voice of mind - by ルイランノキ


 暗雲低迷1…『引き返す』

※はじめに。
この章から回想シーン(過去に描いたシーン)が多くあります。
回想シーンはわかりやすくなっていますので読み飛ばしていただいて問題ありません。

 
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力なく地面に膝をついているアールの体温を冷たい雨が奪っていった。
容赦なく降り続ける雨は地面を濡らし、水溜まりを作ってゆく。自然が起こしたドラマのような演出に、渇いた笑いが込みあげてくる。
思考が目まぐるしく駆け巡っては記憶をかき乱す。
徐々に心が壊れていくような気がした。
 
「ゼンダさんに……このことを連絡します」
 
雨音に消え入りそうな声でそう言ったのはルイだった。けれど、そんなルイに反応をしたのはカイだった。
 
「連絡ってなんのだよ……」
「シドさんのことです」
「シドの何を連絡するんだよ!」
「…………」
 
また、沈黙が一同を包み込んだ。雨音が耳障りでしょうがない。
 
「アールもなに落ち込んでんのさ。もしかしてシドがほんとに裏切ったとでも思ってんの?」
 
アールは重い体を立ち上がらせ、カイを見やった。
 
「違うの……?」
「違うに決まってんじゃん。シドが裏切るわけないんだよ。俺みんなよりシドとずっと一緒にいたんだ。シドのことはわかるよ! きっと、なにか考えがあるに決まってるんだ! 俺たちにも話せない、なにか……きっと……」
 カイの言葉は自分に言い聞かせるようでもあった。
「とにかく、ゼンダさんに連絡を。緊急事態ですから」
 表情のないルイはポケットから携帯電話を取り出した。
 
カイが険しい表情でズカズカと歩み寄ると、ルイの携帯電話を奪い取った。
 
「まだわかんないじゃないか! なんで信じないんだよ!」
「……返してください」
「なんですぐ疑うんだよ! これまでずっとシドと一緒にいたじゃないか! みんなだってシドのことわかってるだろ?! 口は悪いけどいい奴だって! 頼りになるし! なにか考えがあるんだってば!」
「それがわからない限り、安心していられません。とにかく今は最悪の状況を考えて行動しなければ──」
 と、ルイの語調が強くなっていく。
「きっとすぐにシドから連絡くるって! 待ってればいいんだよ!」
「あなたもシドさんの腕を見たでしょう?! 属印を! あれも嘘だと言うのですか?!」
 
ルイの心にも、余裕がなくなっていた。
ぐっと言葉を詰まらせたカイから強引に携帯電話を奪い返すと、その場から少し離れてゼンダに連絡を入れた。
 
「カイ……」
 アールはカイに歩み寄ったが、カイはそんなアールから顔を逸らした。
「アールも信じてないんだろ……?」
 そう言って、テントに入って行った。
 
“居場所”が崩れていく。──こんなのいやだ……。
なんで、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 
「──はい。シドさんが、その組織の一員だったようです」
 ルイは電話越しにゼンダにそう伝えた。
 
アールも携帯電話を取り出すと、モーメルに電話をかけた。ワードとベンが言っていた言葉を思い出しながら。
 
“猶予を与えてやる。ばあさんが死ぬ前に、まだ眠ってる力を醒めさせておくんだな。頃合いを見て、殺しに来る。戦う覚悟があるなら、相手してやろう”
 
奴らはそう言った。ばあさんと聞いて自分が思いつくのはモーメルしかいない。繰り返し呼び出し音が鳴り続けているのを聞きながら、絶望が襲ってくるのを堪えた。ミシェルも電話には出なかった。
見兼ねたヴァイスがアールに歩み寄り、携帯電話を持っている腕を掴んで下ろさせた。
 
「モーメルにかけているのか? おそらく彼女は……」
「わかってる。でも確かめたかったの……」
 
アールは携帯電話をポケットにしまい、ルイを見遣った。ルイもちょうど電話を終えていた。
 
「ルイ、どうするの?」
「…………」
 ルイは考えるように視線を落とした。
「ここで立ち往生するわけにはいかないから、一旦街に戻らない? まだ街の中にいたほうが安全かもしれないし」
「えぇ……」
 
アールはとにかく今はモーメルとミシェルの安否が気になっていた。今すぐにでもモーメルの家に行き、その目で確かめたかった。
 
アールがテントの中を覗き込むと、カイは布団の中でうずくまっていた。
 
「カイ、とにかくテンプスに戻ろう?」
「…………」
「寝たの?」
「俺は戻らない。ここにいてシドが戻って来るの待ってる」
「…………」
 
アールはテントの中に入り、布団の隣に腰を下ろした。
 
「シドには連絡入れとけばいいじゃない」
「…………」
 カイは布団から起き上がると、アールを見遣った。
「信じてないくせに、いいわけ? 居場所教えても」
「カイ……」
「俺だって、全く疑ってないわけじゃないんだ。でも、どう考えたってシドが裏切るとは思えないんだ。だって旅を始める前から一緒にいたんだから。旅の途中で奴らの仲間になったとも思えない」
「うん……」
「信じたい。疑いたくないんだよ……」
 
カイは膝を抱えるようにして蹲った。アールはそんな彼の背中を優しく摩った。
シドを信じたい。その気持ちは自分にもあるし、ルイだって持っているはずだ。でも自分ひとりの問題じゃないから、信じたい気持ちだけでの行動はできない。
自分だけでなく、大切な人たちの命もかかっていた。
 
「カイ、シドのこと信じてないわけじゃないんだ。信じたいし、信じるためにももっと情報がほしいの。もしシドが奴らの仲間だったとしても、シドが望んで仲間に入ったのかどうかは別でしょう? 逃げ出したいのに逃げ出せないのだとしたら、助けたいじゃない。ここでじっとしてられないよ。シドは私たちの命を狙っていないとしても、ワードとベンは……わからないし」
「…………」
 カイは黙ったまま頷いた。
「カイが言うようにシドになにか考えがあっての行動だとしても、そしたら尚更、私たちがこの後どういう行動をとるのか想定してるはずでしょう? ここに立ち止まってるとは思わないだろうし、こっちはこっちで行動していても問題ないよきっと」
「……よくわかんない」
「う、うん。私も自分が言ってることよくわかってないんだけど、とにかく、移動しない?」
「……うん」
 
カイを説得し、休息所を離れることになった。
天気は悪く、シドのいない戦闘が待ち受けていた。一行の行く手を塞ぐ魔物が現れるとアールは積極的に請け負った。普段はシドやアールに任せっぱなしだったカイも、今日という日はアールの出助けに勤しんだ。
 
「カイ上空のお願い」
 
雨の中を飛び回る魔物は少ないが、時折現れる。遠距離攻撃が苦手なアールはカイとヴァイスに任せていた。
ルイも魔物が多いときには戦闘に参加した。攻撃魔法は魔力を使いすぎるので打撃や結界で囲むなどして、アールに手を貸した。スーも活躍を見せた。モンスターではあるものの、状況は理解できている。獣の顔にへばりつき、目を潰した。
 
テンプス街へ引き返している最中にムスタージュ組織の連中が現れたら厄介だと思いながら、一刻も早く街に着くことを願った。その間、シドのことは一時も頭から離れなかった。
 

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©Kamikawa
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