voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続22…『棘のない薔薇』

 
「アールぅ? まだぁー?」
 と、テントの中でカイが叫んだ。
「カイさん、急かさなくていいですよ。今日はゆっくり行きましょう」
 ルイは相変わらずアールに気を遣っていた。彼女を思ってのことだが、いつもこうではなかなか先へは進めないのだ。
「なに言ってやがんだ。気ぃ遣いすぎだろ……。急かさなくていいってお前、そればっかじゃねーか」
 と、シドは呆れる。
 
暫くして、泉から出たアールがテントへと戻って来た。彼女が着がえた防護服は、シェラがアールにあげたものだったが、それを知っているのはその場にいたルイだけだった。
 
「似合ってますね」
 と、ルイが言った。
「ありがとう。少し大きいけどね」
 そう言ってアールは照れ笑いをした。
 
アールと入れ代わり、今度は彼等が着替えを持ってテントを出た。──と、その時、ルイが何かの異変に気付いて立ち止まった。
 
「どうした?」
 シドがルイの様子を気に掛ける。
「いえ……何か違和感が……」
「なんの違和感だよ」
「この場所の空気といいますか、ちから……?」
「はぁ?」
「ここは結界の力がピリピリと漂っているのですが、他にも別の魔法の力が微かに混ざっているような感覚が……」
「なんだそれ。今まではしなかったのか?」
「はい。気が付かなかっただけかもしれませんが……」
 
ルイは力を感じる方へと足を向け、辺りを念入りに調べ始めた。すると、聖なる泉から外へと続く道の途中で、はっきりとした力を感じた。力は上の方から漂って来る。
ルイはそこにそびえ立つ木に目をやると、上の方でキラリと何かが光った。
 
ルイが魔法で風を操ると、木の上から光っていた物が彼の手元へと落ちた。──それは、見覚えのある手鏡だった。シェラが化粧直しの時に使っていたものだ。個性的なデザインだったからか、一度見ただけでルイは覚えていた。
連れていかれる時に落としたのだろうか。──いや、力を感じるのはこの鏡からだ。シェラが化粧を直しているときには感じなかった。
ルイは手鏡を裏返してみたが、個性的なデザインをしているだけで魔法円やスペルが描かれているわけでもない。
 
「おい、なにやってんだ! さっさと入って行くぞ!!」
 と、泉に浸かっているシドの怒鳴り声に驚いたルイは、思わず鏡を落としてしまった。
 
鏡はルイの手からスルリと抜けて、地面に落ちたが、かろうじて割れはしなかった。しかし、ルイが拾おうと手を伸ばして気付いた。鏡の裏側がロケットペンダントのように微かに開いているのだ。手鏡を拾い上げ、裏側を開くと、中から四つ折にされた紙が出て来た。
 
「魔法の紙……力の元はこれですね」
 
その頃アールはテントの中で、シェラに貰ったハンドクリームを塗っていた。
 
「アールさん」
 と、ルイの声が外から聞こえた。
「はい?」
「失礼します」
 と、テントに入って来ると、シェラの手鏡を渡した。「これをアールさんに」
「なに? これってシェラの……」
「はい。泉の入口付近で見つけました。その手鏡は裏側が開くようになっていました」
 
それだけ言い残し、ルイはテントを出た。
アールは手鏡を裏返し、ルイの言った通りに裏側をコンパクトのように開いてみた。一枚の紙がヒラリと彼女の膝上に落ちた。
 
「……紙?」
 
なんだろう……と、不安や期待からアールの心臓はドキドキと鼓動を速めた。
小さな紙を拾い上げた手が小刻みに震える。何が書いてあるのだろう。私への手紙とか……?
内容を確認するのが怖くて、アールは深呼吸をした。そして手鏡を床に置き、紙を広げた。
 

 アールちゃんへ。
 
なにかあったときの為に、手紙を書いておきます。
手紙なんてあんまり書いたことがないから、文章おかしくても笑わないでね。
私はね、ずっと独りぼっちだったの。友達なんていらないと思ってた。必要ないと思ってたの。
私は復讐に生きられればそれで良かった。復讐に友達は必要ないでしょ?
復讐を果たしてからも、友達なんていらないと思ってた。
でも、あなたと出会って、あなたが私に友達になってと言ってくれたとき、初めて知ったの。私は友達なんていらないと思ってたわけじゃないんだって。
いらないんじゃなくて、友達が欲しくても出来ないから諦めて強がっていたんだって。
だから、とても嬉しかったわ。
優しいあなたのことだから、私に対して申し訳ないとか思ってるんじゃない? 迷惑かけたとか思ってるんじゃない?
ハッキリと言うけど、あなたに頼られて嬉しかったのよ。
友達との付き合い方を知らない私は、何の力にもなれなかったかもしれないけど……。
私に一生友達なんて出来ないと思っていたから、あなたには感謝してるの。
あなたは私の闇に光を射してくれたの。
暖かくて、消えない光よ。
 
アールちゃん、どうか負けないで。
あなたの人生はこんな場所で終わるべきじゃないわ。あなたが欲しい未来がきっと待ってるから。
大切なものは、あなたの手で取り返すのよ。あなたにしか取り返せないんだから。
 
私の願いはね、母のお墓参りに行くことだったの。
でも 今の一番の願いは、「アールちゃんの願いが叶いますように」。
 
もう亡き母より、今を生きるあなたを願うわ。
いつかあなたが、心から笑える日が訪れますように。
 
追伸:
 
 女なんだから少しは女らしくしなさいよ?
 野蛮人に何か言われたって無視しなさい。
 真面目君にもお礼を伝えてね。料理美味しかったわ。
 お猿ちゃんにも感謝してるわ。私の魅力に一番気付いていたんだもの。
 
 アールちゃん、ずっと友達でいてね。
 大好きよ。

 
涙が手紙の文面を濡らした。シェラの純粋で真っすぐな想いに心を打たれ、言葉にならなかった。
 
「アールさん」
 
泉から上がったルイが声をかけ、テントの中へ入ると、アールは手紙を胸に抱いて俯いていた。
そんな彼女の後ろ姿を見たルイは、泉から上がってくるカイとシドに、今は戻らないほうがいいと手で合図をした。
 
「いつ書いたんだろうね……この手紙……」
 と、アールはルイに背を向けたまま呟いた。
「わかりません……。でも、なにかあったときの為にアールさんに手紙を書いたのは、シェラさんの一番の願いがアールさんに向けられたからだと思いますよ」
 
アールはシェラの想いを胸に抱き、静かに涙を落とした。
シェラが書き綴った手紙からも、あの柔らかな薔薇の匂いが微かに香っていた。
 
 
第四章 友誼永続 (完)

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