voice of mind - by ルイランノキ |
──午後6時半頃。
「いらっしゃい。話は聞いてるわ」
出迎えたヒラリーは、優しくアールたちを招き入れた。食卓に夕飯が並んでいる。
「あ……すみませんお食事時に」
「いいの。よかったら一緒にどう? 多めに作ったのよ」
テーブルの上に並べられている量からして余分に作ってくれたのだろう。お言葉に甘えることにした。
「それにしても」
と、デリック。「あのクソ野朗にこんなべっぴんな姉ちゃんがいるとは」
「こらこら……」
と、苦笑するアール。かくいう自分も初めは驚いたが。
「アールちゃんの彼氏?」
と、アールの向かい側に座ったのは次女のセクシー担当、エレーナだった。
「違います……えっと……」
「弟さんの知り合いっすよ」
デリックはそう言って、出されたお茶を飲んだ。
「そうなの? 彼女いないなら立候補しようかしら」
「おー、嬉しいっすね。けど俺既に10人ほど彼女候補いるけどいいっすか?」
「あら、じゃあ11人目でいいわよ」
と、冗談を交し合う。
「ヤーナちゃんは?」
ヒラリーが最後のおかずをテーブルに運び終えた。
「部屋じゃない?」
「呼んできてくれる?」
「はーい」
と、エレーナが呼びに行った。
「えっと、デリックさん?」
「はい」
「お酒がいいかしら」
「いや、仕事中なんで酒は遠慮しときますわ」
「仕事中なの?」
と、思わずアールが訊く。
「暇そうにしていても勤務中っすよ」
食卓にヤーナも揃い、スーのための水も用意され、少し妙な食事がはじまった。ヒラリーがおかずを取り分けたり、「これおいしいね」といった当たり障りのない会話があってから、痺れを切らしたヤーナが口を開いた。
「なんか空気おかしくない? てか、ヒラリー姉さんが帰ってからアールがベンさんたちのことで訊きたいことがあるみたいだって伝えといたけど、今訊いたら?」
「あ……はい」
と、箸を下ろした。「えっと……」
「シドと連絡取れないんでしょ?」
と、ヤーナ。「で、ベンさんたちと一緒にいるみたいだからベンさんたちが何者なのか知りたいんだっけ?」
「そんなところです……」
その間もデリックは黙々と食事を進めている。
「何者って言われても、命の恩人よね」
と、エレーナ。「姉さんを助けてくれた人たちだし」
「そのあとも交流は?」
「あの事件があってからしばらく街にいてシドの面倒とか見てくれてたよ」
ヤーナはそう言って煮物に箸を伸ばした。
「そのあと旅を再開してからもちょこちょこ顔を見せにきてくれてたかな。シドが旅に出たあとは回数こそ減ったものの、たまに帰ってきたらうちでお茶してたり。ね?」
「えぇ」
ヒラリーは短くそう答えた。
「なんかあんの? シドとベンさん」
と、ヤーナはヒラリーに訊いてから、「ワードさんも?」とアールに訊いた。
「あ、はい。ワードさんとも一緒でした」
と、アールはお茶を飲む。
「なにもないんじゃないかしら」
ヒラリーは食事を続けながらそう答えた。
「なにも……ですか」
「アールちゃんはなにがあると思ってるのかな」
「えっと……」
「彼らとシドに何か隠し事があったとしても、それを私は知らないのよ。ここ最近ずっと連絡とってないし」
「そうなんですね……変なこと訊いてすみません」
カチャカチャと食卓の音が虚しく響く。正直、アールはヒラリーがなにか知っているような気がしていた。でも聞き出す方法が見つからない。考えすぎかもしれないけれど。
ちらりと横目でデリックを見遣ったが、食事に夢中だった。話の流れから協力してくれてもいいのに。
「シドの引き出し、開けてやったら?」
と、言い出したのはヤーナだった。
「引き出し?」
「一番下の。なんか気になってるみたいだしさ。なにもないならそれでいいと思うし。せっかく家まで来てくれたのに、なんの役にも立てないのは悪いかなって」
「…………」
ヒラリーは少し考え込んで、静かに口を開いた。
「アールちゃんに心配かけるシドがいけないのよね。──いいわ、鍵屋さん呼びましょう。食事が終わってからでいいかしら」
「はい、もちろんです」
シドがいつから組織と関わっているのか、手がかりが欲しかった。私が加わり、旅が始まる前からなのか、旅を続けている中で勧誘されたのか。もし後者なら、理由が知りたい。
そして可能なら、考え直して欲しかった。
きっとみんなもそう思ってる……。特にカイは誰よりもシドを慕っているのに。
「…………」
アールは箸を持つ手を止めたまま、動かなくなった。
可能なら? 不可能じゃないの? だってシドの二の腕にはもう、属印があるのに。
「お嬢、食わないんなら俺もらっていいっすか?」
「あ……うん」
アールは箸をテーブルに置いた。そんな彼女を、水の入ったカップの中からスーが見上げている。
もしもシドが考え直してくれたとしても、彼を組織から引き離す方法なんてあるのだろうか。そもそもはじめから組織の人間だったのなら、自分たちの仲間になってはくれないかもしれない。組織の人間として、シオンのように自分の命を……。
考えこんでいるアールを見つめていたのはスーだけではなかった。ヒラリーも、深刻そうなアールの横顔を眺め、思いつめたように視線を落とした。
食事を終えると、ヤーナが鍵屋に電話をかけた。ヒラリーは台所へ行き、食器を洗い始めた。エレーナはテレビをつけてデリックと話に夢中になっている。アールは落ち着かない様子で立ち上がり、台所を覗いた。
「なにか手伝いましょうか……?」
「大丈夫よ、休んでて? 旅の疲れがあるでしょう?」
と、ヒラリー。
「…………」
アールはリビングに戻ろうかと思ったが、その場にとどまった。
「なんかすいません。いきなりシドのことでお邪魔して……」
「いいのよ、気にしないで?」
笑顔でそう言ったものの、視線は洗い物に向けられたままだ。
「シドって二人のこと慕っているんですよね? 今でも」
ワードとベンのことである。
「えぇ、きっと」
「私たちと旅を続けるよりも、彼らといたほうがいいと判断したのでしょうか……。連絡もないし……」
「わからないわ、ごめんなさい」
ずっと、なにかが引っかかっていて、それを解く方法を探してた。でも上手く解けないし、デリックは助けてもくれない。シドとワードやベンをつないでいる糸はヒラリーにも絡まっているような気がしてならなかった。
鍵屋は30分ほどして家のチャイムを鳴らした。鼻の下で綺麗に整えられた黒い髭が特徴の40代くらいの男性が、スーツケースを持って立っていた。早速ヤーナが室内へ招きいれ、シドの部屋へ通した。勉強机の一番下の引き出しにある鍵穴を見てスーツケースを開けると、中には
鍵を開ける道具がずらりと並んであった。
「すぐ開きます?」
と、ヤーナ。
アールはヤーナの後ろに立って見守っている。
「えぇ。すぐに。こういう勉強机の鍵をなくす子供が多くて、よく依頼があるんですよ。開けた後、鍵はどうされますか? お作りしましょうか」
「あー、まぁ本人に訊いてみないと。作るときは改めて連絡します」
「わかりました」
勝手に弟の机の引き出しを開けようとしているなど、言えなかった。おそらくシドはこの引き出しの鍵を持っているはずだ。
鍵屋は細長い金属の棒を二本鍵穴に入れ、耳かきでもしているかのように慎重に動かすと、すぐにカチャリと鍵が開く音がした。取っ手に手を掛けて、1センチくらい引き出して鍵が開いたことを確認すると、そのまま引き出しを閉めて作業道具をしまい、立ち上がった。
「さすがプロだね」
と、ヤーナ。「お金は下で払うよ」
ヤーナは鍵屋を連れて一階に下りていった。ひとり、シドの部屋に残されたアールは立ったまま引き出しを見つめ、ヤーナが戻ってくるのを待った。さすがに勝手には開けられない。
するとヤーナではなく肩にスーを乗せたデリックが階段を上がってきた。
「何が入ってたんすか?」
「まだわからない」
「見ないんすか?」
「勝手に開けちゃ悪いし」
デリックはシドの部屋を覗き込んで、微笑した。
「ガキの部屋かよ。サッカーボール柄の布団って」
「仕方ないよ、子供の頃に家を出て、長らく使ってないんだし」
「でも帰ってきてたんだろ?」
「うん、その時いろいろ捨てたみたい。飛行機の模型とか。布団はめんどくさかったんじゃない?」
「なるほど」
と、壁に寄りかかって腕を組んだ。「タバコ吸いてぇな」
「外で吸ってきたら?」
「引き出しん中見たら吸いますよ」
「気になるんですね」
「そりゃそうさ。大量のエロ本が出てきたら貰って帰ろうと思って」
と、冗談交じりに言う。
アールは愛想笑いをした。
そういう類のものが出てきたとしたら、それはそれでいい。ワードやベンに関わるなにかの手がかりが掴めないのは困るけど。
「中身見た?」
と、ヤーナが上がってきた。
「いえ、まだ……」
「見りゃいいのに」
と、シドの部屋に入ると引き出しの前にしゃがみ込んだ。
アールとデリックはその後ろに立ち、上から覗き込む。
「それじゃ、開けるよ? いざオープン!」
Thank you... |