voice of mind - by ルイランノキ


 千思万考9…『デリックとシド』

 
村を通り抜け、裏口から外へ出た。前方は木々が生い茂り、道は左に伸びている。道なりに進み、広々とした空間に出た。奥に5階建ての廃墟が見える。遠目からでも随分と年季が入った建物で人が住んでいるようには見えなかった。
重い足取りで近づいていくと、その建物内から7人の男たちが顔を出し、アールたちを出迎えた。その中にシドの姿はなかった。
 
一行が立ち止まると、一番前にいた男、エルドレットが歩み寄ってきた。
 
「お目にかかれて光栄だ。アール・イウビーレ」
「あなたは?」
「ムスタージュ組織第三部隊隊長、エルドレットだ」
「第三部隊……」
 
彼の後ろにワードとベンの姿があった。
 
「シドさんはどちらに?」
 と、ルイが警戒心を向けながらアールの前に歩み出た。
「野暮用でね。席を外している」
「僕たちはシドさんに用があって来ました」
「だから我々には用はないと?」
 カイが一歩歩み出た。
「俺たちはシドを取り戻しに来たんだ。戦闘しに来たんじゃない」
 
それを訊いた第三部隊の連中は噴き出して笑った。
 
「取り戻す? 元々お前らのものでもないが?」
 カイは悔しさのあまり奥歯をかみ締めた。
「そんなのわからないじゃないか! 俺はお前らより長くシドと一緒にいたんだ! シドのことは俺の方がよく知ってるんだ!」
 
初めて出会った日のことを思い出す。頼れる人がおらず、孤独に負けそうだったあの日。自分とさほどかわらない年齢の男の子と出会い、その力強さに心打たれた。
 
「俺らより長く一緒にいたって?」
 と、ワードとベンが前に出た。「俺らはもっと前から知り合っている」
「うそだ……」
 
そういえば、と、アールは思う。カイはあの場にいなかった。シドの家でヤーナがベンという男に惚れていると話していたとき、自分とルイは台所でその話しを聞いていたが、カイはリビングにいた。だから知らないのだ。彼らとシドの繋がりを。
 
「うそじゃないさ。俺らはドレフ……いや、シドが旅に出る前から知ってるよ。なぜならあいつに刀捌きを教えたのは俺らなんだからな」
 と、二人はそれぞれ二本の刀剣を取り出した。
「その頃からシドさんは組織の人間だったのですか?」
 険しい表情で訊いたルイに、ベンは曖昧に答えた。
「どう思う? 奴は自分の意思でこの組織に入ったのは確かだけどな」
 
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ツィーゲル町に戻ったシドは、苛立った様子でゲートから自宅までの道を歩いた。
こんなときに連絡をしてきた姉にも苛立つが、エルドレットにも腹が立ってしょうがない。まるで追い出すような言い方だった。
舌打ちをし、早く用を済ませて帰ろう。そう思った。
 
しかし、自宅に着いて玄関のドアを開けた瞬間、シドの表情はますます険しくなった。大きな男物のブーツが一足あったからだ。しかもそれはゼフィル兵の既定の靴だった。
 
玄関のドアが開く音に気づいたヒラリーが、神妙な面持ちでリビングから顔を出した。
 
「シド……」
「誰か来てんのか」
「それが……」
「お、やっと話題の中心人物登場か」
 と、ヒラリーの後ろから顔を出したのは制服姿のデリックだった。
 
アールに言われた通り、用心棒として来ていたのである。しかし彼の姿を確認したシドは何も言わずに玄関から外へ出て行ってしまった。
 
「シド待って!」
 と、追いかけようとするヒラリーの手をデリックが掴んだ。
「俺が行ってきますんで中にいてください」
「でも……」
 なにか言いたげなヒラリーを阻止して、デリックは外へ出た。
 
「待てよ腐れ野郎。礼くらい言え」
「はぁ?」
 と、シドは足を止めて振り返る。
「お嬢に頼まれたんだ。お前の姉さんたちが心配だから用心棒をってな」
「あっそう」
「他の部隊も関わってんだろ? この一連に」
「…………」
 シドの脳裏にクラウンの不気味な笑顔が浮かぶ。
「お前の大事な大事な姉さん方を危険な目に合わせていいのか? それとも自分のことで手いっぱいで姉の心配が出来なかったのか」
「黙れ……」
「お前、何考えてんだ?」
 
時間も時間だ。周りにいた住人が異様な空気を察して何事かと二人に目を向けている。
 
「テメェには関係ねぇだろ」
「そうでもない。お前が抜けたら俺が仲間に入る予定なんで」
「ふんっ。だったら入ってやれよ。俺はとっくに抜けてんだから。そもそも元から仲間だとは思ってない」
 
背を向けて歩き出すシドに、デリックはしばらく考えてから言った。
 
「お前が俺に負けたときのこと覚えてるかー?」
 と。
 
そのような言い方をされて流せるほどシドも大人ではなかった。足を止め、デリックを睨み付けた。デリックは楽しそうにシドに歩み寄った。
 
「テメェ今なんつった……?」
「ん? だから、お前が俺に負けたときのこと覚えてるかって」
「テメェが俺に負けたんだろうがッ」
「あの日お前が俺に言ったセリフ、覚えてるか?」
「はぁ?」
「俺は覚えてるぜ」
 
それはシドが国王直々に城に招かれたときのこと。ゼンダから初級剣士の資格を得るよう言われたが、既に自己流の剣捌きを身につけていたシドは『こんな雑魚を相手にしても時間の無駄だ!』と怒鳴り、指揮官に盾突いた。指揮官は痛い目に合わせてやるつもりで上級剣士へ昇級する為の審査を受ける資格を与えてやったのだが、シドの並外れた剣捌きによってあっさりと合格。
そのときに指揮官からシドの相手をするよう頼まれたのがデリックだった。
 
「あの時お前は体力的にも限界だったろ。5時間経っても決着がつかなかったんだ。ふらふらになっていたお前を見兼ねて中断してやったら俺の背中目掛けて斬りかかって来やがった」
「その時点でテメェの負けなんだよ……俺はまだ動けたってことだ。大体遊び半分で刀扱ってるような魔導士ごときに負けるわけがねんだよ」
「俺は魔導士だが剣士としての資格も持ってんだよ。だーかーら、俺はエリートなの。おわかり? 冷静に考えて中断しなきゃ俺が勝ってたよ」
「テメェが休みてーから勝手に中断したんだろうがッ!」
 と、シドはデリックの胸倉を掴んだ。
「どっちにしろ、お前言ったよな」
 
思い出す。背中を狙ったシドだったがデリックは特注の丈夫な防護服を着ていたため、刀の刃は貫通しなかった。それでも頭にきたデリックはシドを鋭い目つきで睨み、言った。
 
「おいオメー今のは反則だろうが」
「戦いにルールなんかあんのかよ。ルール守りながら世界が救えるか」
 
シドはそう言って刀をしまったのだった。
デリックは当時のことを振り返りながら自分の胸倉を掴んでいるシドの手首を掴んだ。
 
「まぁお前はゼフィル兵として入隊するわけじゃなかったし、指揮官はあの発言でお前を気に入ったんだ」
 と、手を下ろさせた。
「くだらねぇ」
「世界を救う気だったんだろ? なのにお前は今なにしてんだよ」
「…………」
 
シドはデリックを凝視しながら言った。
 
「今でも世界を救う気は変わってねーよ。お前は城にいながらどこまで知ってんだよ」
「なんの話だ?」
 と、ポケットからタバコを取り出した。
「ゼンダの企みだよ糞づまり」
 

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