voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷28…『動揺』 ◆

 
「仲間らしい言動は全て、お前たちに怪しまれないための嘘だ」
 シドははっきりとそう言った。
『……信じない』
 掠れた声が電話の向こうから聞こえる。
「自分の都合のいいように解釈すんのは勝手だが、真実を見ようとしないのは自分の首を絞めるぞ」
『私はそれでもシドを信じてる』
「……光のひとつだからか? お前にとっては信じるしかないからな。けどな、真実を教えてやるよ。ゼンダはお前を──」
 
「さっきからなーに話してんだよ」
 と、電話を遮る声に、通話口を塞いで振り返るシド。
「……テメェは黙ってろ。カイ」
 
コップに注がれた水を飲みながら部屋のソファに腰掛けていたのはカイだった。宿で待機しているカイではなく、もう一人の。
 
「客だってのによ、放置はないよ」
「…………」
『シド』
 と、携帯電話の向こうから声がする。
「あ?」
『真実を見ろと言うならあなたも。あなたがシュバルツを崇拝しようが今はそんなこと関係ないの』
「なにが言いたい」
『ベンさんとワードさんを信用しないで』
「…………」
『真実を知りたいなら居場所を教えて。こっちから会いに行く。そのときにあなたが知ってる私の真実も、聞くから。──それと、モーメルさんとミシェルを開放して。彼女たちは関係ない。人質なんかいなくても逃げも隠れもしないから』
「……全員連れて来い。相手してやる」
 
━━━━━━━━━━━
 
アールは居場所を聞いた後、電話を切って涙を拭った。
時刻は午後11時。
 
「スーちゃん、ありがとう。一先ず宿に戻ろう」
 
気持ちの整理がつかないまま、アールは宿へ戻った。
宿ではカイがベッドに横になっていた。テーブルの上に出されたふたつのおにぎりの内、ひとつがなくなっている。
 
「カイ、起きてる? 話があるの」
 
カイは黙ったまま体を起こした。そんな彼に、事の説明をした。シドから言われた言葉も、言葉を濁しながら伝えた。カイは黙ってそれを聞き、最後まで口を開くことはなかった。
その後、ルイにも報告をしようと電話を掛けたが出なかった。城では騒ぎが起きているらしく、そのせいだろうかと留守番電話にメッセージを残しておいた。
 
携帯電話をポケットにしまい、カイに目を向けると再びベッドに横になっていた。
 
「カイ? なにかあった……?」
 シドのことを聞かされて落ち込んでいるだけのようには思えなかった。なぜなら彼はシドを信じているからだ。
「別に……」
 
カイは布団に潜り込み、携帯電話を開いた。着信履歴に残っているジャックの番号を、“もじゃ男”としてメモリーに登録した。
しばらくしてヴァイスが帰宅。彼にも事の説明をし、ルイからの連絡を待った。
 
「もう平気なのか?」
 ヴァイスにそう訊かれ、はじめはなんのことかわからなかった。すぐにヴァイスに電話を掛けたときのことを思い出し、急に恥ずかしくなった。
「あ……うん。大丈夫じゃないけど……大丈夫」
 矛盾を口にして、床の端に座った。
 
ヴァイスも壁際に腰を下ろした。時折アールの様子を気に掛けた。顔色が悪い。彼女の肩に乗っているスーがヴァイスの視線に気がついて目を瞬(しばた)かせた。
 
アールはすくと立ち上がると、無言のまま部屋を出て行った。
宿を出て、空き地のベンチに腰掛けた。
 
「あ……スーちゃんごめん。肩にいたんだったね。部屋にいていいよ?」
 そう言ったが、スーはアールの肩から下りようとしなかった。
 
アールはそんなスーを肩に乗せたまま、虚空を見遣った。いろんなことが立て続けに起こり、どっと疲れが押し寄せてくる。──横たわりたい。
シオンの死が蘇る。冒険話を笑顔で聞いてくれたシオン。船の上で危機を乗り越えた。シドに想いを寄せていた。自分の話を聞かせてくれた。
自分と関わったことで巻き込まれたテオバルトの死。誰のせいでこうなったのか、組織の人間が彼女に伝えたのだろう。シオンの怒りは私へ向けられ、恨み、それを晴らすために組織に身を売った。私を殺すためにどれだけ戦闘訓練をしたことだろう。彼女の身代わりになったゼフィル兵の首を斬り落として、満足げに迎え撃ったシオン。
 
最後の最期まで、シオンは私を否定し続けていた。そんな彼女を殺した。
久美に似た彼女を、殺した。
 
「…………」
 アールは前かがみになり、苦しい胸を押さえた。額に汗が滲む。
 
これまで共に旅をしてきたシドの裏切り。それでもどこかでまだ信じている。彼はアールに殺意を抱いていた。それをひた隠しにして生活を共にしていた。シドからもらった不器用な優しさは全て偽りだった? そんなことはないと思いたい。まだ、信じていたい。きっとカイが言うようになにか理由があってそんな“嘘”をついているのだと思いたい。
じゃないと、心が壊れてしまう──
 
アールは息苦しそうに呼吸を繰り返した。涙が滲む。また振り出しに戻りそうだ。幻聴や幻覚を見ていた頃の自分に。胃の奥がコポコポと音がする。吐き気がこみ上げてくる。
 
タケルは本当の選ばれし者を男だと思っていた。なんの疑いもなく。当たり前のように。大男だと思っていた。そんな男を思い描いていた。きっとルイたちもそうだったに違いない。
 
ハッとアールの息が止まる。
初めてこの世界に来たとき、シドは叫んでいた。
 
 ふざけんなッ! 何が選ばれし者だッ! 女だし、どー見ても……ッ 俺はこんな奴に世界を託す気はねぇよッ!!
 
「シド……」
 
もしかしたらあの時はまだ組織の人間じゃなかったの? それとも組織の人間でありながら、期待していたの? どんな奴が来てもアーム玉を奪って殺すつもりでいながら、心のどこかでは世界を守る者の存在に期待を向けていたの?
 
私は始めからみんなの期待を裏切ってきたんだね。それでも期待するしかないからこんな私が相手でもルイたちは命を懸けて守ってくれていた……
 
アールの様子がおかしいことに気づいたスーは、ベンチに飛び降りて心配そうに視線を向けた。アールは吐きそうになるのを堪えながら胸を強く押さえた。涙がボロボロとこぼれてゆく。
 
「アール」
 
ヴァイスの声に涙が止まる。袖で涙を拭った。それでも泣き顔を見られまいと顔を伏せたまま、痛む胸を押さえ続けた。
ヴァイスの足音がすぐそばまで近づいて、止まった。そんな彼をスーは見上げている。ヴァイスはヴァイスで、どう声をかけるべきか戸惑っていた。こういうのは得意ではないからだ。
こんなときルイなら次々に彼女を落ち着かせる言葉を思いつくのだろうか。カイならば彼女を笑わせることが出来るだろうか。
 
ふいにカイからこんなことを言われたのを思い出した。
  
 いや、ヴァイスんはカッコイイとは思うんだけどねぇ、クールってゆうかさぁ、何考えてんのかわかんない謎めいた感じとかミステリアスでいいんだけどぉ、女の子ウケはしないと思うなぁ。駄洒落とか言ってごらんなシャレ
 
「……アール」
「…………」
「駄洒落を……聞いてもらえるか」
「え、なに言ってんの?」
 と、思わず顔を上げた。
「……すまない」
 やはり違ったか、と困惑する。
「……ふふっ」
 アールはそんなヴァイスがおかしく思えて笑った。
「なに、こんなときに駄洒落って。天然なの?」
「いや……」
「天然でしょ、真面目になに駄洒落言おうとしてんの」
 と、おかしくて鼻を啜りながら笑った。
 
ヴァイスは視線を落としてほんの少しだけ動揺を見せ、ベンチに腰掛けた。
 
「あ、わかった。カイから変なアドバイスもらったんだ」
「……あぁ」
「ふふっ、でもヴァイスのキャラが崩壊するから駄洒落なんか言わなくていいよ」
 そう言って、落ち着いた胸をさすりながら空を見上げた。
 ヴァイスは一点を見つめながら言う。
「こういう時にはどんな言葉を掛ければいいのか、私には思いつかない」
「だからって駄洒落はないよ。しかも聞いてくれって前もって言うのおかしいから!」
「……そうか」
 
やっぱり天然だなと、アールは思う。
 
「でも、ありがとう……。落ち着いた」
 と、立ち上がる。
「邪魔したか?」
「え?」
 と、ベンチに座るヴァイスを見下ろした。
「ひとりになりたかったのだろう?」
「…………」
 
反省しているのだろうか。視線を落としたヴァイスを見て、愛おしさに似た感情が込みあげてくるのを感じた。背が高く、年齢も自分より大人で、いつも落ち着いている彼が落ち込んでいる。そんな姿を見てクスリと笑ってしまう。
 
「いつもごめんね、心配かけて」
「…………」
「もう大丈夫だから。明日、気持ちを新たにシドに会いに行かなくちゃ!」
 と、アールは泣きはらした赤い目で笑って見せた。
「お前は誰が相手なら弱さを見せられる」
「え……」
 
ベンチの上にいるスーが、ふたりを交互に見遣った。
 
「仲間の誰かが駆け寄れば、心配かけまいと笑って見せる。お前はひとりでしか弱さをさらけ出せないのか」
 
ヴァイスは立ち上がり、小さなアールを見下ろした。アールは困惑し、視線を落とした。
 
「独りで泣いたあと、どうやって心を癒しているんだ」
「…………」
 せっかく止まっていた涙がじわりと滲み出てくる。
「弱さを隠す必要など、ないと思うが」
 
アールはぼろぼろと泣き始めた。
 
「だって……一度人前で泣いたら歯止めが利かなくなるから。泣いたって解決しないし。心配かけて迷惑かけるだけだし。女の涙ほど厄介なものはないから……」
 
ヴァイスはそんなアールを静かに眺めていた。スーは二本の手を作って、自分の体を包み込んだ。自分を抱きしめているスーに気づいたヴァイス。
 
「…………」
 
スーは腕を解くと、アールを指差してからもう一度自分を抱きしめた。どうやらアールを抱きしめてあげてと言っているらしい。
 
「…………」
 
ヴァイスは困ったように彼女を見遣った。肩に触れようと手を出すが、その手はアールに触れることなく、下ろされた。
考えた末に、アールに背を向けた。
 
「見られたくはないだろう。思う存分泣け」
 アールは顔を上げ、ヴァイスの大きな背中を見やった。甘えてもいいのかな……。そんな思いが行動を制御する。
「余計なことは考えなくていい」
 アールの心を読み取ったのか、ヴァイスは優しくそう言った。
 
アールは一歩、ヴァイスに歩み寄り、背中に額を乗せた。その温かさに、張り詰めていた心が一気に解き放たれる──
 

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