voice of mind - by ルイランノキ


 一蓮托生4…『それは一瞬の出来事』


生きている人は、生きている意味を探しながら、もしくは作りながら、目の前にある枝分かれした道を、自分で選びながら、歩いているのだろうか。
なにも考えずに、本能のまま生きられたら楽なのに。
人間は余計なことばかり考えてしまう。
 
白猫のチイは、本能のまま生きていた。
眠ければ眠るし、つまんなければ無視するし、お腹がすいたらキャットフードを食べるし、喉が渇いたら水を飲むし、楽しい事を見つけたら飽きるまで遊んでるし。
 
本能のまま、自由に生きていると思ってた。
でも猫には猫の世界があるのかもしれない。人間にはわからない、世界が。
 
飼われている猫は家の中という狭い世界で生きている。狭い世界の中で、窓から広い世界を眺めてる。狭い世界の中で楽しみを見つけ、遊んだり、怒ったり、驚いたり、悲しんだり。
 
野良猫は無限に広がる広い世界で、腹を空かせ、人間が食べ残した残飯を漁り、ドブの水を飲む。見知らぬ野良猫と出くわし、怪我をするほど喧嘩をして、お腹が空いて、また食べ物を探しに車が行き交う危険な世界を歩いてる。
こんな酷い世界なのに、本能が生きようとするから。
人間のように余計なことを考える脳があったら……もしかしたら、自殺しているのかもしれない。
 
この世界は人間のためにある。
そんなことないと言い張りたい人間のためにある。
 
ヴァイス
 
貴方の世界は ちゃんとここにある?
貴方の住みやすい世界は、ちゃんとここにある?
 
生まれてこなければよかったなんて
思わないで……
 
少なくとも私は貴方がいたから
 
あなたがいたから私は──
 

━━━━━━━━━━━
 
アールの目に、立ち上がることすらままならないヴァイスの姿が映った。
 
灰色の村は、長い年月をかけてヴァイスの手で色を取り戻し、悲しみを吸い取ってくれるイエロー・ル・シャグランの花で咲き誇っていたのに、踏み荒らされて潰された花々と、ヴァイスが思いを込めて木で拵えていた墓標がへし折られている風景が広がっていた。
地面には複雑な模様を描くように血が飛び散り、潰された花と血の混じった匂いが空気中をさ迷っている。
 
村の奥に、二人の男が立っていた。その間からヴァイスが地面にうずくまっている姿がある。離れた場所からでもどれだけの痛手を負わされているのかがわかる。ひとりの男が振り下ろした刀剣の刃が、ヴァイスの右肩にスッと入り込んだ。
 
アールは視界に歪みを感じて体を支えるように足を踏ん張った。首に掛けていた武器を元の大きさに戻し、震える手で柄を握った。怒りがこみ上げ、全身に熱がこもる。
 
──誰の許可を得て、この村に立ち入り、荒らし、血を撒き散らすか。
 
 
  殺してやる
 
 
ヴァイスの名前を叫んだ。それでも振り向きもしなかった男に向かって力強く駆け出した。身体が燃えるように熱く、息をするのも忘れ、耳に膜が張ったかのように周囲の音が遮断される。風の音も、地面を蹴る音も、男の声も、ヴァイスの声も、自分の声さえも、聞こえない。
 
「よせッ!」
 アールに向かって叫んだヴァイスは、激痛に顔を歪めた。出血が酷く、立ち上がることもできない。
 
それでも彼女を止めなければと右肩を押さえて上半身を起こしたが、背を向けて佇むアールの背中を見て、動けなくなった。
 
「…………」
 
一体何が起きたんだ……?
佇んでいるアールの足元に、二人の男が横たわっていた。死にかけの虫のようにビクビクと身体を動かし、アールはそれを見ながら息が止まるのをじっと待っているようだった。
 
「殺す?」
 と、アールは二人の男に顔を向けたままヴァイスに言った。
「…………」
「貴方が殺す?」
 と、今度は静かに振り返る。
 
その目に光がないことに気づいた。暗闇の中にいるような瞳。冷酷な目。
 
「…………」
 
ヴァイスはよろめきながら立ち上がると、片方の足を引きずりながらアールの横に立った。アールは傍に落ちていたヴァイスの銃を拾い上げ、彼に渡した。ヴァイスはしばらく二人の男を眺めた後、彼等の頭に向かって引き金を引いた。静かな村の跡地に、銃声音が二発鳴り響いた。
 
ぴくりともしなくなった二人の男を眺めるアールの表情に不適な笑みが浮かぶ。
 
「何事だい」
 と、背後から声がして我に返った。モーメルが立っていた。
「モーメルさん……」
「うっ」
 ヴァイスが地面に片膝をついた。
「おやまぁ、随分やられたようだね」
 モーメルはヴァイスに歩み寄り、死に絶えている二人組みの男を見遣った。
「処分してやろうかい」
「あ……うん」
 と、アールの額から汗が流れた。
 
バクバクと心臓が脈打っている。知らぬ間に水中で息を潜め、モーメルの声で水面に上がってやっと呼吸が出来た、そんな解放感と微かな息苦しさを感じた。
モーメルは死体を村の外へ移送させてから、ヴァイスに手を貸した。
 
「あんたは自力で帰れるね?」
 と、アールに訊く。
「うん……、でもモーメルさんなんで来たの?」
「あんたがゲートからどこかへ向かったのをミシェルが見ていたのさ。心配だってうるさくてね。先に帰るよ、治療しないとね」
「…………」
 
アールはモーメルとヴァイスが去るのを見届けた。それから荒らされた村を見回し、流れ込んできた風に髪を靡かせた。
 
「酷い……」
 
折られた墓標の前で腰を下ろした。そして、なにか思い立ったようにすくと立ち上がる。
 

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©Kamikawa
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