voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続19…『成長』

 
旅をする者の為に造られた癒しの場。聖なる泉がある場所を示す水色の石は、これまでキラキラと輝いているものばかりだったが──
 
「なんかあまり輝いてないね、濁ってるみたい……」
 と、アールは言った。
「ここを守る結界の魔法が切れかかっているのですよ」
 そう言うとルイは、水色の石に触れた。「こうして少し力を与えれば、結界の力はまた存続します」
「……ってことは、ここに来る人達の力でここは守られてるの?」
「そうですね。宝箱の話もそうですが、同じ命を賭けて旅する者同士の不文律です」
「ふぶんりつ……?」
 と、訊き返したアールに応えたのはシェラだった。
「この場所が無いと、私達は安心して体を休ませることが出来ないわ。感謝の意を込めて力の一部を捧げてここを守るのよ。暗黙のルールってところね。力を使っても泉で取り戻すのだから、余程のことが無い限りはみんな力を捧げるわ」
 
一行は泉へと続く細い道を抜け、聖なる泉の中央で佇む女神・アリアンの像を見遣った。
ルイは早速テントとテーブルを取り出した。シドとカイはテントに入り、直ぐにごろ寝。シェラもテントに入ると化粧を直し始めた。
アールは、外に出されたテーブルの椅子に座り、調理を始めたルイの手際の良さを眺めていた。
 
「アールさんもお休みになられては? 食事が出来ましたら呼びに行きますよ」
「ううん、私はいいや。今日はあまり戦わなかったし……」
「そうですか……。ところでその防護服は本当にリアさんが用意したものですか?」
「うん、リアさんに渡された服だよ?」
「…………」
 ルイは食材を切りながら、考え込んだ。
「やっぱりおかしい? この服」
 と、アールは自分の服を眺めながら言った。
 
手首周りの裾が擦り切れていることに気付き、不審に思う。
 
「アールさんは、戦闘の経験がありませんでしたし、もっと頑丈な防護服を用意してくださるはずなのですが……。他になにかその防護服についておっしゃっていましたか?」
「んー、確かサイ……サイなんとかっていう獣の毛で作られてて、簡単には破けないって言ってたような。あとある程度の衝撃は吸収されるって」
「多分サイハだと思います」
 そう言うと、ちょっと失礼します、と、ルイはアールの裾に触れ、生地を確かめた。
「確かにサイハの毛のようですが、耐久性は良いとは思えませんね……」
「えっ?! じゃあ……お店の人が嘘でもついたのかな?」
「お店の人?」
「この服、何処かのお店で買ったものじゃないの? リアさんは嘘をつきそうな気がしないし」
 
そう言いながら擦り切れている裾を困った顔で眺めているアールを、ルイは微笑んで見ていた。──彼女の信念は一体何処から来るのだろう。
ルイはまた食材を切り始めた。
 
「不幸の中にも幸せってあるんだね」
 と、突然アールが呟いた。
「え……?」
 
アールの口から“幸せ”という言葉が零れるなど思っていなかったルイは、聞き間違えたのではないかと自分の耳を疑った。
 
「不幸だなんて言って申し訳ないけど、人を信じにくい世の中で、信じれる人を見つけられるのって凄いことだと思わない?」
 そう言ったアールは、裾を眺めながら悲しげに笑った。
 
彼女はむやみに人を信じているわけではなかったのだ。
 
「そういえば魔物が見えたと言った時、なぜ幻覚と幻聴だと自分で気づけたのですか?」
「あれは……。そういえばあの時ルイは私の目を見て何て言ったの?」
「──大丈夫です、落ち着いてください。誰の声も聞こえません。それに僕達がついていますよ……と」
「そうなんだ。あの時、全く違う言葉を言われた気がしたんだ。突き刺すような言葉だった。でも幻聴だと気付いたの。ルイが教えてくれたんだよ? ルイの目は、優しかったから。ルイがそんな酷いことを言うはずないって思ったの」
 
食材を切っていた手は、いつの間にか止まっていた。ルイは、アールの一言一言が、微かに流れる風に乗って消えてしまいそうな感覚に囚われていた。何故この世界を救うという大それた使命を請け負った選ばれし者が、彼女だったのだろう。
ルイの目には、椅子に座って背中を丸め俯いている小さな彼女が、今にも壊れてしまいそうに見えた。
 
「あ、手伝おっか?」
 と、アールは立ち上がり、ルイの隣に並んだ。
「あ……はい、助かります。人参を一口大に切ってもらえますか?」
「りょーかい!」
 
2つのナイフがまな板を叩く音がテンポよく響く。ルイのナイフの奏でる音のほうが少し早く、アールはゆっくりではあるが丁寧に人参を刻んでゆく。
 
「次の街に着いたら、新しい防護服を買いましょうか。それまでは……そうですね、僕の防護服でよければ貸しますが。まだ着ていない服が1着ありますので」
「ありがとう。でもダボダボだと思うなぁ」
 と、アールは困った顔をした。
「そうですよね。サイズが大きいと動きづらいですしね」
「まだ用意してくれた服が2着あるから、それを着てこれからはもっと気をつけて行動するよ」
 
2人が食事の準備をしていると、テントからシェラが出て来た。その手には黒い衣服が握られている。アールの元へ近づくと、それを差し出しながら言った。
 
「アールちゃんにあげるわ。防護服よ」
「え?! いいの……?」
「これも貰い物なのよ。ダッサいし、サイズも小さすぎて私には入らなかったの」
「ダサいんだ……」
 
アールは笑うと、ナイフを置き、受け取った防護服を広げてみた。今着ている服と大して変わらず、ジャージのツナギにフードが付いたような防護服だった。体に服を当てて見ると、ズボンの裾が完全に地面に垂れている。
 
「どんだけ小さいのよアールちゃん」
「小さいって言わないでくれる?! 小さくないから!」
「小さいわ」
 シェラはいつもキッパリと言う。
「一応、防護服ではあるけど、そんなに高価なものじゃないわ。もしかしたら今アールちゃんが着ている物より使い物にならないかも」
 
アールは強くなる為には、頼りにならないくらいの防護服が調度良いのかもしれないと思った。危険なことは百も承知だが、防護服を着ているからと安心していては自分自身の防御力が身につかないからだ。
 
「いいよ、破けちゃうなら何枚あっても足りないくらいだし」
 と、アールは笑った。
 

──幼い頃、なかなか自転車に乗れなかったことを思い出す。
 
補助尽きの自転車に乗っていて、補助があれば転ぶこともなく安全だったけど、それではいつまでたっても普通の自転車には乗れなくて。
 
勇気を出して補助輪を外し、自転車に跨がったの。
何度も転んではバランスを取って、練習した。
派手に転んで自転車に乗ることが怖くなったこともあったけれど、乗れた時の達成感は今でもよく覚えてる。
 
練習に付き合ってくれたのは、お父さんだった。
 
幼い頃はいつだって誰かが傍で見守っていてくれた。
どんな思いで自転車の練習に付き合ってくれていたのかな。
せっかくの休日に、本当はゆっくり過ごしたかったのに仕方なく付き合ってくれていたのかな。
それとも、娘の成長を喜びながら手を貸してくれていたのかな。
 
今となっては訊く術もない。
 

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©Kamikawa
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