voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生9…『連絡』

 
午前7時過ぎ。
カントリー風の部屋はすっかり綺麗さっぱり物がなくなり、残されたのは窓際に飾っていた観葉植物とショルダーバッグだけ。
ミシェルはショルダーバッグを肩にかけると、室内を一通り眺めてから部屋を出て階段を下りた。
 
1階ではモーメルがテーブルの椅子に腰掛けてコーヒーを飲んでいる。その向かい側の席にはミシェルの分のコーヒーが置いてあった。ミシェルは一先ず椅子に腰掛けて、そのコーヒーを啜った。
 
「もうアールには連絡したのかい?」
「ううん、まだ。だって今大変そうなんだもの……」
「そんな今だからこそ、あんたの良い報告が聞きたいんじゃないかい?」
「そうかしら……」
 と、もう一口コーヒーを飲んだ。
「ねぇモーメルさん、本当にひとりで大丈夫? また変な奴等が来るかもしれない……。私がいないほうが下手に人質にされずに済むだろうけど」
「自分の心配をしてなさい」
 モーメルはそう言って呆れたように笑う。
「でも……。心配だからしばらくギップスさんに居てもらったら?」
「あいつも暇じゃないんだよ」
「でもモーメルさんの頼みなら聞いてくれると思うけど」
「あいつになにかあっちゃ困るからね。アタシの心配は無用だよ。それより、ちゃんとアールに新居の場所を知らせてやんなよ?」
「うん……。なにかあったら直ぐ駆けつけるから、畑仕事とか人手が足りなくなったら連絡してね?」
「はいはい」
「用事がなくても時々遊びに来てもいいでしょ?」
「旦那が文句言わないなら好きにするといいさ」
「言わないわよ。ていうか、言わせない」
 と、可愛く笑う。
「新婚生活、楽しみなさい」
 モーメルはそう言って席を立つと、モニターの前に移動した。
 
そんなモーメルの後姿を眺め、コーヒーを飲み干したミシェルは最後にカップを流しへ運んで洗ってから、改めてモーメルの後ろに立った。
 
「あ、観葉植物、置いてくから世話してくれる?」
「はいはい」
 と、モーメルは振り向かず、コンピューターのキーボードを叩きながら答えた。
「モーメルさん、短かったけど、これまでお世話になりました。色々と迷惑をかけてごめんなさい」
「がんばんなよ? これからが大変なんだから」
「うん……。じゃあ……あまりタバコ吸いすぎないようにね」
「余計なお世話さ」
 
ミシェルは深々と頭を下げ、モーメル宅を出た。
青々とした空を見上げ、「よしっ」と気合を入れてゲートへ。これから新たな土地でワオンとの新婚生活がはじまるのだ。うきうきしてばかりではいられない。
いい奥さんになろう。そう心に決めた。
 
一方モーメルは、キーボードに触れていた手を離し、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。朝は吸わない主義だが、今日は仕方ない。
後ろを振り返り、しんと静まり返った室内を見遣った。騒がしいのがいなくなるとこんなにも物悲しく感じるものなのかと思う。
 
「心配事がひとつ減ったね」
 と、ため息をこぼす。
 
あとはアールたちのことだ。これ以上厄介なことにならなければいい。そう思った。
 
━━━━━━━━━━━
 
目を覚ましたアールは香ばしいパンの匂いにお腹の虫が鳴った。ぐっと体を伸ばし、節々の痛みに顔を歪めた。日ごろあまりしない動作を長時間したせいで筋肉痛だ。でもこんなことに回復薬は使えない。
 
軽くストレッチをして部屋を出ると、マークが幼稚園の制服を着て慌ただしく足踏みをしていた。
 
「パパはやくーはやくー!」
「どうしたの?」
 と、アールが訊くと、キッチンにいたサンリがエプロンで手を拭きながらトイレのドアを叩いた。
「パパ、マークがトイレ入りたがってるから早く出てちょうだい!」
 
トイレ待ちか、とアールは理解した。
 
「アールちゃん朝食食べるでしょ? ちょっと待ってね。マーク、ハンカチ持った?」
「トーイーレー! もれちゃうー!」
「パパまだなの?!」
 
アールは思わずくすりと笑って、リビングのソファの前に腰を下ろした。
 
「いやーでっかいウンコ出たぞ!」
 と、トクがトイレから出てくるとマークは急ぎ足でトイレに入った。
「パパくさいー!」
「うんこは臭くて当たり前だ」
「朝食前にそんな話しやめてちょうだい」
 と、サンリ。
「おはようさん」
 トクはアールに気付いて隣に座った。そんなトクも今日はスーツ姿だ。これまで度々仕事へ出かけているようだったが、スーツ姿を見たのは初めてだった。
「今日はどうしてスーツなんですか?」
「マークを幼稚園に送るからだよ。今日で春休みも終了だ」
「春休みだったんですね。村の中に幼稚園が?」
「あるにはあるが、マークは別の街の幼稚園に通わせてるんだ。ちょっといいところのね」
「なるほど……」
 
マークがトイレから出てくると、トクは立ち上がって「行ってきます」と言った。マークも鞄を持って、「おねえちゃんいってきまーす」と言った。
 
「いってらっしゃい」
 自然には言えない。どこかぎこちなかった。
 
サンリが玄関まで見送ってから、リビングのテーブルに朝食が並んだ。サンリは既に済ませたらしく、脱衣所から籠に入った洗濯物を持って庭に出て干しはじめた。
アールは点いていたテレビを見ながらパンを口に運び、飲むヨーグルトを飲んだ。テレビは朝の情報番組が流れており、当たり前だが知らないキャスターやコメンテーターが楽しそうに会話をしている。
 
「お、イケメン……」
 
ゲストとして呼ばれた青年がカメラの前に姿を現した。かなりのイケメンだ。アイドルかなにかだろうか。それとも俳優?
 
《えー、来週上映されます「虹の果て」という映画について詳しく教えていただけますか?》
 
司会者の質問から、俳優であることがわかった。
テレビを見ながらふと思い出したのは、エイミーのことだった。彼女はあまりメディアには顔を出さないと聞いたが、見てみたい。チャリティコンサートについて、ルイに話しておこうと思った。
情報番組はCMに入り、化粧品やお菓子のCMが流れ始めた。CMが終わると番組の雰囲気が一変し、ニュースに切り替わった。街の外に出て連絡がつかなくなった人の名前が読み上げられ、どこかの街の結界が外れて魔物が侵入したという事件や、人同士の間に起きた事件などのニュースが淡々と報道される。
 
「…………」
 
シオンや亡くなったゼフィル兵はニュースにもならないのだろうか。
 
「アールちゃん」
 と、庭からサンリが顔を覗かせた。
「はい」
「そういえば今朝早くに携帯電話が鳴っていたようだけど、出たの?」
「え、ほんとですか? 気付きませんでした。ありがとうございます」
 と、アールはそそくさと朝食を食べてから食器を片付け、部屋へ。
 
ケータイを確認するとルイから着信がきていたが、留守電にはなにも入っていなかった。急用ではないのかもしれない。ベッドに腰掛けながら、掛けなおした。
 
『あー、もしもしアールさん?』
 と、電話に出たのはルイではなかった。
「カイ? なんでカイが出るの?」
『え、なんでもうわかったの?! 声真似てみたのに! 俺のことどんだけ好きなの?!』
「似てないよ。ていうか元気そうでよかった……。退院できそう?」
『まぁ驚異的な治りの早さで俺はとっくに退院していいと思ってるんだけど、ここの看護師さんが俺のこと好きみたいでなかなか退院させてくれないんだよねぇ』
「ルイは?」
『ルイはあまりモテないよ』
「そうじゃなくて。これルイのケータイでしょ? ルイはどうしたの? 具合悪いの?」
『ノンノン。厨房にいる』
「え」
『手伝ってる』
「病人なのに?」
『腕はくっついたってさ』
「くっついた? ……骨折してたの?!」
『うん、ぷらんぷらんだったよ。俺は傷が深くてぱっかぱかだった』
「二人共ほんとに大丈夫なの? 無理しちゃだめだからね?」
『アールこそ大丈夫なの? エルドレット、倒したんだよね、すんごい』
「あ……うん」
 と、ベッドに座りなおす。
『ん? 違うのん?』
「ちがくはないと思うけど、がむしゃらだったからよくわからない」
『ふーん』
「あ、ルイから聞いたんだけど、シドたちと手を組むんでしょ? アリアンの塔を探すために。シドと他になにか話した……?」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -