voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生10…『闇と光』

 
「他にって?」
 と、カイは病室のベッドに横になったまま電話をしている。
『ほら……色々あったから』
「シドと電話したのはルイだからねぇ。アールを悪者だっていう勘違い発言されたらしいけど」
『それは聞いた。組織の人間はシュバルツこそが正義だって思ってるんだよね。アリアンが悪者で。でもそれってそれなりの理由があるからだよね? ただシュバルツを崇拝している人間がそんな嘘をでっち上げて仲間を増やしてるとは思えないし。嘘じゃなくて、それを信じる何か決定的なものがあるんだよね?』
「ん? なに? よくわかんない」
 と、カイはベッドから上半身を起こした。
 
向かいのベッドにいるおじいさんがカイを眺めながらもぐもぐとなにやら口を動かしている。テーブルの上には広げたティッシュペーパーの上にピーナッツが置かれていた。
 
『だから、世間一般的にはアリアンが世界を守った正義として認識されてるんでしょ? それを覆(くつがえ)してまでシュバルツこそが正義でそれが歴史の真実だと信じた決定的な“なにか”があったんでしょ? それが知りたいの。シドが……本気でそっちの人間で組織を信じているのなら』
「あー…」
 と、カイは考えながら仕切りのカーテンに手を伸ばし、シャッと閉めておじいさんの視線を遮断した。
「俺にはわかりかねます」
『もういい……。どうせ会うんならそのときに訊いてみる。ところでルイから着信があったから掛けなおしたんだけど、なんの用だったのかわかる?』
「うん。アールから電話来たら代わりに出てくれって頼まれたから出たわけだしー。なんか必要なものはありますか?って。退院してそっちに向かうときに買って行くってさ。フマラってなにもないじゃん」
『え、カイフマラに来たことあるの?』
「そりゃあるよ。そこって俺たちの仮住所になってるんだし、挨拶に行ったんだ」
『私の家みたいにみんなにもそれぞれ家があるの?』
「一応ねー。でも俺たちの情報、組織の人間に結構ばれちゃってるから意味無いんだけどさぁ」
『家族がいるの?』
「ん? あぁ、それは身寄りのないアールだけだよ。俺たちは空き家が家なの。ゼンダのおっちゃんが建ててくれたんだ。なんなら本当に一人暮らしはじめるなら使っていいぞって。あ、ルイは、もしかしたら戦いが終わったらそこに住みはじめるかもしれないなぁ。訊いてみよっかなー」
『なんか……至れり尽くせりだね』
「痛手に佃煮? なに言ってんの?」
『退院するときは連絡してね。あと、今のところ必要なものはないっていうか、私もう動けるから必要なものあったら自分で買いに行くって伝えておいて。少し働いてお金はあるから』
「えっ、病み上がりなのになにしてんのさー!」
『あ、じゃあ働いたってことは言わないでおいて。心配かけるから』
「ほーい……。アール、寂しいだろうけど、もう少し待っててね。俺、一皮向けて迎えに行くからさ!」
『はいはい、じゃあまたね』
 と、アールからの電話は切れた。
 
カイはルイの携帯電話をテーブルの上に置いてから、その隣にあったグラビア雑誌を手に取った。病院内の売店で買ったものだ。
 
「んー、アールのパイ乳はこの子よりこっちの子に近いかもしれない。大きさ的に」
 と、ページをめくる。
「アールのお尻はこっちの子に似てるかなぁ。たぶん」
「カイさん?」
 と、仕切りのカーテンが開いた。ルイだ。
「あ、アールからついさっき連絡来たよー」
「そんなものを読むために仕切りを閉めていたのですか?」
「え、ちがうよ。おじいさんの視線が気になって」
「そうでしたか。アールさんはなんと?」
 と、ベッドの横のパイプ椅子に腰掛けた。
「必要なものは自分で買い揃えるってさ」
「アールさんは確か持ち合わせがなかったはずですが」
「あるって言ってたよ」
「まさか仕事を? 病み上がりなのに……」
「……いんや、なんか、町のすぐ近くでお金が入ってる宝箱を見つけたらしいよ。それはもうたんまり入ってて億万長者も夢じゃないってくらいだったらしいんだけど、ほら、アールって優しいじゃん? 全部は頂かずに必要な分だけ頂戴したらしいよ。本当だよ。俺嘘ついてないよ」
「仕事をなさったのですね。無理していなければいいのですが……」
 と、ルイは席を立って自分の携帯電話をポケットに入れ、自分のベッドに戻って行った。
 
「なんで嘘だってバレちゃったんだろう……」
 お金が入った宝箱を見つけただなんて嘘っぽいと思ったから更に嘘を重ねて真実味を増したつもりだったのだが。
 
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アールは電話を終えて、今日のスケジュールを考えた。無駄な時間はなるべく過ごしたくはない。また仕事をしてお金を溜めておくのもいい。もしくは、VRCに行ってもう一度魔力を使うトレーニングをしたほうがいいだろうか。
 
「…………」
 
アールは自分の両手を眺めた。小刻みに震えている。脳裏に浮かぶのはヴァイスを襲った二人の男の死だ。少し息苦しさを感じて、大きく息を吸い込んでふぅと吐き出した。頭を振り、別のことを考える。──はやくルイの手料理が食べたい。
 
それから服を着替え、サンリに一言伝えてから家を出た。晴天。体を動かすには気持ちのいい天気だ。町の外へ出て魔物でも狩ろうかと思ったが、定期的に現われてくれるわけじゃない。やっぱりきちんとトレーニングをするのならVRCが最適だろう。
町のVRCに向かいながら、伸びた髪の毛を束ねた。軽くジャンプをして、2、3回屈伸をしてから走り出した。
 
道端に咲いている花の香りがして、ムゲット村を思う。──勝手に花を植えたけれど、ヴァイスは気に入ってくれた……って思っていいんだよね?
トクトクと心臓が速くなる。
 
休み過ぎたせいだろうかと、アールは思った。休みすぎたから少し走っただけで心臓が跳ね上がるのだろう。トレーニングしなければ。
 
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ムゲット村にはヴァイスの姿があった。婚約者、スサンナの墓の前に立ち、ピンク色で繕った花束を添えた。
 
「スサンナ、誕生日おめでとう」
 
今日は最愛の人の誕生日。満開に咲いた花が村一面を彩り、穏やかな時間を運んでくる。
ヴァイスは天を仰ぎ、優しい表情を浮かべた。
この村に刻まれた悲しい記憶が薄れてゆく。どんなに年月が経っても忘れることはないけれど、心に蓄積された闇には四方八方からの光で照らされ、暖かい。
 
しばらくとどまっていたが、不意にアールの声が脳裏に響いて、表情を曇らせた。
 
 殺す?
 
 貴方が殺す?
 
「…………」
 
村に花を咲かせてにこやかに笑っていたアールに潜む黒い影。胸騒ぎがした。
 
そんなヴァイスのコートから顔を出したのはスーだ。スーは地面に下り立って、背伸びをするように体をのばした。
 
「どこか行きたい場所はあるか?」
 と、ヴァイス。
 
スーは虚空を見やって考えたあと、ビローンと長く体を伸ばして人型になった。そして平たい人型の胸辺りをペチペチと叩いた。
 
「…………」
 ヴァイスは小首を傾げた。スーが何を言おうとしているのかわからない。
 
スーは“手の指”を作って人型になった自分を指差した。人型になっているスーの背丈はちょうどアールと同じくらいだ。
 
「……それはアールか?」
 
スーはその通り!と拍手をした。
 
「アールのところへ行きたいんだな」
 
スーはその通り!と高速拍手をして、元の大きさに戻るとヴァイスの肩に飛び乗った。
 

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©Kamikawa
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