voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続21…『想念』

 
騒ぎがおさまった暗闇の中で、一同は呆然と立ち尽くしていた。──そこにシェラの姿はもうない。
 
「なんかぁ……、一瞬の出来事だったねぇ」
 と、一番始めに口を開いたのはカイだった。「あれってスィッタ航空隊だっけ……?」
 
しかし、カイ以外誰も口を開かなかった。誰もが夢であってほしいと願っていた。アールは勿論のこと、シドとルイはシェラを無くしたアールのことが気掛かりでならなかった。シェラが加わってからというもの、アールに笑顔が増えていた。そして彼等はいつの間にかシェラに頼っていたのだ。
頼り所であったシェラを失った今、成す術をまた失う。
 
「……寝よっか」
 そう呟いたのはアールだった。「明日もいつも通り出発でしょ? 少しは休まなきゃ」
「アールさん……」
 ルイは、掛ける言葉が見つからなかった。それはシドもカイも同じだった。
 
アールはテントの中へ戻ると、シェラが眠っていた布団が目に入り、込み上げてきそうな涙をグッと堪えた。まだ微かに温もりが残るシェラの布団を丁寧に畳むと、ふんわりと薔薇の香りが広がった。
 
「ルイ、これ仕舞っておいて」
 と、アールは畳んだ布団に手を置いて言った。
「はい……」
 ルイは言われた通りに布団をシキンチャク袋に仕舞う。
 
薔薇の香り。シェラの香水の香りがテントの中に広がっていた。
アールは自分の布団に潜ると、自分の布団からもほのかにシェラの香りがした。目を閉じると、抱きしめてくれていたシェラを思い出す。深い悲しみが入り交じった温もり、優しさ。
 
「おやすみ」
 そう呟くと、ルイも小さな声で「おやすみなさい」と答えた。

暫くして、カイとシドもテントに戻り、シェラの布団が無いことに気付くと小さなため息を零して自分の布団についた。
 
シドがシェラの行いを知らないフリをした理由も、シェラがアールにあのようなことを言い放った理由も、アールはきちんと理解していた。だけど、理解していても納得出来ないことはある。
嵐が通りすぎたような直後に、眠れる気はしなかったが、シェラの香りがアールを包み込み、夢へと誘(いざな)った。
薔薇の香りに包まれながら、彼女は思った。──なんていう香水なんだろう。訊いておけばよかった……。
 
外はいつの間にか灰色の雲が月を隠し、真っ暗闇だった。
外に置かれた誰もいないテーブルだけは、ランプ草の明かりでほんのりと、どこか寂しげに照らされていた。
 
━━━━━━━━━━━
 
「おい……おい!!」
「は、はい!!」
 と、アールは跳び起きた。
 
いつもと違う朝。怒鳴るように大声でアールを起こしたのはシドだった。
 
「ビックリした……シドの声は朝向けじゃない」
 と、眠い目を擦りながらアールは言った。
「だったら自分で起きろ」
「なんでシェ……なんでルイじゃないの? ルイに起こされたら爽やかに起きられるのに」
「あいつはメシ作ってんだよ。さっさと布団仕舞え。ストレッチすんぞ」
 
シドは、アールがシェラの名前を出しそうになったことに気付いてはいたが、気付かないフリをした。
 
「監視つき……?」
「あたりめーだ」
 
アールは、けだるそうに布団を仕舞うとストレッチを始めた。まだ、テント内にはシェラの香りが残っている。
突然吹き荒れた変転。もし前以て分かっていたなら、訊きたいことや伝えたいことが沢山あったのに。ただ彼女の名を呼び、「行かないで」としか言えなかった。
 
「おい、適当にやってんじゃねぇよ」
「……うん、ごめん」
 アールは何も出来なかった自分にも腹が立っていた。
「やる気あんのか?!」
 と、シドが怒鳴った。
「ごめん。まだ寝ぼけてて」
 と、アールは笑った。
 
泣いたらどうなる? 彼等はどうする? 自分はどうやって立ち直る?
 
「朝食出来ましたよ」
 と、ルイがテントを覗き込んで言った。
 
アールと目を合わせると、彼は優しく微笑んだ。
 
「あっ?! 泉に浸かるの忘れてた……」
 テントから出たアールは思い出してガックリと肩を落とした。
「でしたら後で入りますか? 僕たちも入り忘れたので」
「いいの?」
「構いませんよ。でも、朝食はいつもより早めに食べ終えてくださいね」
 と、ルイは終始笑顔で言った。
 
泉は目の前にあるというのに、皆、入り忘れていたのである。それどころではなかったのだろう。カイは粘土細工に夢中で、ルイは本に目を通しながらもアールのことを気にかけていた。
シドとアールは経験を積む為に戦闘を繰り返し、疲れてそのまま眠ってしまったのだ。
 
「疲れる時こそ泉に入るべきなのにね、すっかり忘れてたよ」
 と、アールは朝食を食べながら言った。
「そうだよねぇ、シェラちゃんも入らなかったしぃ」
 と、空気を読めないカイが言う。
 
ルイもシドも、空気を読めないカイに呆れ、小さなため息を零した。
 
「シェラの場合は朝入るつもりだったんじゃない?」
 と、アールが冷静に答えた。
「みんなが時間通りに出発しようと言っても、『女は体を綺麗に保ちたいものなのよ』とか言って意地でも入りそうだし!」
 
アールは笑っていた。不自然なほど笑顔だった。
 
「言いそうー! じゃあ後で俺と一緒に入るぅ?」
「絶対嫌。」
「そんな即答しなくてもぉ……」
 アールとカイは、笑いながら楽しそうに会話をしていた。
 
ルイとシドの目には、彼女が無理をしているように見えたが、二人の会話を聞きながら黙々と朝食を口に運んだ。
 
食事を終えると男達はテントへと移動し、アールが泉から出るのを待っていた。
 
「テントの中、まだシェラちゃんの匂いがするぅ」
 と、カイは犬のように匂いを嗅いだ。
「変態かお前は……」
 と、シドは呆れた表情で言った。
 
初めはシェラを同行させることに反対していた彼等だが、居なくなった今となっては、物悲しい感じがする。といっても、カイだけは始めからシェラを受け入れていたが。
 
「あいつが居なくなって清々するが、女のことはまぁ……気掛かりだな」
「アールさんのことですか? なんだか無理していますよね。見ていて辛いのですが……」
「まぁ立ち直ってもらわねぇと困るが俺らにはどうしようもねぇな。だから最初から反対だったんだ。仲間に入れさえしなきゃこんなことにもならなかったろ。自業自得だな」
 と、シドはゴロンと寝転がった。
 
アールは、大きいタオルを体に巻いて、泉に浸かっていた。突然誰かが来るかもしれないし、明るい時間帯に真っ裸でいる勇気はないからだ。
 
アールは泉の水面を眺めながらため息を零した。
また独りぼっちになったような気分だ。せっかく自分を“特別な存在”として見ずに接してくれる友達が出来たというのに。
 
シェラと出会って共に過ごした日々はほんの僅かだった。そのほんの僅かな時間に、シェラは彼女の痛みを微かではあったが確実に癒していた。何気ない会話から生まれた安心感。抱きしめられた時のぬくもり。生きてゆく力強さ。強がらずに涙を流せた場所。
 
この世界には本物の宝に敵うものはなく、この世界で見つけた宝物は、いつかは返さなければならない借り物であると、アールは感じていた。
この場所で宝を見つける意味はなんだろう? 失いたくないものを見つけても、帰るときにはどうせ手放すものだ。この世界にずっといるわけじゃない。
 
傷だらけの心に貼った絆創膏はかさぶたが出来る前にベラリと剥がされ、また傷が剥き出しになった。治りかけていた傷口の皮膚はふやけて直ぐに剥がれ落ちた。
血が滲むから見ないふりをした。視界に捕らえると痛みが増すからだ。
 
「……シェラ、私が代わりに行こうか」
 
カモミールという花と同じ名前がつけられた街。シェラの母親の故郷。
行こうか。──そう呟きながら、ズキンと痛んだ胸を拳で叩いた。
 
 代わりに行く? 誰が? 私が……?
 行けるわけ? 一日を耐え抜くことですらままならないのに。
 
お人よしもいいところだ。出来ない約束はすべきじゃない。ヒーロー気取りの偽善者だ。でも──
 
「アールぅ? まだぁー?」
 と、テントの中からカイの声がした。
「あっ、いけない! 長々浸かってる場合じゃなかった……」
 
行きたい。行けたとしても代わりに行ってどうなるわけじゃない。ただの自己満足に過ぎないのかもしれない。
それでも、シェラの思いのほんの一部でも代わりに伝えに行きたいと、アールは心に強く思った。
脆く頼りない傷だらけの心で、強く思ったのだ。
 
 

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©Kamikawa
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