voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷2…『モーメル宅』

 
いつもはシドと分担していた戦闘も、シドがいなくなったことでアールに負担が掛かっていた。カイやヴァイス、ルイ、スーの助けがあったものの、いつもと違う戦闘がアールに疲労を与えていった。シドはアールの行動を読みながら戦っていたため、アールは好きなように行動が出来ていた。アールが望まなくてもシドが積極的に厄介な魔物を判断して請け負ってくれていた。それがなくなり、シドのいない戦闘ではなかなか仲間同士のタイミングも合わず、互いに互いの動きを気に掛けなければならなくなっていた。
 
それでも不幸中の幸いだったのは、ムスタージュ組織が再び現れなかったことだ。
 
「念のため、別の宿にしましょう。ここから少し歩きますが」
 
街に辿り着き、出入り口から一番遠い宿へ歩き出した。着いたときにはすっかり夜も更けていた。シドの一件と戦闘の疲労も重なり、口数が少ない。
宿に着いてからは濡れた服を着替え、意気消沈しきった顔で床に座り、なにもしない時間が流れた。
 
ヴァイスが黙って部屋を出て行き、カイはベッドに移動して横になった。
 
「ルイ、ゼンダさんはなんて?」
 と、アールが静寂に耐え切れずに訊いた。
「状況は理解してくださりました。後で連絡をくださるようです」
「そう……」
 
アールは立ち上がり、シキンチャク袋から財布を取り出した。所持金を確認し、浮かない顔をする。
 
「どうしました?」
 と、ルイも立ち上がった。
「ごめん、ちょっとお金かしてもらえないかな。モーメルさん家に行こうと思うの」
「確かめに、ですか?」
 と、ルイもシキンチャク袋から財布を取り出した。
「うん。なにか手がかりがあるかもしれない」
「一人では危険ですよ。僕も行きます」
「でもゼンダさんから連絡があるかもしれないんでしょ?」
「そうですが……。お小遣いを渡しておきますね」
 と、ルイはアールに1万ミルを渡した。
「ありがとう。ヴァイスに連絡してみる。多分ヴァイスもモーメルさんのことは気に掛けてるだろうから一緒に行ってくれるかも。ていうかもう向かってるかも」
「わかりました。もし断られたら僕に連絡を。それから、ついでなのでこれももう渡しておきますね」
 と、ルイが財布から取り出したのはアールの身分証明カードだった。
「え? 私が持ってていいの?」
「この世界の仕組みにも慣れましたでしょうし、渡しておこうと思っていたのに今日まで忘れておりました。予備もあることですし。ですが無くさないように。ゲートから街へ入るときは必要としませんが外から入るときは街によっては必要です」
「わかった。ありがとう」
 
偽物の身分証明カードとはいえ、自分がこの世界の住人であることを示すカードに、少し戸惑う。アールはカードとお金を受け取って、宿を出た。ヴァイスに連絡を入れると、いつもは面倒くさそうにするヴァイスも今回ばかりは「すぐに行く」と言って、電話は切れた。
5分もしないうちにアールの元に戻ってきたヴァイスは、スーも連れてゲートからモーメルの家へと移動した。
 
ここの天気は良く、夜空に星が瞬いている。
モーメル宅のドアをノックし、耳を澄ませた。返答はない。手を伸ばすと、鍵が掛かっておらず、ドアが開いた。室内はしんと静まり返り、人の気配はない。
 
「2階に行ってくる」
 
アールはそう言って階段を上がった。
ヴァイスはモニターに近づき、テーブルの上を見遣った。キーボードの横に飲みかけの紅茶が置かれている。触れてみるとすっかり冷たくなっていた。
 
2階に上がったアールはミシェルの部屋へ直行した。ドアをノックしてから戸を開けると、無人の部屋がそこにあった。
壁に掛けられている花の冠が目に入る。アールが式場のスタッフから貰ってモーメルの家に忘れたものだ。結婚式で使用したブーケも、ドレッサーの上に飾ってある。
 
アールは思いつめた表情で他の部屋も確認した。モーメルもミシェルもどこにもいなかった。
廊下に出て携帯電話を取り出し、ワオンに掛けた。
 
時刻は午後11時過ぎ。
 
『はい』
 ワオンはすぐに電話に出た。
「ワオンさん、私です、アールです」
『あぁ、どうした?』
「あの、ミシェルはそちらにいますか?」
『いや、来てない』
「そうですか……」
『今朝から連絡がないんだ。なにか知らないか?』
 
今朝から? ワードとベンが一行の前に現れた頃からだ。ミシェルも巻き込んでしまったのかもしれない。アールの心は沈んでゆくばかりだった。
ワオンに説明すべきだろうか。どう説明すればいいのだろう。
 
『アール、なにか知っているのか?』
「…………」
 答えられずにいると、ワオンは強めに言った。
『答えてくれ。心配してるんだ!』
 
アールは躊躇いがちに言葉を発した。
 
「まだ、わかりません……。モーメルさんもいないんです。もしかしたら二人でどこかへ出かけているのかもしれないし……」
『他に心当たりがあるのか?』
「よくないことに巻き込まれているのかもしれません」
『どういうことだ』
「まだわかりません。私も今手がかりを探しているところなんです。ごめんなさい……」
 
アールは一方的に電話を切った。嫌な汗が流れる。アールは壁に寄りかかり、ドクドクと脈打つ胸を押さえた。
 
「どうかしたのか」
 と、ヴァイスが二階に上がってきた。
「あ、ううん……」
 アールは咄嗟に笑顔を作る。「二階にも誰もいない」
「そうか」
「あ、お風呂場は?」
「スーが見に入ったが、誰もいないようだ」
「そう……」
 
一階に戻り、辺りを見回したが争った形跡もない。連れ去られたとしても、強引にではなく大人しくついて行ったと思われる。
 
「あ、隣りの倉庫は?」
 と、アールは外に出ると、倉庫の前へ。
 
倉庫には南京錠が掛けられ、扉自体にも鍵が掛かっていた。一応ノックしてみたが、反応はない。
 
「やっぱりワードさんたちが……?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
 
アールの目に、ヴァイスの険しい表情が映った。無表情が多い彼も、苛立ちを隠せないのだろう。
 
「シドは……本当に組織の人間だと思う?」
「…………」
「だとしても、いつから……」
 
アールはシドの姉、ヤーナからワードとベンの名前が出てきたことを再び思い出した。
 
  その旅人。一人はワードさんで、一人はベンさん。
   ベンさんがなかなか渋くてねー、狙ってんだ
 
「ヴァイスはここにいて? もしかしたら組織の人間がまたここに来るかもしれない」
「お前は?」
「私はちょっと調べたいことあるから」
「一人は危険だ」
「大丈夫。シドの家に行くだけだから。でも念のため……スーちゃん連れてってもいい?」
「…………」
 ヴァイスは黙って肩にいるスーを見遣った。
 
スーはヴァイスの肩からアールの肩に飛び移った。
 
「なにかあったら連絡しろ」
「うん」
「しかしこれから行くのか?」
 と、夜空を見上げる。
「そっか……もう遅いもんね」
 
気持ちが先走る。寝ていられない。けれど夜遅くに訪ねるのは迷惑になるだろう。
 
「今日は宿に戻ることにする。明日の朝、シドの家に」
「あぁ」
 

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