voice of mind - by ルイランノキ |
エルドレットがシドに背を向けた瞬間、シドの携帯電話が鳴った。その場を去ろうとしたエルドレットが足を止めた。
「電話が鳴っているようだが?」
「あ、はい……」
と、確認する。姉からだ。「大した用ではないかと」
シドが電話に出ないままポケットにしまおうとすると、エルドレットが電話に出るよう促した。
「誰からだ?」
「姉です」
「ほう。出てやったらどうだ。元気にしているのか?」
「えぇ……まぁ……」
いつまでたってもその場を去ろうとしないエルドレット。シドは仕方なく鳴り続けている電話に出た。
「──はい」
『シド? 会いたいんだけど』
と、掛けてきたのはヒラリーだった。
「悪いが忙しい」
『少しでいいのよ。大事な話があるの。会って話したいの』
「…………」
「どうした?」
と、エルドレットが様子を伺う。
「いや、その……姉が会いたいと」
「行ってやったらどうだ」
「しかし……」
おそらく今日、アールたちがやってくるに違いなかった。
『もしもしシド? 誰と話してるの?』
「…………」
「すぐに戻ればいいだろう。奴らが来たら知らせてやる」
「……はい」
シドは電話を切った後、エルドレットに深々と頭を下げてアジトを後にした。その直後、ワードがエルドレットの元にやってきた。
「よろしいのですか? そろそろグロリアがここへ」
「あいつは使えそうにない」
「というと……?」
「十部隊に侵入させていた部下から聞いたが」
と、歩き出す。「女をかばったそうだな」
「グロリアですか?」
「十部隊の連中がアーム玉を隠し持っていないか女の身ぐるみを剥ごうとしたとき、侵入させていた部下が持っていたアーム探知機を奪ってこれで調べればわかることだと言って阻止したようだ。情があると言える」
「…………」
「お前はどう思う。ドレフのことは幼い頃から見ているんだろう? それに、奴を仲間に誘ったのはお前とベンだ」
「私は……」
と、ワードは眉間にシワを寄せた。
「まぁいい。直にわかる」
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宿を出たアールたちは、極端に口数が少なくなっていた。出来ることならばシドが待つアジトへ向かいたくはない。この先なにが待ち受けているのか、不安でたまらなかった。起きている事態をきちんと飲み込めないまま事は進んでいく。
アールの携帯電話が鳴った。
「ちょっと待って。モーメルさんから電話……」
ゲートへ向かう足を止めて、電話に出た。
『アール、急に悪いね。嫌な予感がしたもんでね。もしシドの元へ向かうんなら、防寒着を忘れないようにするんだよ?』
「防寒着?」
アールは驚いた。絶妙なタイミングだったからだ。
『そこから大分離れた場所さ。アタシがいたときには既に冷え込み始めていたからね』
「ありがとう……これから向かうところだったの」
『そうかい……』
「モーメルさん……、シドはずっと私たちを騙してきたんでしょうか。まだ信じられなくて」
アールはそう言って視線を落とした。
『思い当たる節がなかったとは言い切れないね。何かを隠して、仲間との距離をとっていたように思う』
「…………」
『タケルの一件だと思っていたが、他にあったようだね』
「タケルも関わってると思う? シドが組織に入ったのは」
『さぁね。アタシにはわからないさ。すまないね』
「ううん。ありがとう」
アールはモーメルからの電話の内容を仲間に話した。ゲートで移動してから防寒着に着替えることにした。
ゲートに向かいながら皆、最悪の事態にならないことを願いながらシドを思う。
不意に、ワードだったかベンだったかが言った発言を思い出す。
邪魔者は始末しておきたくてね。手を貸してやった。ありがたく思うんだな
手を貸してやった、というだけならが理解できなくもないが、邪魔者は始末しておきたくてねという言葉が引っかかっていた。確かに第十部隊は邪魔者だったが、それはその男二人にも同じことを言える。手を貸してくれても彼らが邪魔をするならなんの意味もない。ありがたくもない。
でも、今になってその違和感は取り除かれる。
あれは、シドに言った言葉なのだろう。
“グロリアのアーム玉を狙う俺たちにとっての邪魔者(十部隊)は始末しておきたくてね。お前(シド)も苦労しているようだから手を貸してやった。ありがたく思うんだな”
おそらく、二人があの場所に現れて行動に出すことをシドには知らせていなかったのだろう。勝手に行動し、突然現れた組織の仲間にシド自身驚いたに違いない。あのときのシドは演技をしているようには見えなかったからだ。
ゲートを抜けると、ひやりと冷たい風が襟元から服の中へ侵入し、一気に体温が奪われてゆくのを感じた。そこはレコップという村。転々と家が建っているものの、人ひとり見当たらない。
「本当にここで合っているのですか?」
と、ルイはアールを見遣る。
「ここから真っ直ぐ歩いて村の裏口から出て、少し歩いた先にある廃墟だって」
「村の中ではないということですね」
ほっと一安心した。あまり住人を巻き込みたくはない。
一向は一先ず防寒着の防護服に着替えた。心が落ち着かない。カイは宿を出てから一度も言葉を発していなかった。
息をするたびに白い息が出る。すぐにかじかんでしまう手を革の手袋で覆った。
シドがいなくなり、4人になった一向の足音が静かな村を通り抜けてゆく。静けさが、後に嵐を引き起こすのではないかと、一歩踏み出すたびに悪い予感ばかり生まれては不安を募らせていった。
「俺」
と、カイが口を開いた。「またパズル完成させたんだ」
「パズル?」
と、アールは突然の話に首を傾げる。
「俺、沢山パズル持っててさ、昔買って作り上げたパズルを忘れた頃にバラバラにしてもう一度遊ぶんだ。はじめは出来上がった見本の写真を見ながらピースを嵌めてくでしょ? 2回目は忘れた頃で、見本は見ずにやる。3回目は、他のパズルのピースと混ぜちゃうんだ」
「え、でも合わなくない? 柄も形も」
なぜ突然そんな話をし始めたのか、わからなかった。ヴァイスもルイも、疑問に思いながらカイの話に耳を傾けていた。
「大切なのは似たような絵柄のパズルを使うことなんだ。他のパズルのピースなのに、形が同じならうまく合わさる。目を凝らしてみれば微妙な色の違いがわかる。形が同じようで、微かな隙間があったりするけど。青い空のパズルは難しいんだ」
シドがみんなに見せていた笑顔や不器用な優しさは、偽りだったのかな
みんなが作り上げたパズルにうまく混ざるための。
「そんでさ、出来上がったのがこれ。写真撮ったんだ」
と、カイはシキンチャク袋の中から一枚の写真を取り出してアールに見せた。
それはおかしなパズルだった。
隙間だらけだし、絵柄はバラバラでどこも繋がっていない。
カイがいくつかのパズルのピースを混ぜて無理矢理組み合わせて作り上げたカイのオリジナル。バラバラだけど、遠目から見れば色鮮やかな模様で、ひとつの絵に見えた。
「芸術的でしょ?」
そう言われ、 隙間も絵柄の一部に見えた。
決められた場所にはめ込まれるはずのピース。
別のパズルに入り込んだピースは、きっと違和感を抱いているんだろうね。自分の居場所じゃないって。でも、凄く綺麗な絵柄のパズルの中だったら、溶け込みたいって思わない?
こんな綺麗なパズルの一部になれるのなら、バレないように溶け込んでいたいと思わない?
ジムは思ってた。
いつかバレてしまうとわかっているからこそ、溶け込み続けることはしなかった。
自分の本当の居場所に戻ったんだね。
カイは絵柄が一致しないバラバラのピースをはめ込んで作ったパズルを、完璧な作品だと言い張るの。
赤い色が入ったひとつのピース。赤色が入ったピースならなんでもいいわけじゃないんだって。
カイがオリジナルで作り上げたパズルのひとつひとつのピースに、スペアはないんだって。
その意味、わかる? シド。
Thank you... |