voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生8…『清心花』 ◆

 
植物の声が聞こえるとしたら、きっと耳を塞ぎたくなるほど泣き叫ぶ声が轟いているんだろうと思う。花は踏み荒らされ、無言のまま静かに散り、花の美しさに魅了されていた虫たちはその場を去り、殺風景な村の跡地が広がる地面の上を、散った花びらが這う。
 
殺風景。
穏やかな香りと風と、色とりどりの花で埋め尽くされていた村の跡地を、ヴァイスの想いと共に殺したのは──
 
私の敵だ。
 
 
アールは額の汗を、首にかけていたタオルでぬぐった。明るかったはずの空はあっという間に薄暗くなり、気温も下がり始めた。
一日をかけて何度も花屋とムゲット村を往復した。狩りに出てはお金に換えて花屋へ行き、花と種と育成剤を買ってムゲット村に運んだ。花屋が閉まる時間まで続け、集めた種をムゲット村に蒔いて、花は優しく植えた。
倒されていた墓標もヴァイスが木の板で十字に作った簡易的なものだったため、修復は簡単だった。
 
「……スサンナさん」
 
ヴァイスの婚約者、スサンナの墓標には白い花のリースを掛けた。
 
「勝手にごめんなさい」
 
アールは会ったことも見たこともないスサンナという女性を思い浮かべた。色白で、清楚な感じだろうか。声も透き通っていて、きっと優しく笑う人。ヴァイスの話によれば彼女はハイマトス族ではない。人として、ハイマトス族であるヴァイスを愛した。
 
「いててて……」
 と、アールは腰に手を当てながらその場に座り込んだ。
 
ずっとしゃがんだり中腰になりながら作業をしていたから足と腰に痛みがある。
 
「ヴァイスとルイに借りてたお金返さないとな……忘れないようにしなくちゃ」
 あくびをして、空を見上げた。雲が優雅に流れてゆく夕暮れ時。
 
アールが一休みをしているムゲット村に、静かに足を踏み入れた者がいた。ヴァイスだった。
モーメルの看病とハイマトス族特有の治りの早さもあって、すっかり怪我も治った彼は、逸る思いでムゲット村に戻って来た。そして、荒らされていたはずの村がこれまでに見たことも無いほどの花で埋め尽くされているのを見て、その美しさに息を飲んだ。
真っ直ぐに村の中心を通る道筋の両脇に背丈の同じ花が均等に咲いている。時折柔らかな風に吹かれて傾くその姿は踊っているようでもあった。
 
そして道の先に、彼女がいた。
村人の十字の墓が転々と建っているその場所で腰を下ろし、空を見上げている。しばらく遠目から横顔を眺めていた。この一面の花に守られた村は彼女が一人でつくったというのだろうか。その疑問はすぐに消えた。彼女は腰を叩きながら「よっこらしょ」と立ち上がった。その疲れきった様子からして、彼女が一人でこの村に色を取り戻したのだとわかった。
 
アールはスサンナの墓に一礼をして、足元に置いていた不要になった空のダンボールやスコップなどを持ち上げた。方向転換をし、ヴァイスが立っていることに気がついた。
 
「あ……」
「…………」
 
アールは彼に何か声をかけようと思ったが、言葉が出てこなかった。勝手に花を植えたことを、余計なお世話だと思われていたら謝るべきだし、少しでも喜んでくれるならもっと早めに切り上げてサプライズ感覚で驚かせたかったとも思う。どちらにせよ、腰を痛めながら後片付けをしようとしているときに会いたくは無かった。
 
ヴァイスは花畑を眺めならがアールに歩み寄った。
 
「全部お前がやったのか」
「ごめんなさい……」
「…………」
 ヴァイスは首を傾げた。
「なぜ謝る」
「勝手なことをしましたので……」
「そう思うならなぜやったんだ」
「ごめんなさい……」
 と、肩を落とした。
「怒っているわけではない」
 
ヴァイスはスサンナの墓標の前に来ると、愛おしい瞳でそれを眺めた。
 
「感謝している」
「ほんと?」
 
「あぁ。ありがとう」
 
ヴァイスはそう言ってアールに目を向け、優しく笑った──
 

 

あの時の感情は
あの日のことを思い出すたびによみがえっては私の心を苦しめるんだ。
 
初めてだった。あんなに優しく笑うヴァイスを見たのは。
だから動揺した。
ひどく動揺したの。

 
「あ……う、うん」
 と、目を泳がせる。
「どうかしたのか?」
「いや……そろそろ帰るね、あ、そうだお金……」
 と、ポケットからヴァイスに借りていたお金を出して手渡した。
「ありがとね! じゃあ帰ります!」
 ろくに目も見ずに回れ右をして帰るアール。
 

ドクドクと心臓が動揺していた。
 
あのヴァイスの笑顔を見たら
 
その笑顔をもう一度見たいと思ったんだ。
その笑顔を守りたいと思ったんだ。
 
あんな笑顔で笑えるヴァイスを、もっと笑わせたいと思ったんだ。
 
そして、あんな優しい笑顔を向けてくれて、すっごく嬉しかったんだ。

 
アールは鼻歌を歌った。歌手、陽月のデビュー曲だった。
その小さな鼻歌はヴァイスの耳に届いていた。再び彼女に目を向け、視界に入り込んだ白い発光体に目を見開いた。
それは村の大地からいくつもシャボン玉のようにふわりと浮かび上がり、空へとのぼってゆく。
 
「これは……オーブか」
 
子供の頃、アリアンのことが描かれている絵本を読んだことがある。彼女が起こした奇跡は多数あり、その中のひとつに、彼女の歌声によってこの世に彷徨い続けていた魂を天界へ誘ったという伝説があった。
一斉に舞い上がったオーブが空へ消えていくのを見届けたヴァイスは、既にアールがいなくなった方角を眺めながら彼女が何者であって何故この世界へ召喚されたのか、その意味を考えざるおえなかった。
 
そして、満開の花が咲くムゲット村の跡地を眺め、その一輪一輪を時間をかけてこの大地に咲かせた彼女を思った。重苦の涙や血が猛雨にも流されずに染み込んでいた村の地を埋めるように咲く花と、彼女の慈悲深い心が、この村に染み付いていた陰々たる空気を清めていくのを感じた。
 
ヴァイスの心に、小さな花が咲く。
それは次第に数を増やし、心全てを埋め尽くすほどになる。
スサンナを、過去へと追いやるほどに。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -