voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続20…『傷だらけの記憶』◆

 
「夕飯出来たよー」
 と、テントの中で眠っていたカイとシドを起こしに来たのはアールだった。
 
シドは直ぐに体を起こすと、隣で寝ているカイの頭をひっぱたいた。
 
「いたぁーい……」
 カイは頭を抱えながら目を覚ました。
「メシ。」
 と、シドは一言だけ言ってテントを出る。
「大丈夫?」
 アールは思わずカイに声を掛けた。
「んー…ふわぁああぁあ……」
 大欠伸をして背伸びをすると、カイもテントを出てテーブルについた。
 
時折、ザザーッと強めの風が吹く。この場所を守る結界は目に見えないだけでなく、自由に出入りも出来る。結界にはいくつか種類があるようだ。
 
ルイの料理は文句なしにいつも美味しかった。色合いも鮮やかで食欲をそそるし、栄養バランスを考えて用意してくれる。アールは危険な場所での旅をしているとはいえ、魔物から身を守るテントも休息所もあって、ルイの美味しい食事も毎日食べられて、贅沢な旅をしているなと思った。
 
「アールってさぁ、無茶するよねぇ」
 と、食事を終えたテーブルの上で粘土細工をしているカイが言った。
「そうですね……」
 後片付けも終わり、医学の本に目を通していたルイが答える。
 
テーブルの上にはランプ草が置かれている。月明かりだけでも本が読めるほど、明るい夜だ。
シドはアールを連れて泉の外へと出ている。経験を積みに行ったのだ。シェラはテントの中で1人、ルイが入れた紅茶を飲みながら肌の手入れをしていた。
 
「魔物が背中に食いついてるのに、そのまま引き離したんだよぉ? 引きちぎったって言うべきかなぁ。思い出すだけで背筋がゾッとするよぉ……」
「こんなことを言うのは良くないかもしれませんが、少し異常な行動かもしれませんね……」
「やっぱルイもそう思うー? 変わり者なのかなぁ」
「きっと精神不安定だからではないでしょうか。精神不安定だと、冷静な行動がとれなくなりますし、何もする気が起きなくなったり、逆に思い切った行動に出てしまうこともあります」
「そうなのぉ? あ……確かにそうかも。“タケル”がそうだったよねー…」
 
「──?! その名前は出さないでください!」
 と、ルイは突然立ち上がって言った。
「ご、ごめん……。でも……あ、俺も昔は今のアールみたいだったかなぁ」
 と、カイは急いで自分の話に切り換えた。
「精神不安定だと……気持ちのコントロールが出来なくなりますからね」
 ルイは座りながら呟いて言った。
 
 
──タケル。
 
 『……本当に? 別世界……本当に?!』

──それは、ルイとカイの記憶の中で蘇る“誰か”の肉声。
 
 『俺、シドさんが戦うところ見たいです!』
 
──シドの心さえも掻き乱す記憶。
 
 
 『まだ信じられないや……俺が……
 
   “選ばれし者”だなんて』
 
 

 
──血まみれの記憶。切り刻まれてゆく追憶。
幾度も繰り返し我が身を抓って人の痛みを知る。
 
「……そろそろ寝ましょうか」
 と、ルイは本をパタリと閉じた。
「アール達はまだ帰らないのかなぁ」
 カイは粘土をこねながら言った。
「もうすぐ帰ると思いますよ。カイさんもテントへ戻りましょう」
「はーい……」
 
━━━━━━━━━━━
 
寝静まった夜半過ぎ。
カイは珍しく静かに眠り、シドもイビキをかくことなく眠っている。そのお陰か、今日ばかりはアールも目が覚めることなく夢を見、シェラとルイも夢の中だった。
 
誰も、胸騒ぎなどしなかった。誰も、嫌な予感などもしなかった。明日また5人で目的地を目指し、長い道のりを歩くのだろう。当たり前のようにそう胸に抱き、眠りについたのだ。
 
そんな静寂の時を破る轟音のサイレンが突然鳴り響いた。
眠りについていた一行は、一斉に跳び起きた。
 
「なんだッ?! なんの音だよ!!」
 と、シドが耳を塞ぎながら言った。
 
鳴り響くサイレンの音。その轟音は何処から聞こえてくるのか。彼等は混乱状態に陥りながらも、テントの外へと飛び出した。
 
「なにぃー? なんの音ーッ?!」
 カイも耳を塞ぎ、辺りを見渡す。
「この音は……」
 と、ルイが呟いた。そしてシェラに目を向けた。
 
シェラの顔は青ざめ、沈痛な面持ちで空を見上げ、立ち尽くしている。
 
「ねぇシェラ……なんの音……?」
 アールも頭が痛くなる程の轟音に耳を塞ぐ。「シェラ……?」
 
鳴り響くサイレンの中、バサバサと、彼等の前に姿を表したのはドルバードだった。ドルバードはそびえ立つ木の枝にとまると、目を赤く光らせ、彼等……いや、シェラだけを照らした。
 
「なんだあの目……ライトみたいだぞ!」
 と、シドが叫んだ。
「あれはドルバードではありません……。ドルバードに似せた機械ですよ。生き物ではありません」
 と、うなだれるようにルイは言った。
「機械って……ロボット? どういうこと?」
 そうアールが訊くと、サイレンの音がパタリと消えた。
 
そして、遥かか遠く、暗闇の空から白い光が近づいてくるのが見えた。
 
「なに? あれ……」
 と、アールは不安で声が震えていた。
「アールちゃん……」
 と、シェラは言った。「私の願いは叶わないみたい……」
「え……? どういう意味?」
 
『シェラ・バーネット! その場で伏せなさい!!』
 
空から聞こえてきた命令に、シェラは黙って従った。手を頭の後ろで組み、膝をついて小さくうずくまったシェラの姿は、アールの胸を締め付けた。
 
「ルイ……なにが起きてるの……? 説明してよ……」
 
本当は、訊かなくてもシェラの姿を見れば一目瞭然だった。だが、アールは突然の状況を飲み込めないでいる。
 
「シェラ……」
 
アールがシェラに近づこうとした時、『離れなさい!』と、また頭上からスピーカーを通した声が響いた。ルイはアールの腕を掴み、シェラから引き離した。
 
「離してよ!」
「アールさん、シェラさんは……」
 
白い光は、船のような乗り物に付けられているライトの明かりだった。空からやってきた船に乗っていた男達は4名。堅苦しい制服を身に纏っており、地へと足を下ろすと、シェラを囲んだ。
 
「確認するが、シェラ・バーネットだな?」
「はい……」
「1年前の5月13日、実の父親を殺したのはお前だな」
「はい……。そうです」
「よし。午前3時18分。シェラ・バーネットを殺害容疑で逮捕する」
  
   殺害容疑で逮捕する
 
──鐘のように鳴り響いた言葉。
目を閉じて涙を流したシェラは、両手を差し出し、その腕に手錠が嵌められた。
 
ガチャリと手錠の冷たい音がアールの胸を切り裂いた。
 
「待って……待ってよ!!」
 アールはシェラに駆け寄ろうとしたが、ルイが彼女の腕を掴み、離さなかった。
「離して!! シェラ! シェラ!!」
 なんとしてでも駆け寄ろうとするアールを、シドも険しい表情で食い止めた。
「離してったらッ!! シェラが連れて行かれちゃう!!」
 
 友達になってほしいかな
 
 友達? それは何をすればいいのかしら
 
「シェラ!!」
 アールの叫ぶ声に、シェラは振り返った。 「シェラ行かないで!!」
「アールちゃん……」
 
涙が頬を伝って落ちた。──シェラには似合わない、悲しい涙だった。
 
シェラを捕らえていた男の一人が、アール達に近づいた。
 
「君達は、彼女を匿っていたのかね?」
 その問いに直ぐ答えたのはシドだった。
「いや。あの女が犯罪人だなんて知らなかったな」
 
シドの言葉に、アールは耳を疑った。──なに言ってんの……?
 
「そうか。ならいい。では、シェラ・バーネットを連行する」
 と、男はアールに冷たい眼差しを向けた。
「待って……シェラは私達の仲間だよ!! 私の友達なんだからっ!!」
 と、アールは怒りに任せて叫んだ。
「犯罪人だと知っていたということか? そうなると……」
「仲間じゃないわ」
 そう言ったのは、シェラだった。「仲間になったフリをしたのよ。友達でもないわ。いい加減騙されたことに気付いたらどーなの?」
 
シェラは、アールに向かってそう言い放ち、彼女を睨みつけた。鋭く突き放すようなシェラの目は、アールを押さえ付けるかのように黙らせた。

彼女はアールにとって一番の寄り所だった。──眩暈がする。足場が悪い。立っていられない。心に重い痛みが波打つ。
 
 この世界で新しく見つけた宝物まで、私から奪うわけ……?
 

──シェラと出会って別れるまで ほんの一瞬にしかすぎなかったのかもしれない。
 
それでも彼女の存在は大きかった。
 
倒れそうになったときは手を引くわけじゃなく、支えてくれた。
動けなくなった時も、手を引くわけじゃなく、休む場所をくれた。
 
心を支えてくれた。心を休ませる場所をくれた。
 
シェラがいなくなったあの日
崩れてしまいそうだった
 
よりどころを無くした心は
どうすればいい?
 
 
泣けば立ち上がれるのかな
でも泣いてる時間も泣く場所もないじゃない
 
だから笑うことにした。
笑って自分をごまかしたの。
そうすれば強くいられると思ったから。
 

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