voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷14…『5463』


──シド。
 
あなたが抱えていた闇の中は、複雑な迷路になっていて、出るに出られない状態だった。
自ら陥って、抜け出せなくなったんだろうね。
シドのことだから、そんな自分に苛立っていたんじゃないかと思う。

 
「なんじゃこりゃ」
 と、ヤーナが言い、デリックも首を傾げた。
 
唯一、引き出しの中にあったものに反応を示したのはアールだった。みるみる顔が青ざめて、心臓がバクバクと音を立てた。
 
「それ……」
 と、かすれた声が出る。
 
ヤーナとデリックはアールに目を向けた。
 
「タケルの私物だよ……」
 
その頃ヒラリーは、階段の下から複雑な表情で二階を見上げていた。
 
「タケルの?」
 と、デリック。
「誰、タケルって」
 ヤーナは空気を読んで立ち上がった。
「……仲間です。私が仲間に加わる前にシドと旅をしていて、亡くなった」
 
仲間。自然とそう答えていた。
引き出しの中にあったのはタケルの私物。ぼろ切れになった服と、汚れた靴と、携帯電話。アールは靴のデザインを見てタケルのものだとすぐに気づいた。自分の世界に存在したスポーツブランドのロゴマークが入っていたからだ。
 
「私はいないほうがよさそうだね」
 と、ヤーナ。「なにかあったら下にいるから声かけて」
 
ヤーナは気を利かせて階段を下りていった。その階段下に、ヒラリーがいる。
 
「ねえさん、どうしたの?」
「ちょっと気になって……」
「面白いものは入ってなかったよ。シドと旅をしてて亡くなった人の私物が入ってた」
 と、ヒラリーの横を通ってリビングへ。
「どういうこと……?」
 ヒラリーもヤーナの後を追ってリビングへ。ヤーナはソファに腰掛けた。
「よくわかんない。アールだけは知ってた。なんか空気重かったから下りてきたの。タケル、とかいう人の私物だって。知ってる?」
 と、ヒラリーを見上げる。
「タケル? 初めて聞いたわ」
「私も」
 と、台所にいたエレーナが自分のコーヒーをテーブルに置いて床に座った。
 
二階では床に膝をついて呆然と引き出しの中を見遣るアールと、ベッドに腰掛けるデリックの姿がある。スーはアールの様子を気にかけながら目をぱちくりとさせた。
 
「タケルって、あれだろ? お嬢が来る前に召喚されたっていう」
 デリックも城にいた以上、情報は入っている。
「うん」
 アールは小刻みに震える手服の切れ端を掴んだ。血のような汚れがある。
「けど確かそいつの私物って……」
「棺の中に保管されてたのに無くなってたの」
「そりゃ初耳だな」
「私もさっきリアさんから聞かされたばかりだから。城に戻ったのも確かめに行っただけだし」
「なーるほど」
 
ぼろ切れと化した防護服の下に、折りたたまれた服があった。そっちは綺麗で、破れていない。引き出しの端にシキンチャク袋があった。中を確かめるとなにも入っていないことから、綺麗なほうの服はタケルが自分の世界から着てきた私服で元々シキンチャク袋にしまっていたものと思われる。
 
そして、一番気になっていた携帯電話に手を伸ばした。携帯会社の名前が小さく書かれている。アールと同じように自分の世界から持ってきた携帯電話だ。
 
「見てもいいよね……?」
 アールが携帯電話を手に持って、デリックを見遣った。
「いいんじゃないっすか? 何事も運命っすよ」
「運命?」
「お嬢がここに来て、タケルの私物を見つけ、手に取った。流れで見るのも運命っすよ。導かれたんじゃないっすかね」
 と、立ち上がる。
「どこ行くの?」
「タバコ吸ってくる」

デリックはズボンのポケットからタバコを取り出し、口にくわえながら階段を下りていった。
シドの部屋に、アールが一人。
 
しばらくタケルの携帯電話を握ったまま開けずにいたが、意を決して電源ボタンを押した。しかしいくら長押ししても電源が入らない。バッテリーがないのかもしれない。アールは自分のシキンチャク袋から予備として持っていた充電シールを取り出して、タケルの携帯の電池パックに貼り付けた。充電中を知らせる赤いランプが点く。
電源が入るまで少し待つ必要があった。
 
アールは小さなため息をこぼして、ベッドを背もたれに床に座り込んだ。考え始めると頭が混乱する。てっきりワードやベンに関するものが入っているのだと思っていたのに。
城に保管されていたはずのタケルの私物がシドの実家にあった。シドが盗んで運んできたのだろうか。なんのために。
 
胃がきりきりと痛んで、吐きそうになるのを堪えた。
 

──人は考える力を持っているから何事も複雑に考えてしまう癖がある。余計なことを考えすぎてしまう。だから人は考えすぎて他人から理解されにくい行動に出たりする。人の思考回路が複雑だからだ。
 
でも単純な理由だった。単純でありながら、複雑な感情ががんじがらめになっている。
 
シドは、心を許したタケルの存在に縛られていたんだ。
ただそれだけ。

 
5分ほど待ち、もう一度電源ボタンを押した。起動を知らせる音がして、画面が明るくなる。タケルの待ち受け画面に動揺した。みんなの後ろ姿だったから。ルイ、シド、カイが前を歩いている。その後姿を撮った写真だった。
メニュー画面を開こうとして、眉をひそめた。ロックが掛かっている。暗証番号の入力画面が出た。
 
「暗証番号……」
 
タケルの誕生日だろうか。それならわからない。自分が知っているタケルに関する数字は──
 
「メモ……」
 
城で自分が通された部屋のベッドの下にあった紙。
《世界中の笑顔は君の手の中にある》と書かれていた紙。最後に4桁の数字と、イニシャルと思われる《T・S》と書かれていた。
逸る思いでシキンチャク袋からその紙を取り出した。そこに書かれている4桁の数字を入力した。
 
 5 4 6 3
 
ロックが解除された。その瞬間、デリックが言った言葉を思い出す。
 
 何事も運命っすよ。導かれたんじゃないっすかね
 
──タケルは私があなたの携帯電話を見ることを想定していたの? あなたが私をここまで導いたの? それが“今”じゃないといけなかった理由はきっと、あなたも私と同じ思いだったから? シドを、助けたいと思ったから?
 
アールがそう思ったのは、彼の携帯電話に残されたメッセージを見たからだ。そこにはアール宛に撮られたと思われる動画が残されていた。携帯電話の小さな液晶画面に、タケルが映し出される。彼はケータイのカメラを通して、アールを見ていた。
 
『はじめまして。タケルです。本物の選ばれし者がこのメッセージを見てくれることを思って、メッセージを残したいと思います』
 
そんな言葉から始まった動画は、涙なしでは見ることが出来なかった。
 
タケルは知っていたんだね。自分が選ばれし者ではないと。
 

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©Kamikawa
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