voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考7…『準備段階』 ◆

 
「ワオンさんの嫌いなところを教えてあげる」
「えっ」
 
午前6時半。ログ街のVRC内にある治療室で、ワオンは横になっていた。そのベッドの横に腰掛け、ミシェルはワオンの腕に巻かれていた包帯を取って、傷口に液体の薬を塗った。回復薬などを飲みすぎると身体への負担が大きくなるため、こうして原始的な方法で治療を行うことも多い。
 
「こんな怪我までしといて、黙ってるところよ」
「いや……これはだから昨日も言ったが……」
「男のプライドでしょ? それに心配掛けたくないとか。じゃあ怪我が完治するまで会わないつもりだったの?」
「だからそれは……」
「私はあなたの妻よ?」
 と、手を止めてワオンを見遣った。
「ミシェル……」
「少しは頼って甘えて欲しいものね」
「すまなかった……」
 
手当てを終えて、ワオンに布団を掛けなおした。
 
「アールちゃんたち、大丈夫かしら……」
「あぁ……。シドの奴が裏切ったとはな」
 ワオンもミシェルから大まかな事情を聞いていた。
「ねぇ、ほんとうにそう思う?」
「思いたくはねーが、お前らを危ない目に合わせたんだ。思うしかねーだろ」
「危ない目っていっても、捕らえられてただけよ?」
「結果としてはな。なにか起きる前に逃げ出せたんだろ?」
「そうだけど……ログ街での事件でシドくん、あんなに必死にカイくんを迎えに来てくれたり仲間の為に走り回っていたようなのに」
「助けなきゃおかしいだろ。仲間のふりをしてんのに」
「……そうね」
 と、浮かない表情で視線を落とした。
「でもなんでシドまでアールちゃんを狙うんだ。あの子は何者なんだ」
「…………」
 
それには答えなかった。アールと約束をしたからだ。モーメルから聞いたことは、ワオンにも話さないと。
 
「わからないけど、アーム玉とかいうのを集めてるみたいで、アールちゃんに限らずみんなのアーム玉を狙ってたんじゃないかしら」
 
━━━━━━━━━━━
 
城の敷地外にある森の中のゲートから、数人の男たちが姿を現した。彼らは皆、真っ黒いコートについている大きなフードで顔を隠している。
そこに城から出てきた私服の兵士が走ってくると、彼らの前で片膝をついた。
 
「遅くなりました。城内の警備ですが──」
 と、未だ警戒態勢を取っている城内の情報を詳しく話し始めた。
「そうか。ご苦労だったな」
 一人の男が私服兵の足元に札束を放り投げた。
「あ、ありがとうございます……」
 と、それを拾い上げる。
「これから故郷に戻るのか?」
「はい。母が危篤だと伝えたら有給休暇をいただきました」
「警戒しているわりにはよく休みをもらえたな。よほど使えないようだな、お前は」
「そ……そのようで」
 と、悔しさのあまり札束を握る手に力が入る。
「しかし我々にとってお前はそれだけの価値がある」
 男は私服兵が握っている札束を見ながらそう言った。「感謝する」
「あ、ありがとうございます……」
 
私服兵はその場から逃げるように、ゲートから城を離れた。
 
「そろそろ行きますかな?」
 と、一番背の低い男は言った。年をとった、しわがれた声をしている。
「はい。──いいか? 自分の身は自分で守れ。自分のことだけを考え、自分の役目を果たせ。仲間への手助けは不要だ」
「わかりました」
 と、男たちは口を揃えた。
「エルドレット」
 仕切っていた男は一番後ろにいた男の名前を呼んだ。
「はい」
 
エルドレットはシドがいる第三部隊の隊長である。彼がこの場にいる一人一人の体に触れると、その体はスッと霧のように消えた。エルドレットには元々ものを消すスキルを持っていたが、シドが持ち帰ったクラウディオのアーム玉によってより強力な消去魔法を使えるようになっていた。
 
「第三部隊にはグロリアのアーム玉を奪い、抹殺することを期待している」
 姿が見えなくなった男の声だけが聞こえた。
「お任せください。第二部隊副隊長、ユージーン様」
「わしも期待しておるぞ」
 と、老人の声。
「あ……有難きお言葉、恐縮でございます。第二部隊隊長、セル・ダグラス様」
 
エルドレットは姿の見えない彼らに深々と頭を下げ、「いってらっしゃいませ」と言った。
足音が遠ざかったのを確認し、ゲートから第三部隊アジトへと戻る。
 
「おかえりなさいませ、エルドレット様」
 と、開いたゲートに駆け寄り出迎えたのはワードとベンだった。
「他の連中はどうした」
「敵に備え、準備を」
「敵?」
「ドレフがグロリアに居場所を知らせたようで」
「……勝手なことを。アーム玉の保管部屋を開けろ。使えそうな力を利用する」
「しかしあれはシュバルツ様に捧げるための……」
「いいから命令通り動け!」
「失礼しました!」
 と、二人は慌てて保管部屋に走った。
 
アジトの保管部屋へ向かう途中、エルドレットはシドと出くわした。シドはすぐに廊下の端に寄り、頭を下げた。
 
「おかえりなさいませ」
「お前も、よく戻ったな」
「……はい」
「奴らとの旅はさぞ快適だっただろう」
「なにを仰りますか……ようやく戻ることが出来、清々しております」
「そうか。だが、戻った以上勝手な行動は許さんぞ」
「……申し訳ありません。エルドレット様が不在中に我々で仕留め、手柄をお渡しできればと思っておりました」
 
エルドレットは無表情のままシドに顔を近づけた。シドは視線を落としたままゴクリとつばを飲み込んだ。
 
「勝手な真似をするな。いいな?」
「……はい」
 

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