voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷29…『裏で動き回る者』

 
「──で、誰と電話してたんだよ」
 と、カイ2号が言った。
「おめーには関係ねーだろ。つかどの面下げて来てんだよ」
 と、シドは向かい側のソファにどかっと座った。
 
客です、と言われてこの部屋に来たシドはログ街で出会った「よ」を多用する面倒な男、カイを見て驚いた。彼が言うにはこの近くの町に新店舗を出したという。シドをたまたま見かけ、あのときのことを謝罪したくて捜しに来たと経緯を説明した。
 
「シドさんよぉ、なんか以前会った時と雰囲気が違うような気がするよ。あのメンバーもいないしよ。俺兄弟と会えるの楽しみにしていたのによ」
 兄弟とはもうひとりのカイのことだ。
「謝罪が済んだなら帰れ」
「ったく、久々に会ったのによ、そりゃねーよ」
 と、立ち上がる。
「ま、あのばばあと経営がんばれよ。てっきりとっくに潰れてると思ってたけどな」
「よかったら2号店、覗いてくれよ。割引するよ」
「気が向いたらな」
「兄弟によろしく伝えといてくれよな。長居してすまなかったよ」
「…………」
 
カイ2号はシドの様子に首を傾げ、出入り口に待機していた男を警戒しながらアジトを後にした。
 
「ったく……なんでこんなときにうるさい奴が出てくんだ」
 ぶつぶつと苛立ちながら携帯電話を取り出し、地下の見張りに電話をかけた。
 
しかしいくら待っても出る気配がない。険しい表情で地下へ下りると、見張りはぐうすかと気持ちよさそうに眠っていた。モーメルとミシェルを捕らえていた牢屋の戸は開けられており、もぬけの殻だった。
 
「あいつッ」
 
シドはカイを追って外へ出たが、広々とした空き地が広がっているだけで彼の姿はどこにもなかった。
 
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「ごくろうさま」
 と、モーメルたちを助けた黒髪ショートの女が、森の奥でカイ2号にお金を渡した。
「お安いご用よ」
 と、お金を数えるカイ。
「それじゃ、お元気で」
「名前くらい名乗ったらどーよ」
「今後も付き合いがあるなら名乗るけど、今回限りだから」
「ふーん。でもなんで俺とシドが知り合いだって知ってんだよ。あいつになにがあったんだよ」
「詳しくは訊かない約束でしょう?」
「気になるんだよ」
「お元気で」
 
黒髪の女はそう言って、持参していたゲートの紙を広げてどこかへ移動した。
取り残されたカイもお金をポケットに突っ込むと、別のポケットからゲートの紙を取り出した。
 
「…………」
 
この紙も女から貰った物だ。近くにポポ店の2号店が出来たと言うのは嘘だった。女からシドを引き止めておいてくれと言われ、咄嗟についた嘘だった。
 
「なーんかやばそうだなぁ、シドさんよぉ」
 
久々に会った彼はまるで別人のようだった。しかしながら思わぬ報酬に顔がほころぶ。これならログ街の一件でボロボロになっていたポポ店の改装が出来るだろう。
 
カイはゲート紙を使って自分の店へ戻った。母親が心配そうに“出口”のゲート紙を床に置いて待っていた。
 
━━━━━━━━━━━
 
静かな空き地に着信音が鳴る。
ヴァイスの背中を借りて泣いていたアールは彼から離れ、鼻を啜りながら着信相手の確認もせずに電話に出た。
 
「はい……」
『アールちゃん? 私よ』
「え……」
 
アールは携帯電話を耳から話して画面を見やった。モーメル宅の番号が表示されている。
 
「ミシェル?!」
 と、目を見開いた。
 
ヴァイスは振り返り、スーはベンチからヴァイスの肩に移動した。
 
『私たちは無事よ。今モーメルさん家。ワオンさんにも連絡したから、安心して?』
「ほんと……? ほんとに大丈夫なの?」
『うん、怪我もしてないわ。助けに来てくれた人がいたの』
「え……誰?」
『それがわからないの。モーメルさんはまだ彼女が味方かどうかわからないから用心すべきだって』
「彼女って……女の人なの?」
『うん。組織の人間かどうかまではわからなかった』
「…………」
『もしもし?』
「組織って……ミシェル組織のこと知ってるの?」
『うん、モーメルさんが話してくれたの』
「そう……」
 と、アールは浮かない表情をした。
『ごめんなさい。知られたくなかったよね……。でも私誰にも言わないから。ワオンさんにも言わない。約束する』
「そうじゃないの……。私と深く関わると……人が死ぬから」
 
「…………」
 ヴァイスは黙ったまま話を聞いている。
 
『心配してくれてるのね……アールちゃん』
「お願いだから、これ以上は関わろうとしないでね。巻き込みたくないの」
『えぇ、約束する』
「モーメルさんは?」
『ギップスさんの治療を』
「ギップスさん?」
 と、ヴァイスを見やった。
「ギップスとワオンが来ていた」
 と単調に答える。
『どうしたの?』
 と、ミシェル。
「あ、ワオンさんはそこにいないの?」
『え? いないわ。どうして?』
「ワオンはログ街に戻っている」
 と、ヴァイス。「深手を負っていた」
「…………」
 
アールは考え込んだ。さっきミシェルはワオンさんにも連絡したと言っていた。そのとき怪我のことは聞いたのだろうか。彼があえて心配かけまいと言わなかったのだとしたら知らせないほうがいいのだろうか。
 
『もしもし。アールちゃん?』
「あ……ワオンさんはなんて?」
『心配してくれてたみたいで、よかったって』
「それで?」
『それだけよ? すっごく安心してくれて』
「……怪我のことは?」
 と、伝えることにした。もし自分なら、伝えてほしいからだ。
『怪我?』
「うん。ワオンさんもそこにいたみたい……で……って、え? 怪我?」
 と、改めてヴァイスを見遣る。「なんで怪我? なにかあったの?」
「…………」
「肝心なとこでだんまりとかやめてよもう!」
 と、アールはさっきまで背中を借りて泣いていたことも忘れてヴァイスを叱った。
「ミシェル? なんかあったみたいでワオンさん治療でログ街に戻ったみたい」
『治療って? 怪我って? どういうこと?』
「私も聞きたい」
 と、ヴァイスを見遣る。
『私これからワオンさんに会ってくるわね』
「うん。わかった。とにかく無事でよかった……。巻き込んでごめん……」
『いいの、気にしないで? それじゃまたね』
 と、急ぐように電話が切れた。ワオンのことが心配なのだろう。
 
アールは携帯電話をしまい、改めてヴァイスを見た。
 
「そういえば電話でそっちは大丈夫?って訊いたとき、問題ないって言ってたよね。何事もなかったのかと思ったのに……」
「すまない」
「私も人のこと言えないからあまり責められないけど……」
 
はぁ、と大きなため息をこぼした。
 
「モーメルさんとミシェル、無事に戻ったって。謎の女性が助けてくれたみたい。味方かどうかはまだわからないって。宿に戻ってカイにも伝えなきゃ」
「そうだな」
 と、先に歩き出す。
「……ヴァイス」
 アールの声に足を止めて振り返った。
「ありがとう……」
「…………」
「ほんとに……」
「もっと仲間を利用しろ。必要ならすぐにかけつけると言ったはずだ」
「うん……」
 アールは涙ぐんだ顔でヴァイスを見上げた。
 

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