voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅3…『先客』◆

 
サーッと降る霧雨。夜も更けて見通しが悪い中、一行は休息所を見つけられずにびしょ濡れになっていた。
 
「この辺りのはずだろ! つーか地図書き換えられちまったんじゃねーのか?!」
「そんなはずはありません……。一応、ある程度は頭にも入れてありますが、地図に変わった様子はありませんから」
「じゃあお前が頭に入れる前から書き換えられたんじゃねーのかよ!」
 
シドとルイが口論をしている間も、アールは辺りを見渡して聖なる泉がある“印し”を探していた。岩に嵌め込まれている水色の輝く石も、陽の光や月の光が無ければ輝かない。どんよりとした暗闇で探すのは一苦労である。しかし、休息所へと続く細道すらも見つからない。
 
「もうここにテント出そうよぉ。明るくなってから探して泉に浸かればいいと思うよぉー?」
 と、カイがしゃがみ込んで言った。
「でも、確かにこの辺りにあるはずなのです」
 
その時、雨音に混じって「クックック……」という誰かの笑い声がアールの耳に届いた。仲間に目を向けるも、この状況で笑っている者などいない。森に目を向けてみるが、暗すぎて奥までは見えない。
 
「ねぇ……今……」
 と、仲間に声を掛けようとしたが、
「もうここでいいだろ。泉は諦めろ!」
 と、シドはアールの声が聞こえていないようだ。
「諦めるって、今日は諦めるってことだよねぇ? 明日の朝探すんだよねぇ?」
 と、カイは不安そうに訊いた。
「んな時間ねぇだろ」
「なんだよぉ! 時間、時間ってぇー! シドは時間にとらわれすぎなんだよぉ!」
「落ち着いてください、今テントを出しますから……」
 と、ルイはカイを宥めると、腰に掛けてあるシキンチャク袋に手を延ばした。
「ねぇってば!」
 すかさずアールはルイの腕を掴んだ。「さっき声がした」
「声?」
「誰かの笑い声が近くでしたの」
 
アールの言葉に、一同は物音を立てないように動きを止め、耳を澄ませた。カイも立ち上がり、耳を澄ませる。
 
「雨のせいで人の気配が分かりにくいな」
 そう言ってシドは刀を抜いた。
 
すると、カサカサと不自然な音が木々の奥から聞こえた。
 
「誰だ?! 姿見せねぇならここから手当たり次第攻撃すんぞ?!」
 
シドが脅しで叫ぶと、森の中から慌てた様子で1人の男が飛び出して来た。ちょうど男が飛び出して来た場所に立っていたカイとぶつかり、2人は尻餅をついた。
 
「いったぁーいっ!」
 カイは直ぐに体を起こすと、飛び出して来た男も慌ただしく体を起こした。──男の顔にはシドの刀が向けられていた。
「何者だテメェ……」
「あーいや、すまん。ちょっとからかっただけだ……イテテ……」
「何者だと訊いてんだ!」
「あんたらと同じ旅人だ。仲間も奥にいる」
「奥?」
 と、ルイが訊いた。
「あぁ。休息所だ」
 そう言うと男は、近くの草を掻き分けた。聖なる泉を示す岩がそこにあった。しかし石は嵌め込まれていない。
「悪いな、誰か来る声がしたもんで、退屈凌ぎにからかってみただけさ」
 
悪戯に笑って見せた彼は、ぶしょう髭を生やし、肩まであるボサボサな黒髪、首には銀色の水筒をぶら下げている40代半ばくらいの酒臭い男だった。服装もぼろ切れのようで小汚い。彼は休息所へ続く細道も巧に隠していたようだ。
 

 
男に連れられ一同は漸く休息所へとたどり着くことが出来た。聖なる泉の女神が微笑んでいる。
泉を背に、先程の髭面の男含め、4人の男が地べたに座り込んで酒を交わしていた。雨を凌ぐ結界を自分達で張っている。
 
「おぅ、お前達も飲め! それにしても若いな」
 と、腰に短剣をいくつも差している男が酒を翳して言った。「どうやらここは結界が切れてるらしい」
「いえ……僕たちはもう休みますから」
 と、ルイは頭を下げると、男達のテントから少し離れた場所に自分達のテントを取り出した。
「先客がいるとはな」
 シドは溜息まじりに呟くと、不機嫌そうにテントの中へと入った。
 
アールも続いてテントに入ろうとしたが、その腕を髭面の男がガシッと掴んだ。
 
「あんた女か?!」
「え……あ、はい」
「おい! こいつ女だってよ!!」
 髭男はアールの腕を高く上げて、仲間達に向かって笑いながら言った。
「すみません、僕たちはもう休みますので」
 ルイが男の腕を掴み、アールから手を放すように促した。
「まぁいいじゃねぇか。少しくらい付き合ってくれよ。同じ旅人だろー?」
「でしたら僕が付き合いますから」
「兄ちゃん酒飲めるのか? 弱そうにしか見えねぇぞ!」
 そう言って男が笑うと、彼の仲間達も酒を口に流し込み、馬鹿にするように高笑いをした。「無理して酒を飲む必要はねぇよ、お嬢ちゃんが隣にいてくれるだけでいいんだ。頼むよ!」
「申し訳ありませんが──」
「あぁ? 聞こえなかったのかぁ? 隣にいるだけでいいって言ってんだ。こっちは先客だぞ。兄ちゃん達を追い出してもいいんだがなぁ?」
 男は酒臭い息を漏らしながら引き下がろうとはしなかった。
 
不快な面持ちでいたルイに気付いたアールは、仕方なく男に言った。
 
「良いですよ、お酒、付き合います」
「おぉ! ささ、こっちにおいで」
「はい。──ルイ、先に休んでて」
「でしたら僕も付き合います」
「兄ちゃんはいらねぇよ」
 男はそう言い放ち、アールの肩に手を回して仲間の元へと連れて行った。
 
いつの間にかテントの中に避難していたカイが、中から顔を覗かせてルイに言った。
 
「ルイー、シドが早くテントに戻れってー」
「でも……」
「いいから戻れってー」
 
先客の男達に取り囲まれているアールを心配しながら、ルイは一先ずテントの中へと入った。
 
「あいつが自分で酒に付き合うって決めたんだろ。心配ねぇよ」
 と、タオルで濡れた体を拭きながらシドが言った。
「ですが彼等が何者か分からないのに放ってはおけませんよ」
「なにかあっても自業自得だろ」
「そんな……」
「お前は女に干渉しすぎなんだよ! 放っておけ!」
 
シドの言葉に、ルイは納得がいかない表情で肩を落とした。
 
「びしょ濡れじゃねーか。ほれ、これ使えよ」
 と、髭面の男がボロ切れをアールに手渡した。
「ありがとうございます」
 受け取ったボロ切れは、汚れが酷かったが、意外にも石鹸の香りがした。
「見た目は汚いがちゃんと洗ってある。その汚れはもう落ちないんだよ」
「そうですか……、別に平気です」
「ガッハッハ! そうかそうか! そういえばまだ名前言ってなかったな、俺はジャック。そんで、鼻にピアスしてるのがジムだ。1人だけ一重で一番目付きが悪いのがドルフィ。一番チビで140センチしかないコイツがコモモだ」
「コモモ……?」
 自分より小さなおじさんに、アールは思わず目を奪われた。
「全員42歳、独身だ! まぁ離婚歴はあるがな! ガハハハハハ!!」
 と、髭面のジャックが大声で笑った。
「嬢ちゃんも飲むきゃ?」
 と、コモモが両手にコップと酒を持って、アールの隣に来た。
「いえ、私は……」
「少しくりゃい飲めるらろ?」
「では一杯だけ……」
「ふんふん」
 と、コモモは嬉しそうにコップに酒をついでアールに渡した。
 
アールは一口飲んでみようと口にコップを近づけると、ツンと鼻をつく臭いに思わず眉間に皺を寄せた。随分とアルコールの高い酒のようだ。なるべく鼻で息をしないようにして、少しだけ口に流し入れると、喉が焼けるように熱く、咳込んでしまった。
 
「ゲホッ! ゲホッ?!」
「おいおい、大丈夫かぁ? ──って、コモモ! 一番キツイ酒飲ましやがったのか!」
 ジャックが慌ててコモモを怒鳴る。
「ヒヒッ! おやっさんいつもしてるじゃないですきゃ!」
「さすがの俺でもなぁ、こんなおチビちゃんには飲ませねぇよ……」
 
──おチビちゃん……?
 
「今おチビちゃんって……言いました?」
 と、アールの顔色が瞬時に変わる。
「なんだ? もう酔ったのか、お嬢……いや、おチビちゃん! ガハハハハハ!」
「…………」
 沸々と怒りが込み上げてくる。アールにチビという言葉は禁句だ。
 
小学生の頃、当時好きだった男子の好きなタイプを知った。当時流行っていたアイドルグループの中で一番細くてスラッと背の高い、大人っぽい女の子だった。それはもう自分とは正反対すぎて落ち込んだ。その頃から身長を気にするようになった。その程度ならまだ大したことではなかった。当時、アールはポッチャリ体型だったせいで、イジメが始まったのだ。
 
 短足デブ!=@ミニブタ!
 
 ■■■!
 
必死にダイエットをして、ポッチャリ体型からは脱出出来ても、身長だけはどうにもならなかった。
 
「私は……チビじゃなぁああああいッ!!」
 
止まない雨声が続く闇夜に、アールの叫びが遠くの山まで響き渡ると、返事をするかのように山から獣の遠吠えが返って来た。
テントの中で休んでいたルイ達は、思わず硬直した。
 
「チビと言われたんだな……」
 と、シドが口を開く。
「そのようですね……」
「ビックリした……心臓止まるかと思ったぁ……」
 と、カイ。
「おい、お前様子見て来いよ」
 と、シドがカイに言う。アールの豹変っぷりは全員よく知っている。
「やだよ! 怖いもん!」
「じゃあルイ、お前行け」
「え?! 僕ですか?!」
「放っておけねぇっつったのお前だろ」
「それはッ……しかし放っておけと言ったのはシドさんですよ!」
 
暫く言い合いをしていると、シャ─ッとテントのファスナーが開く音がしてアールが入って来た。
 
「アールさん!」
 見るからに不機嫌そうなアールに、3人は息を飲む。
「私もう寝るから」
「え……あ、はい! あの……彼等は?」
「知らないよっ!」
「!? すみません……」
 ルイはビクリとして思わず謝り、テントから外を覗き込んだ。
 
男達は顔を真っ赤にしてすっかり酔い潰れ、結界は解かれて雨に打たれている。
 
「シドさん、彼等をテントに運びましょう」
「はぁ? めんどくせぇよ」
「お酒を飲んでいる上に雨の中放っておいたら危険です……」
 
シドは舌打ちをして、仕方なくルイとテントを出た。
アールは仕切りを閉めると、湿っていた服を脱いで着替え始めた。
 
「アールぅ、おじさん達どうしたのぉ?」
 と、テントに残っていたカイが、仕切り越しに訊いた。
「頭に来たからおだてて酔い潰した。おやすみ」
 
イジメは、ほんの些細なことから始まり、悲惨なものになる。ちょっとした言葉でアールの過去の傷口が開く。
 
 

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