わかんない」
「ご連絡は?」
「私からも向こうからも」
 と、首を左右に振った。
「連絡してみますね」
 そう言ってポケットから携帯電話を取り出したときだった。
「その必要はない」
 と、肩にスーを乗せたヴァイスが歩いてきた。
「ヴァイスさん。ちょうどよかったです。少しお邪魔してから出発しましょうか。お茶を用意してくれているようなので」
 
一同はリビングに集まり、テレビを見ながら談笑を始めた。
カイはテーブルの中心に置かれたお菓子を自分の前まで引き寄せ、ミニドーナツを口に放り込んだ。彼の飲み物だけオレンジジュースだ。
アールは冷たいお茶を飲みながら言った。
 
「あ、そうだ。どうしても見に行きたいライブがあるんだけど」
 と、シキンチャク袋を漁る。
「ライブ?」
 カイとルイが口を揃えた。
「これなんだけど」
 アールがテーブルに広げて置いたのは、エイミーのチャリティライブのチラシだった。掲示板に書かれているのを見たあと、一枚拝借したものだ。
「おぉー! 俺も行きたい! この人綺麗だよねぇ! アールも綺麗だけど!」
 と、カイ。
「アールさん、もしかして……」
「うん。ココモコ村で出会った女の子が、私の世界で流行ってた歌を口ずさんでたの覚えてる? その歌を教えてくれたお姉さんっていうのが、たぶん、この人だと思うの。わかんないけど……」
「あーぁ、そうだった」
 と、カイは思い出したように声を出して、ジュースを飲んだ。
「確かめたいのですね」
「うん。──でも、無理にとは言わない。ただ、場所がこれから向かうヌーベらしいから」
「えぇ、そのようですね。僕も気になっていましたし、なにかアールさんと関連があるのなら調べたいと思っていました。時間を作れるといいのですが……」
 
そうだ。この後行動を共にするのは私たちだけじゃない。シドがいる、組織の人間も一緒なんだ。時間が取れるだろうか。アリアンの塔自体、ヌーベという地域に存在する噂ということ以外はなんの手がかりもない。
 
「臨機応変に」
 と、アールは呟いた。
「そうですね、今後の計画は立てにくい……」
 
結局お菓子に手を出したのはカイだけだった。アールはサンリに深々と頭を下げて、仲間と一緒に家を出た。
 
「そーだ! アールにさぁ、俺の家教えとかなくちゃ!」
「カイの家?」
 と、アールは首を傾げる。
「仮の住まい! 旅が終わったらそこに住むことにした! そしてアー…」
「…………」
「あーしてこーして、楽しく過ごす!」
 
アールはカイが言おうとしてやめた内容を、察した。カイのことだ。「そしてアールと一緒に住むんだ」とでも言おうと思ったのだろう。でも、やめた。やめてくれた。
 
それはルイもヴァイスも察していた。アールは自分の世界に帰るのだから、それを否定するような発言を避けたのだろうと。カイにしては珍しかった。もしかしたらこの町に来て、冗談が“リアル”に感じてしまったのかもしれない。
 
「今度でいい? そろそろ行かなきゃ」
 シドたちとの待ち合わせ時刻が近づいていた。
「今度……?」
 今度なんてあるの?と言うように、聞き返す。
「マークがね、寂しがるから暇が出来たときにでも会いに来てって、サンリさんが」
 
“お母さん”とは嘘でも呼べない。
 
「マーク? あ、あのちっこいの!」
「会ったことあるの?」
「アールがこっちの世界に来る前にねー。ご挨拶」
「そっか。──あ」
 
忘れていた大切なことを思い出す。タケルの私物とアーム玉。アーム玉はモーメルに頼んでタケルが使用していた剣に埋め込んでもらう予定だった。私物は元の場所へ戻すつもりだ。
 
「今何時かな」
「9時40分です」
 
時間はない。後回しでいいかな。タケル、ごめん……。
 
「どうかしましたか?」
「ううん。急ごう。待たせると怖い」
 
彼らが黙って協力してくれるのだろうか。シドはどんな顔で私たちを待っているだろう。長い月日を共にして見てきた彼とは別人の、見たことがない表情で待っているのかもしれない。
 
待ち合わせ場所が近づくにつれてカイの表情に曇りが見えた。
ルイも口数が減り、少しピリッとした空気を感じた。
 
シドたちが立っている姿が目に入り、息がつまる。
 
そんな私の肩に優しく触れたのはヴァイスだった。
 

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