voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅2…『心』

 
此処は自然が多く空気も澄んでいて、気持ちの良い場所だ。近くに川でもあれば、キャンプなどに最適だろう。──魔物さえいなければ。
 
歩きながらルイは地図を広げていた。アールは後方を確認すると、歩くスピードを落としてルイの隣を歩いた。
 
「ありがとうございます」
 と、ルイがアールに目を向けて微笑んだ。
 
ルイが地図に見入っている間、魔物に襲われないようにとアールが気遣ったことに気付いてのことだった。
 
「それ、この辺りの地図?」
「えぇ、一応。しかし古い地図ですので、あまりあてにはならないのですが」
「街で新しい地図、買わなかったの? 売ってないのかな」
「いえ、この地図はルヴィエールで買ったのですよ。古い普通の地図しか売っていなかったのです。新しいのは売り切れていました」
「普通の地図?」
「はい、強力な魔法が掛けられている地図でなければ、普通の地図では書き換えられてしまいます」
「書き換えられるって……?」
 
それまでシドの後をついて歩きながら、2人の会話を聞いていたカイが振り返り、ルイの代わりに答えた。
 
「俺達みたいな旅人を良く思ってない悪い奴もいるんだよぉ。そいつらが旅の邪魔をする為に道の何処かに“罠”を仕掛けていたりするんだ」
「罠……」
「その地図とかさぁ、勝手に書き換えられてしまったり、無いはずの場所に道が現れたり、あとはー、歩いても歩いても前に進まなかったり」
「なにそれ、めんどくさいね」
「えぇ。でもどれも危険な魔法ではありませんよ。ただ、僕たちを困らせるだけの罠ですから。しかし本当に気をつけなければならないのは、罠ではなく、“攻撃”です」
 と、ルイが言った。
「攻撃?」
「罠は仕掛けて終わり、その場に敵はいませんが、攻撃は相手が近くにいる場合のことです。直接攻撃されるので危険ですよ。魔物に取り囲まれたり、身動きが取れなくなったり、旅人を動けなくして金目のものを奪ったりすることが目的の連中ですから……。標的目掛けて仕掛ける魔法と、いずれ通るであろう誰かに向けて仕掛けておく魔法とでは違いますからね」
「なんかよく分かんないや」
 と、アールは首を傾げた。
「ルイが簡単に分かりやすく説明してやってるってのにオメェの頭はどうなってんだよ」
 先頭を歩いていたシドが呆れてそう言った。
「なんとなく分かった」
 と、アールは少しふて腐れながら言い直した。
 
「あ! モンスターだ!」
 カイの大声に目を向けると、前方に3匹の魔物の姿が見えた。
 
一行に気付き、目を向けた魔物は動きを止めて警戒している。
シドとアールは目を合わせると、武器を構え、魔物を目掛けて走りだした。アールは何度か倒したことのある魔物なら、シドと息を合わせて動けるまでになっていた。
 
「俺、追い抜かれちゃったなぁー…」
 と、戦闘中の2人を見ながらカイが呟いた。
「追い抜かれた? なんの事です?」
 と、ルイ。
「今じゃ、俺よりきっとアールの方が強いだろうからさぁ。あっという間に抜かれちゃった。俺……シドの片腕になりたかったのになぁ……」
 そう言ってカイは渇いた笑いを零した。
「カイさん……」
 
カイは物思いに耽っていた。シドの力強い刀捌きを見ていると込み上げて来るものがある。
 
「あの日、シドの力になるって心に決めたのになぁ」
「もう、諦めたのですか?」
「え……?」
「まだまだ旅は続きますよ」
「でも、アールはもう俺を追い抜いたんだ。何で俺って強く思ってるのに行動に出せないんだろ……」
「カイさんにはカイさんのペースがあると思います」
 そう言ってシドを見遣ると、3匹の魔物はすっかり横たわっていた。息を切らしているアールに、ルイは駆け寄って行った。
 
「長い旅かぁ……」
 カイはそう呟くと、腰に掛けてある刀をグッと握りしめ、シドの元へと走って行った。「シドぉー! おんぶしてぇー!」
「アホか! 自分で歩けッ!」
「そろそろ休息所ですよ」
 と、ルイが地図を片手に言った。
 
タイミングが良いのか悪いのか、パラパラと雨が降り始めた。
 
「走るぞ!」
 シドの掛け声に、一行は足並み揃えて休息所まで急いだ。
 
魔物を警戒しつつ休息所を探しながら走り、自然と笑いが零れていた。直ぐに息切れをするアールをシドは馬鹿にして笑う。そんなシドをカイは「ひどぉーい」と言いながらも笑い、アールは膨れっ面で言い返しながらも、その後は笑顔だった。
そんな3人をほほえましく見ていたのがルイだったが、アール笑顔は“その場限りの笑顔”なのではないかという考えは拭い切れなかった。彼女に託された使命。彼女が手放したもの。漸く打ち解け始めていたシェラとの別れ。他人には分からない、目に見えない傷と痛みを彼女は今抱えているのだ。
 
 貴方達は……アールちゃんを守る為にいるというより、アールちゃんを無理矢理歩かせて絶望に追いやる為にいるようにしか思えないわ
 
シェラの言葉が再びルイの心を貫いた。──これ以上、彼女の傷を増やしたくはない。
ルイはアールの後ろ姿を見ながらそう心に強く思ったのだった。
 
 

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©Kamikawa
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