voice of mind - by ルイランノキ |
「夕飯出来たよー」
と、テントの中で眠っていたカイとシドを起こしに来たのはアールだった。
シドは直ぐに体を起こすと、隣で寝ているカイの頭をひっぱたいた。
「いたぁーい……」
カイは頭を抱えながら目を覚ました。
「メシ。」
と、シドは一言だけ言ってテントを出る。
「大丈夫?」
アールは思わずカイに声を掛けた。
「んー…ふわぁああぁあ……」
大欠伸をして背伸びをすると、カイもテントを出てテーブルについた。
時折、ザザーッと強めの風が吹く。この場所を守る結界は目に見えないだけでなく、自由に出入りも出来る。結界にはいくつか種類があるようだ。
ルイの料理は文句なしにいつも美味しかった。色合いも鮮やかで食欲をそそるし、栄養バランスを考えて用意してくれる。アールは危険な場所での旅をしているとはいえ、魔物から身を守るテントも休息所もあって、ルイの美味しい食事も毎日食べられて、贅沢な旅をしているなと思った。
「アールってさぁ、無茶するよねぇ」
と、食事を終えたテーブルの上で粘土細工をしているカイが言った。
「そうですね……」
後片付けも終わり、医学の本に目を通していたルイが答える。
テーブルの上にはランプ草が置かれている。月明かりだけでも本が読めるほど、明るい夜だ。
シドはアールを連れて泉の外へと出ている。経験を積みに行ったのだ。シェラはテントの中で1人、ルイが入れた紅茶を飲みながら肌の手入れをしていた。
「魔物が背中に食いついてるのに、そのまま引き離したんだよぉ? 引きちぎったって言うべきかなぁ。思い出すだけで背筋がゾッとするよぉ……」
「こんなことを言うのは良くないかもしれませんが、少し異常な行動かもしれませんね……」
「やっぱルイもそう思うー? 変わり者なのかなぁ」
「きっと精神不安定だからではないでしょうか。精神不安定だと、冷静な行動がとれなくなりますし、何もする気が起きなくなったり、逆に思い切った行動に出てしまうこともあります」
「そうなのぉ? あ……確かにそうかも。“タケル”がそうだったよねー…」
「──?! その名前は出さないでください!」
と、ルイは突然立ち上がって言った。
「ご、ごめん……。でも……あ、俺も昔は今のアールみたいだったかなぁ」
と、カイは急いで自分の話に切り換えた。
「精神不安定だと……気持ちのコントロールが出来なくなりますからね」
ルイは座りながら呟いて言った。
──タケル。
『……本当に? 別世界……本当に?!』
──それは、ルイとカイの記憶の中で蘇る“誰か”の肉声。
『俺、シドさんが戦うところ見たいです!』
──シドの心さえも掻き乱す記憶。
『まだ信じられないや……俺が……
“選ばれし者”だなんて』
──血まみれの記憶。切り刻まれてゆく追憶。
幾度も繰り返し我が身を抓って人の痛みを知る。
「……そろそろ寝ましょうか」
と、ルイは本をパタリと閉じた。
「アール達はまだ帰らないのかなぁ」
カイは粘土をこねながら言った。
「もうすぐ帰ると思いますよ。カイさんもテントへ戻りましょう」
「はーい……」
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寝静まった夜半過ぎ。
カイは珍しく静かに眠り、シドもイビキをかくことなく眠っている。そのお陰か、今日ばかりはアールも目が覚めることなく夢を見、シェラとルイも夢の中だった。
誰も、胸騒ぎなどしなかった。誰も、嫌な予感などもしなかった。明日また5人で目的地を目指し、長い道のりを歩くのだろう。当たり前のようにそう胸に抱き、眠りについたのだ。
そんな静寂の時を破る轟音のサイレンが突然鳴り響いた。
眠りについていた一行は、一斉に跳び起きた。
「なんだッ?! なんの音だよ!!」
と、シドが耳を塞ぎながら言った。
鳴り響くサイレンの音。その轟音は何処から聞こえてくるのか。彼等は混乱状態に陥りながらも、テントの外へと飛び出した。
「なにぃー? なんの音ーッ?!」
カイも耳を塞ぎ、辺りを見渡す。
「この音は……」
と、ルイが呟いた。そしてシェラに目を向けた。
シェラの顔は青ざめ、沈痛な面持ちで空を見上げ、立ち尽くしている。
「ねぇシェラ……なんの音……?」
アールも頭が痛くなる程の轟音に耳を塞ぐ。「シェラ……?」
鳴り響くサイレンの中、バサバサと、彼等の前に姿を表したのはドルバードだった。ドルバードはそびえ立つ木の枝にとまると、目を赤く光らせ、彼等……いや、シェラだけを照らした。
「なんだあの目……ライトみたいだぞ!」
と、シドが叫んだ。
「あれはドルバードではありません……。ドルバードに似せた機械ですよ。生き物ではありません」
と、うなだれるようにルイは言った。
「機械って……ロボット? どういうこと?」
そうアールが訊くと、サイレンの音がパタリと消えた。
そして、遥かか遠く、暗闇の空から白い光が近づいてくるのが見えた。
「なに? あれ……」
と、アールは不安で声が震えていた。
「アールちゃん……」
と、シェラは言った。「私の願いは叶わないみたい……」
「え……? どういう意味?」
『シェラ・バーネット! その場で伏せなさい!!』
空から聞こえてきた命令に、シェラは黙って従った。手を頭の後ろで組み、膝をついて小さくうずくまったシェラの姿は、アールの胸を締め付けた。
「ルイ……なにが起きてるの……? 説明してよ……」
本当は、訊かなくてもシェラの姿を見れば一目瞭然だった。だが、アールは突然の状況を飲み込めないでいる。
「シェラ……」
アールがシェラに近づこうとした時、『離れなさい!』と、また頭上からスピーカーを通した声が響いた。ルイはアールの腕を掴み、シェラから引き離した。
「離してよ!」
「アールさん、シェラさんは……」
白い光は、船のような乗り物に付けられているライトの明かりだった。空からやってきた船に乗っていた男達は4名。堅苦しい制服を身に纏っており、地へと足を下ろすと、シェラを囲んだ。
「確認するが、シェラ・バーネットだな?」
「はい……」
「1年前の5月13日、実の父親を殺したのはお前だな」
「はい……。そうです」
「よし。午前3時18分。シェラ・バーネットを殺害容疑で逮捕する」
殺害容疑で逮捕する
──鐘のように鳴り響いた言葉。
目を閉じて涙を流したシェラは、両手を差し出し、その腕に手錠が嵌められた。
ガチャリと手錠の冷たい音がアールの胸を切り裂いた。
「待って……待ってよ!!」
アールはシェラに駆け寄ろうとしたが、ルイが彼女の腕を掴み、離さなかった。
「離して!! シェラ! シェラ!!」
なんとしてでも駆け寄ろうとするアールを、シドも険しい表情で食い止めた。
「離してったらッ!! シェラが連れて行かれちゃう!!」
友達になってほしいかな
友達? それは何をすればいいのかしら
「シェラ!!」
アールの叫ぶ声に、シェラは振り返った。 「シェラ行かないで!!」
「アールちゃん……」
涙が頬を伝って落ちた。──シェラには似合わない、悲しい涙だった。
シェラを捕らえていた男の一人が、アール達に近づいた。
「君達は、彼女を匿っていたのかね?」
その問いに直ぐ答えたのはシドだった。
「いや。あの女が犯罪人だなんて知らなかったな」
シドの言葉に、アールは耳を疑った。──なに言ってんの……?
「そうか。ならいい。では、シェラ・バーネットを連行する」
と、男はアールに冷たい眼差しを向けた。
「待って……シェラは私達の仲間だよ!! 私の友達なんだからっ!!」
と、アールは怒りに任せて叫んだ。
「犯罪人だと知っていたということか? そうなると……」
「仲間じゃないわ」
そう言ったのは、シェラだった。「仲間になったフリをしたのよ。友達でもないわ。いい加減騙されたことに気付いたらどーなの?」
シェラは、アールに向かってそう言い放ち、彼女を睨みつけた。鋭く突き放すようなシェラの目は、アールを押さえ付けるかのように黙らせた。
彼女はアールにとって一番の寄り所だった。──眩暈がする。足場が悪い。立っていられない。心に重い痛みが波打つ。
この世界で新しく見つけた宝物まで、私から奪うわけ……?
──シェラと出会って別れるまで ほんの一瞬にしかすぎなかったのかもしれない。
それでも彼女の存在は大きかった。
倒れそうになったときは手を引くわけじゃなく、支えてくれた。
動けなくなった時も、手を引くわけじゃなく、休む場所をくれた。
心を支えてくれた。心を休ませる場所をくれた。
シェラがいなくなったあの日
崩れてしまいそうだった
よりどころを無くした心は
どうすればいい?
泣けば立ち上がれるのかな
でも泣いてる時間も泣く場所もないじゃない
だから笑うことにした。
笑って自分をごまかしたの。
そうすれば強くいられると思ったから。
Thank you... |