voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅4…『アールの過去』

 
酔い潰れていた男達を彼等のテントに運び終えたルイは、自分のテントに戻ってくると既に閉められている仕切りを見て言った。
 
「アールさんは……寝たのですね」
 
シドもテントへ戻ると、床に放っておいたタオルでまた体を拭いた。
 
「うん、直ぐ寝ちゃった。とぉーっても不機嫌だった」
 と、布団に寝転がっているカイはわざわざ説明をする。
「たかがチビと言われただけでぶちギレるかよ普通」
 と、シドが言う。
「誰にだって言われて傷つく言葉はありますよ」
 ルイはシキンチャク袋からタオルを取り出しながらそう言った。
「チビなんて大した言葉じゃねーだろ、悪口にもなんねぇよ」
「人によりますよ。『馬鹿』と言われて平気な人もいれば傷つく人もいます」
「けどチビだぞ? 小さいからチビって言うんだろ。女に『おい女!』って言うよーなもんだ」
「ハゲてるお方にハゲと言えば怒ると思われますが」
「……まぁ、ハゲとチビは違う」
「それはシドさんの価値観ですよ」
「けどなぁ、チビってのは──」
「チビチビ言わないでくれる?!」
 と、寝ているとばかり思っていたアールが突然叫んだ。
 彼等はビクリと体を強張らせて再び硬直した。
「……す、すみません。煩かったですね!」
 と、ルイは慌てて謝った。
「煩いのはいつものことだけどチビチビ言わないで!」
 
いつものことというのは、シドのイビキやカイの寝言のことである。
 
「すみません……」
 と、ルイは再び謝った。
 
仕切り越しで顔が見えなくても声だけでわかる機嫌の悪さ。ルイは戸惑っていた。精神不安定である彼女をこれ以上刺激するわけにはいかない。
 
「なんだよチビくれぇで……」
「シドさん!」
「あーはいはい、すいませんね」
 シドは服を着替えるとシキンチャク袋から布団を取り出して横になった。
 
ルイも気まずそうに布団を敷くと横になった。妙な空気がテント内を漂う。──こんな時に隣のテントでは知らない男達が眠っていると思うと落ち着かない。このテントは入口のファスナーを開けなければ中に入ることは出来ない。いくら爪を立てようが、いくら押し倒そうとしようが破けもしない頑丈なテントであり、魔物を寄せ付けないのだが、相手が人であれば簡単に侵入出来てしまう。
 
「昔、虐められてたことあって」
 と、呟くようにアールが言った。
 
まだ寝言を発していないカイのお陰かテント内は静かで、呟く声でもルイ達の耳にはしっかりと届いていた。
 
「イジメ……ですか?」
「そう。それこそ最初はチビって言われるくらいだった。少し太ってたりもしたから、『チビデブ』とかね」
「…………」
 シドは横になって目を閉じていたが、眠ってはおらず、黙って耳を傾けている。
「必死にダイエットして痩せたの。でも、いくらカルシウムを摂っても、身長だけはどうにもならなかった……。それでね、地獄の運動会があったの」
「地獄の運動会?」
「うん。家族が見に来てくれたんだ。……嬉しかったけど、その日からイジメが酷くなったの」
「……なぜです?」
「似てないから。私、お母さんにもお父さんにも似てないの。実は私のお母さんは自慢出来るほどスタイルがよくて、若いころはモデルの仕事をしたこともあったの。といっても、広告のモデルばかりで名前なんて全然有名じゃなかったみたいだけど……。背が高いの。お父さんも」
「そうですか……」
「姉がいるんだけど、お姉ちゃんもスタイルが良くてモデル体型なの。私と違って美人だし。だから、似てないって。『本当の子なの?』って言われて」
「身長が違うだけで……ですか?」
 と、ルイは思わず体を起こした。
「そう。顔もね。でも子供なんてそういうもんじゃない? それで捨て子説が流れたの。捨てられて拾われた子だって。……言葉だけで済めば良かったんだけど、子供って面白がって徒党組んでは悪化させてくんだよね」
 
 短足デブ! ミニブタ!
 
  捨て子! 
 
「なにを……されたのですか?」
「色々。最初は悪口、次はシカト。それから私物が消えていって、上靴は泥だらけだったり、切り刻まれてたり、不幸の手紙とか貰ったりね」
 そう言って、アール笑った。
 
子供のやることだ。子供のイジメなど大したことじゃない。そうは思っても、当時は自分もまだ子供だった。子供のイジメだと、割り切れるほど大人ではなかった。
 
「一番辛かったのは」
 と、アールは言いかけて口をつぐんだ。 痛みがフラッシュバックして喉を痞(つか)える。
 ルイは黙って聞いている。
「仲間外れにされて、独りぼっちになったことかな。やっぱり孤独が一番辛い……」
 そう言ったアールの声は、彼等の耳に届いて闇へと消えた。
 
心に刺さっていた無数の針を、一つ一つゆっくりと抜きながら捨てていった。いずれ塞がってくれるだろう。でも、古い針は錆び付いていた。傷口に錆びが残ったまま塞がってしまう。
忘れた頃か、直ぐにでも炎症をきたすだろう。
一度心に受けた傷は、真っさらな状態には戻ってはくれない。針が突き刺さったときの痛みも、残されたままだ。
 
「静かだね。カイは寝たの?」
「……えぇ。布団を頭まで被ってスヤスヤと寝ていますよ」
「そう。そのわりには、静かだね」
「そのうち嫌でも煩くなんだろ」
 と、漸くシドが口を開いた。
「シドも起きてたんだ、どおりで静かなわけだ」
「…………」
 シドは暫く考えた後、「どーゆー意味だよっ!」
「ふふっ、別にっ」
 
感じる孤独。だけど、話し相手はいる。
孤独感は何をきっかけに、どこから生まれるのだろう。そして、何をきっかけに、消えてゆくのだろう。
 
「おやすみ。話し聞いてくれてありがと」
 アールの言葉に、
「おやすみなさい。話してくれて、ありがとうございます」
 と、ルイは答えた。
 
シドは黙ったまま目を閉じた。その隣では布団に包まったカイが眠っている。
 
静かになったテント内。
カイは1人、布団の中で目を開いた。真顔で記憶を遡っていた。
 
 昔 虐められてたことあって
 
アールの言った言葉が、頭を掠めて辛そうにギュッと目を閉じた。
カイは、寝てなどいなかった。布団の中で息を潜め、アールの話を全て聞いていたのだった。
 
 

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©Kamikawa
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