voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷11…『止まらない時間』

 
──第十部隊サンジュサーカス団、アジト。
 
テント内にある治療室のベッドに、ワードとベンによって重症を負ったダイヤが眠っていた。クラウンはそれを無言で眺めながら、ワードとベンが現れたときのことを思い出していた。
スペードとクローバーの態度が一変したのである。ふたりが第三部隊からスパイとして十部隊に侵入していたのだと知って、絶望した。
 
「俺たちは……消されるのか?」
 治療室に顔を覗かせたのは、足に包帯を巻いたジャックだった。
「……いいや。“アレ”がある限りは消される心配はない」
 
ジャックはクラウンに舞台裏へ連れて行かれた。長らく使っていない小道具が埃をかぶって置かれている場所に、大きな木箱があった。クラウンにしかあけることが出来ず、中には多くのアーム玉が入っていた。
 
「これは?」
「組織に入る前から集めていたものさ。ものによっては高く売れるからな」
「そうか、あんたにしか開けられないんだな……」
「オレのアーム玉も、死ねばここに入る」
「…………」
「お前も作ったらどうだ? 大した力にもならんだろうがな」
 
━━━━━━━━━━━
 
モーメル宅でミシェルの帰りを待っていたワオンは、静かな時間が流れる中で小さな足音を聞いた。耳を澄ませるとその足音は玄関へと近づき、止まった。ノックが3回鳴る。腰に忍ばせておいた短剣を握って、警戒しながらドアに近づいた。そして──
 
「誰だッ?!」
 と、勢いよくドアを蹴り開けると目の前に立っていた男に短剣を振りかざした。
 
ドアの前に立っていた男は手に持っていたスーツケースを地面に落とし、両手を上げた。
 
「あ、あなたこそどちらさんで?!」
 モーメル宅に訪れたのはアール達に便利道具を提供することでおなじみのギップスだった。
「…………」
「あ、ワオンさんですね。私を覚えていませんか、一応私も結婚式に参加させていただいたのですが」
「……そうだったか?」
「ほら、余興で帽子の中からブーケを取り出しました」
「あぁ! あのときの!」
 と、ワオンは武器を下ろした。「確かばあさんの……」
「えぇ、弟子のようなものです。──ところでなにかあったのですか? 物凄い形相でしたが」
「…………」
 
ワオンはうなだれるように「俺が知りてぇよ」と呟き、一先ずギップスを家に通すと自分がわかる範囲で状況を説明した。
 
「ということはアールさんたちもよからぬ事に巻き込まれているということですね。私にもなにか出来ることがあれば手を貸しましょう」
 
━━━━━━━━━━━
 
わかりやすい嘘も、真実と混ぜればわからなくなる。真実のように話されればなにが本当でなにが嘘なのか、見分けがつかない。
 
人もそう。
 
自分のことさえも信じられない場合は、何を信じると思う?
信じたいものを勝手に信じるんだ。少しでも気分よく生きる為に。
 
アールの剣が魔物の首を斬り裂いた。その匂いに寄って来た魔物を次から次へと射止めていく。繰り返すことでシオンを殺した事実を古いものに書き換えてゆく。何度も何度も上書き保存を繰り返せば、この痛みも少しは薄れてくれるような気がした。
 
気がするだけ。
 
人を殺すのと、魔物を殺すのではわけが違う。ましてや一度は友達だと思った相手だ。そしてなにより、久美に似ていた。
 
久美を思い出すたびにシオンの最期がフラッシュバックする。
剣先が柔らかい皮膚に入り込んで硬い骨に当たったときの感触も、それをすり抜けて向こう側の皮膚を裂いて貫いたときのあのときの感触も、右手に残っている。
 
魂が抜けて、空っぽの体が人形のように重く圧し掛かって地面に下ろしたときの重みも、彼女に背を向けて歩き出したときの、喪失感も。
 
こうして慣れてゆくんだと思った。
 
──パチパチ、と足元から音がする。見下ろすとスーがいた。周囲を見遣り、ヴァイスはいないんだと察する。
 
「ヴァイスに頼まれたの?」
 
アールがそう訊くと、スーはなんの反応も示さなかった。ヴァイスに頼まれたのは事実だが、自分の意思もあったからだ。
 
「スーちゃん」
 
アールはスーの前で片膝をつき、手を差し出した。
 
「おいで。──褒めてくれる? 私、殺したよ。ちゃんと。みんなと同じように、組織のひとりを、ちゃんと殺したよ」
 
スーはアールの手の平を見遣ったが、その上に乗ろうとはしなかった。
 
「褒めてくれないの……?」
 
スーはアールを見上げたまま、目を瞬(しばた)かせた。
 
「……そうだよね。本当は、みんなだって殺したくて殺してるわけじゃないんだよね」
 
アールは立ち上がると、空を見上げた。とっくに正午は過ぎ、夕方を迎えようとしている。雲の流れが速く、止まることのない時間が進んでゆく。
 
「シドの家に行かなくちゃね。スーちゃんも、来てくれる?」
 
スーはピョンと跳ね上がった。アールが手を出して受け止める。一度アールの手に乗ったスーは肩に移動した。
 
「デリックさんも来るかな?」
 
なんだかんだでシドのことを気にかけているようだった。犬猿の仲だと思っていたが、そうでもないのかもしれない。

ふいに、以前ワオンに訊かれた言葉が再生された。
 
 お前は もう人を殺したか?
 
正当防衛でもなんでもいい、人を殺したか? 殺したことはあるのか? ワオンは何度もそう訊いた。アールは答えなかった。
 
「……殺しました」
 
今ならそう答えられる。
アールはかすれ声でそう呟くと、来た道を引き返した。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -