voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続18…『監視』◆

 
リアがアールの為に用意した防護服は、ある程度の衝撃は吸収すると言っていたのに、以前雨の日に森の中を突っ切ったときは破れなかったが、魔物には簡単に食いちぎられてしまい、魔物の牙や爪が貫通する。──本当に防護に優れていると言えるのだろうか。
彼等もアールが着用している防護服に疑念を抱き、次の休息所まで殆どの戦闘をシドが引き受けた。
 
「ねぇ、さっきからついて来てない?」
 と、アールは訊いた。
 
一同は一斉に振り返るが、来た道に魔物や人の姿は無い。
 
「ついて来てるって、何がだよ」
 と、シドが訊き返した。
「……でっかい、鳥?」
 と、アールは空を指差して答えた。
 
今度は一斉に空に目を向ける。翼を広げ、円を描きながら飛んでいる鳥らしき生き物が遠くに見えた。
 
「鳥じゃねぇなぁ。魔物だ」
「え?! 大丈夫なの……?」
「いつ頃からですか?」
 と、ルイがアールに訊いた。
「30分くらい前かなぁ……ずっとぐるぐる回ってる」
「そうですか……。遠くて見えづらいですが、ドルバードならこちらから攻撃さえしなければ、距離もありますし大丈夫だと思うのですが。彼等は爬虫類を食べますからね」
 
そう言われたものの、アールは気がきでなかった。ずっとついて来ている魔物は、自分達を監視しているような気がしたからだ。
 
「つか、よく気付いたな。よそ見していた証拠だな」
 と、シドが言った。
「空も警戒してたの!」
 と、言い返したアールだったが、シドが言う通りボーッと空を見上げていただけだった。
 
 
  いつ しぬ の ?
 
 
「え……?」
 突然、アールは誰かに声を掛けられた。思わず立ち止まり、辺りを見遣る。
「どうかしましたか?」
 と、ルイ。
「ルイ今さっき何か言った?」
「いえ? 何も……」
  
  
 いつまで たびを つづけるの
 
 
「……誰?」
 
 
 いつ しぬ? あした? あさって?
 
 
「アールさん?」
 
 
  それとも きょう?
 
 
「誰よ?!」
 と、アールは辺りを警戒しながら叫んだ。
「おい、なんだっつんだよ」
 と、シドはアールの不審な行動に苛立ち始める。
「誰かの声がする……」
「声……?」
 と、ルイは耳を澄ませたが、「誰の声もしませんよ……?」
「そんなはずない! すぐ近くで……」
 
  
 いつまで いきていられる?
 
 
「……ほら……聞こえるよ」
 と、アールは怯えながら言った。
 
声は容赦なく彼女の心に忍び寄り、影を落としてゆく。
 
 
あんたが しんでも だぁれも かなしまない だぁれも なかない だぁれも ……
 
 
「やめて……やめてよ!!」
 アールは耳を塞いだ。しかしその声は一層強まっていった。
 

 
せかいを すくえず がっかりされるだーけ かぞくやこいびとには あんたの し を しらされない
 
 
「やめてったら!! やだ! やだやだやだやだ!!」
「アールさんっしっかりしてください!」
 
 
しっかりしてください あんたが しんだら せかいがほろびるんだから せかいがほろびたら あんたのせい みんなあんたをうらむんだ
 
いつまで あるくの? いつまで あるける? いつまで いきる? いつまで いきられる?
 
ほら まえをみてごらん あんたをころしにやってきたよ
 
 
アールは、心を掻き乱す声の恐怖に震えながら顔を上げた。道の先には、人を丸呑みにしてしまいそうな10メートルはある黒い魔物が道を塞いでいる。
 
 
こっちに おいで いたみを かんじることなく たべてあげる
 
 
「やめて……やめて……」
 
 
あんたは しぬんだよ
 
 
まものに かみころされ ほねはくだかれ にくをはがされ きづけば おまえのなきがらは いのなかだ
 
 
「アールさん、こっちを向いてください」
 と、ルイはアールの目の前に移動して肩に手を添えた。
 
目に涙を溜め、小刻みに震える彼女はゆっくりルイと目を合わせた。
そして、ルイは優しい笑顔で言った。
 
「早く死ねばいい。君が世界を救えるはずがない。君の帰りを待ってる人もいない。早く死んで、僕等の前から消えてくれないかな? ──君は、僕等の足枷なんだ」
 
アールをじっと見つめるルイは笑っていた。温かな笑顔で、優しく。
 
「 知ってる 」
  
アールは立ち上がり、ルイを押しのけると剣を抜いて巨大な魔物に向かって走り出した。──知ってる。この感覚。知ってるんだから私は。
 
魔物は大きな口を開いてアールに襲い掛かったが、彼女がすかさず剣を振るうと黒い煙りとなって消えてしまった。
 
「やっぱり……幻聴と幻覚……」
 
そう呟くと、彼等が心配して駆け寄ってくることに気付く間も無く、アールは自分の左腕を剣の刃に押し当てた──
 
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「……本当に手当だけでいいのですか?」
 と、ルイは心配しながら訊いた。
「平気平気。大した怪我じゃないから」
 と、アールは笑顔で答えた。
「なにが……あったのですか?」
「……幻覚と幻聴。道の真ん中に魔物が見えたの」
 と、アールは苦笑した。
 
精神病。不安から生まれた“一部”は、アールの心を蝕んでゆく。
 
「心配しないで。大丈夫。歩けなくなったりしないから。知ってるから。打開策……。私は負けない……大丈夫」
 そう言うとアールは、包帯が巻かれた自分の左腕を摩った。
「アールさん……」
 
──自傷。痛みで我に返る。痛みに気を取られ、蝕む闇から救われる。
 
「大丈夫じゃねぇよな」
 と、先頭を歩くシドが言った。
「うん、心配だよぉ……」
 直ぐ後を歩いているカイが答える。
「自傷か……思い出すな、“あいつ”のことを」
「うん……」
「けど、あいつとは違う。自傷も逃げじゃねぇだろ、女の場合は」
「そうなのぉ……?」
「目ぇ見りゃ分かる。俺も折れそうになった時は壁ぶん殴って気合い入れるからな」
「そっかぁ……じゃあ心配いらない?」
「女が自分に負けなきゃな。自分と戦ってんだろ、今は」
 
──その間も、ドルバードという魔物はアール達の遥か頭上を飛び回っていた。不自然にキラリと光ったドルバードの赤い目は、一行を捕捉して離さない。
 
「だめじゃない腕切るなんて。女は体を大事にしないと。……って、私に言われても説得力ないかしら」
 と、シェラは笑いながら言った。
「他に見つからなくて……弱い自分を振り払う方法」
 と、アールはまた苦笑する。
 
シェラはふと空を見上げ、ドルバードに目をやった。すると、ずっと後を付けてきていたドルバードは、方向転換をし、何処かへと飛んでいく。
 
「あら。どっか行っちゃったわよ? 鳥さん。何してたのかしら」
「鳥ではなく魔物ですよ。何事もなくて良かったです」
 と、ルイも空を見上げながら言った。
「きっと鳥さんも私の美貌に目を奪われていたのね。だからずっとつけて来てたのよ」
「じゃあ何でどっか行っちゃったの?」
 と、アールも遠くへ飛んで行く魔物を見ながら言った。
「そうねぇ……」
 と、暫く考え、
「自分が愚かなことに気付いたのよ。自分は魔物だから、あんなに美しい人間が振り向いてくれるはずがないってね」
 と、答えた。
「あはははっ、よく考えついたね」
 と、アールは笑った。
 

──監視されているような気がして警戒していたのに、
いつの間にか折れそうな自分を奮い立たせることばかり気にしていた。
 
自分がもっとしっかりしていれば、
 
貴女の涙を見ることなんてなかったかもしれないのに……。

 

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