voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷30…『会いに行く』

 
モーメルとミシェルの無事を聞かされたカイは、「そっか……よかった」と微かに微笑んで安堵した。元気のないカイを見ているのは辛かった。アールは早くカイにいつもの笑顔が戻ることを願った。
携帯電話を確認したが、ルイからの連絡はまだない。
 
「私、ちょっとモーメルさんに聞きたいことがあるから会いに行ってくる」
「電話では駄目なのか?」
 と、ヴァイス。
 
アールはベッドに座るカイを一瞥した。  
カイはベッドに腰掛けて俯いている。モーメルに会いに行って確かめたいのは、タケルのことだった。タケルの話を今はしないほうがいいだろうか。ただ彼の私物がシドの部屋にあり、携帯電話の中にメッセージが入っていただけだ。それも本人は選ばれし者ではないと知っていたということと、アーム玉を作っていたということ。仲間を想うメッセージも入っていた。それを隠す必要はないけれど。
 
「モーメルさん電話嫌いでしょ? 夜遅いけど、ちょっと行ってすぐ帰ってくるよ」
「そうか。ひとりで平気か?」
「うん。──あ。お金ないや」
 城へ戻ったときのゲート代が思ったより高くついたのだ。
「…………」
 ヴァイスはポケットから黒くて薄い折りたたみの財布を取り出し、1万ミルをアールに渡した。
「ごめん……絶対返すから。ありがとう」
 
そう言いつつ、ヴァイスもルイからお小遣いをもらっていたのだろうかと思う。そんな姿を見たことがなかったからだ。それに財布を取り出す姿を見たのも初めてで、新鮮だった。
ヴァイスのことだからお小遣いは断りそうだが、ルイのことだからそれでも渡していそうだ。
 
「そういえばヴァイス、シキンチャク袋持ってないよね。私の予備あげようか? アーム玉とかそのままポケットにしまうのは危ないし」
「いや、問題ない」
 と、財布を見せた。「小銭入れのひとつがシキンチャク袋と同じ役割をする」
「そうなの?!」
「モーメルに試作品として貰ったものだ」
「そうだったんだ……。販売されたら私も財布型にしたいなぁ。それじゃ、行って来ます」
 と、アールは部屋を出て行った。
 
ヴァイスはカイに目をやった。
 
「ついて行かなくていいのか?」
「ついてっても迷惑かけるだけだし」
「元気がないようだな」
「俺だって落ち込んでる日もあるよ」
 
ヴァイスは壁際に腰を下ろした。
 
「アールが落ち込んでいるときは、お前が笑わせるのではないのか?」
「…………」
 カイはベッドに横になって、一点を見つめた。
「ヴァイスが笑わせてあげてよ」
「私には無理だ」
「変顔とかさ。鼻にピーナッツ詰めたら笑ってくれるよ」
「…………」
 
カイは寝返りを打ち、目を閉じた。
 
「……笑ってもらえなかったときの虚しさは計り知れないだろうな」
 と、ヴァイス。
「え、ヴァイスやろうと思ったの?」
 と振り返る。
 
━━━━━━━━━━━
 
モーメル宅の前に、アールの姿があった。戸をノックし、モーメルが出迎え出た。
 
「なんだい、こんな時間に」
 時刻は午前0時を回ろうとしていた。
「モーメルさん無事でよかった……。ミシェルは?」
「ワオンのところさ。ギップスももう帰ったよ。なんの用だい」
「訊きたい事があって」
「…………」
 いつになく真剣な顔のアールを見て、モーメルは家の中へ招いた。
 
モーメルが愛用しているタバコの香りが鼻をつく。テーブルが出されていたが、席には座らなかった。モーメルはモニターの前に立ち、機械の接続を切った。
 
「モーメルさん」
 と、アールは彼女の背中に声を掛けた。
「なんだい」
 振り返らずに訊くその姿は、薄々感づいているようだった。
「タケルに会いに来ました」
「…………」
 モーメルは黙ったまま振り返り、アールを見据えた。
 
「待ちくたびれたよ」
 と、小さくため息をついて、モーメルは外へ出て行った。
 
その後をついて行くと、隣の倉庫の厳重な鍵を開けていた。重々しい扉が開かれ、中へ足を踏み入れた。ところ狭しに物が置かれている。ここには一度ルイも訪れていた。そのときにルイが見つけた地下室への扉を、モーメルは開けて見せた。真っ直ぐ下へ伸びる階段がある。
 
「さ。ついてきな」
 モーメルはそう言って先に地下へ下りて行った。
 

──色んなことが重なって、今思い返してもドッと疲れてくる。
あんなこともあった、こんなこともあった、あれもあったしこれもあったって。
 
タケル
 
あなたの意識がずっとこの世界にとどまっていたのなら
もどかしい気持ちでみんなのことを見ていたんだろうね。
自分は誰も責めていないのに、みんなは貴方を死なせたことに罪悪感を抱いて自分を責めていたから。
 
タケルはタケルで、自分を責めたでしょう?
もっと早く、ちゃんと話を聞いてあげればよかったって。
もっと早く、自ら選ばれし者ではないと知っていることを伝えるべきだったと。
 
でもやっと貴方に会えて、代わりに伝えることが出来た。
少しは役に立てたかな。あなたの役に。

第二十六章 暗雲低迷 (完)

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