voice of mind - by ルイランノキ |
午後2時過ぎ。
一向はテンプスに戻り、軽い食事を済ませてから再び別行動に出た。
アールはスーとデリックを連れてシドの実家へ向かう。ルイもついてくる予定だったが、ようやくゼンダから連絡が入り、用があると言われて城へ。
ヴァイスはモーメル宅へと引き返した。
カイはひとり宿に残り、ベッドに座っていた。手には携帯電話が握られ、メモリーからシオンを表示させた。
「…………」
設定画面から《消去》を選択し、ボタンを押そうとして躊躇した。残しておいてももう二度と彼女からかかってくることはないのだが、彼女の存在を消してしまうようで、証拠隠滅をしているような後ろめたさと、寂しさが手を震わせた。それでも思い切ってボタンを押してしまえば、確認画面などは出ずにそっけなく《消去しました》という文字が浮かんでシオンの名前が消えたメモリー一覧画面に戻った。
携帯電話を閉じ、ベッドに横になる。シドからの連絡は一度もない。かといって、いつものように自分からしつこく電話をかける気にはなれなかった。
ため息ばかり零れて、心身ともに疲れを隠せない。
──山小屋にて。過ぎ去った記憶。
「カイさんは甘党なんですか?」
と、当時はまだカイに対して敬語を使っていたアールは尋ねた。
「疲れには甘いものが一番いいよぉ?」
「なるほど……」
するとシドが訂正するかのように、
「バーカ。疲れたときこそ苦いブラックコーヒーだろ! 気合い入れる為にな」
と、言った。
「シドは変わり者だからなぁー」
「あぁ?! オメェがガキなんだろ! コーヒーも飲めねぇなんてガキだガキ!」
「なぁーんだよぉー! ブラックコーヒー無理して飲んでるシドに言われたくないよぉー!」
シドとカイの口喧嘩が始まった。
「うるっせぇな! 無理しねぇと飲めるかこんな苦い飲みもん!!」
「僕は飲めますけどね。僕は好きですよ?ブラックコーヒー」
と、ルイが二人の喧嘩に笑顔で入ってきた。そして、ブラックコーヒーとホットミルクを零さないように、そっと二人に手渡した。
「なんだと……?!」
「ルイは大人だなぁー」
「そうですか?」
ニコニコ、ニコニコと、二人の口喧嘩に入り込んだルイ。
(見知らぬ世界22…『ほろ苦い珈琲』より)
当時の記憶が蘇り、カイはなんだか無性にコーヒーが飲みたくなった。苦い苦いブラックコーヒーがいい。
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「──お嬢?」
と、デリックがアールの顔を覗きこんだ。少し暇を潰してからシドの家へ向かう途中だ。
「あ、はい?」
「考え事っスか? 顔色悪いっすよ」
仲間に裏切られ、人の命を奪って、平然としていられるわけがない。デリックは無神経なのか、わざとそうしているのかわからなかったが、彼の存在を疎ましく感じ始めていた。
「……デリックさんは人を殺したこと、ありますか」
「ありますねぇ」
と、普通に答えた。「数え切れないくらい」
「はじめて殺した人のこと、覚えてますか」
「…………」
デリックは足を止めて虚空を見遣った。
「覚えてるねぇ。初の手柄なんで」
「手柄……?」
「そういうもんっすよ。だから俺は上位なんすね。立場が」
「平気で人を殺せるから?」
と、怪訝そうに言う。
「平気なときとそうじゃないときはある。全力で悪者顔で向かってきてくれりゃ、全力で仕留められますけど、中には家族のためだの命令で仕方なくだの、めんどうな奴がいる。そいつらを殺すときは……気分わりぃ」
デリックは再び歩き出した。アールはその後ろをついて歩いた。
「昔からそうだったわけじゃないでしょ?」
「というと?」
と、振り返る。
「仕事だからって平気で……じゃないでしょ? 最初は」
「いや? 俺は敵と見做した相手にはシビアなんで。実戦も楽しみにしてたもんだから気合も十分だった。初仕事は20人程度だったな」
「…………」
「軽蔑します?」
と、立ち止まる。
「いえ……。そういう世界なんでしょうね」
「…………」
「私の世界では、遠い国の話でしたから。自分の国で起きた戦争は私が生まれる前の話だったし」
「へぇ。平和っすね」
「だから平和ぼけしてるんっすよ」
と、しゃべり方を真似て苦笑した。「やらなきゃやられる。シドが言ってた」
「…………」
アールはデリックの横を通って先頭を歩く。デリックはそんな彼女の背中を眺めながら訊いた。
「んじゃ、やるんすか?」
「…………」
再び足が止まる。なかなかシドの家までたどり着けない。
「やらなきゃやられるんなら」
「なにを」
と、わかっていながら振り返る。
「シド。」
「…………」
「なんなら手伝いますよ。あいつとのバトル、決着ついてないんで」
「そのためについてきたんですか?」
「さぁ、どうなんでしょーか」
ニッと白い歯を見せて笑う。
「…………」
「ま、ただの暇つぶし。興味本位っすよ。さ、行きましょう」
Thank you... |