voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続17…『心神耗弱』

 
アールは、共に旅する仲間達を一歩下がって眺めていた。シド、ルイ、カイ、シェラ……それぞれどんな思いを胸に、この旅路をゆくのだろう。彼等に恐怖心はないのだろうか。
そして、自分が彼等に加わってそこに存在している違和感。自ら生まれる疎外感。
 
「アールさん、一番後ろを歩くのは危険ですよ」
 と、ルイが振り返って言うと、歩くスピードを落としてアールの後ろへと回った。
 
足を進めながら、誰とも会話をしていないだけで孤影悄然としてくる。アールはひたすら何か話題はないかと考えたが、同じ趣味があるわけでもなく、代わり映えのない景色、彼等のこともそれほど知っているわけでもなく、思い付くのはこの世界の疑問ばかりだった。
話題なら何でもいい。そう思ったが、今自分がいる世界の事を知りたくもあり、知ることで生まれる不安に、彼女は怯えていた。
 
何か思い詰めているように俯き、黙々と歩くアールの後ろ姿が孤影して見えたルイは、声を掛けた。
 
「アールさん、髪を切ったのですね」
「え……?」
 アールは驚いて振り向いた。
「周囲を警戒していて気付きませんでしたが、よく似合っていますよ」
「あ、ありがとう……。シェラに切って貰ったの」
 
切ったというより、髪を切り揃えてもらっただけなのだが、そんな些細な変化にルイは気付いたのだった。男はこういった事になかなか気付かない生き物だと思っていたアールは、素直に嬉しかった。
 
「でもよく気付いたね。髪型変えても気付いてくれない人も……いるのに」
 と、アールは雪斗のことが頭に浮かび、苦笑した。
 
彼女の表情から察したルイは、アールの指に嵌められている指輪に目を向けた。初めて会った時から気付いてはいたが、シェラから話を聞くまではさほど気にも止めなかった。考えてみれば、この世界に召喚されたときの彼女は、指輪の他にもピアスやネックレスをしていたが、唯一指輪だけは今も外さずに身につけている。──余程大切な物なのだろう。
 
旅に平穏な時間など殆ど無い。会話が盛り上がっていたとしても、平然と割り込んでくる魔物達。
 
「シド! 動きが速すぎて無理っ!!」
 と、アールは魔物を追いかけながら叫んだ。
 
しかしシドは腕を組み、仁王立ちをしてアールを眺めている。手を貸す気はさらさら無いといった感じだ。
 
「シドさん、アールさんを助けてあげてください」
 と、見兼ねて心配したルイが言った。
「手助けばっかしてたら何も学習しねぇだろ。お前も少しは見守ることを覚えろ。危なそうならその時は助けてやる」
 
心配性なルイだったが、確かにシドの言う通りだった。ルイは心を鬼にして、アールの奮闘を見守ることにした。
 
「はぁ……はぁ……これじゃキリがない」
 
逃げ回る魔物。膝下ほどしかない体長で、毛が無く皮膚が剥き出しになっている。鼠のように突き出た前歯、蜘蛛のような三つの黒い目。その不気味な魔物は、アールが追い掛けると逃げ、立ち止まると動きを止める。どう見てもアールは弄ばれていた。キッキッキッキッ……と、嘲笑うように鳴く魔物に苛立ちが募る。
 
「ちょっとじっとしててくれない?!」
 
言葉が通じたのか、もしくは彼女の怒りを感じ取ったのか、魔物は挑発するかのようにアールの周りをぐるぐると走り回り出した。
 
「完っ全に馬鹿にされてんな……」
 と、シドが言う。
 
走り回っていた魔物は急に立ち止まると方向転換をし、アールの背中に飛び掛かって歯を立てた。それは一瞬の出来ごとだった。
 
「アールさんッ!!」
 
ルイが思わず身を乗りだし、シドは舌打ちをしてアールの元へと急いだ。
魔物の歯がアールの背中に突き刺さり、魔物の重さでそのままずり落ちて20センチも背中を切り裂いた。小さな鋭い爪はがっしりと彼女の皮膚に突き刺さり、背中から離れようとしない。──アールは膝をついた。
 
シドは刀を抜き、小さな魔物を斬り殺そうとしたが、ルイがシドの腕を掴んだ。
 
「ダメですよ! この魔物の歯と爪には釣り針のような“返し”があって斬り殺しても歯と爪はアールさんの背中に突き刺さったままになります!」
「んなもん後でどうにかして抜きゃいいだろ!」
「この状態で殺そうなんてことをしたら毒が回ります! この魔物は命の危機を察すると体内から毒を流すのですよ?!」
「こいつ毒持ってんのかよ?! んなこと聞いてねぇぞ?! なんでもっと早く言わねんだ!!」
「シドさんが手助けすると思っていましたし、攻撃性はゼロに近い魔物でしたので……」
「ゼロに近いってわりには攻撃してきたじゃねぇか!!」
「ちょっと!! 言い争いしてる場合?! どうするのよ!」
 と、シェラが言った。
 
──魔物はアールの背中にしがみついたまま、全く動こうとはしない。背中に血が滲んでいた。

「アールぅ……大丈夫ぅ?」
 と、カイが魔物に怯えながら恐る恐る近づく。
 
アールは黙ったまま顔を伏せている。魔物が背中に噛み付いたというのに、アールは悲鳴すら出さなかったことにルイは気付いた。
 
「アールさん……?」
「なんか……納得いかない。この服、防護に優れてるはずなのに魔物の牙や爪は貫通するんだね……」
 そう言ったアールの額からは、汗が滲み出ていた。
「んなこと言ってる場合かよ」
 と、シドは呆れた。
「待ってください……確かにおかしいです。ルヴィエールの時、あまりの出来事にアールさんの安否を気遣ってばかりで、防護服のことなど気にする余裕がなかったのですが……」
「だから今はそんな話をしてる場合じゃないったら!」
 と、シェラは言った。
「ずっとへばりついたままかよ。引っ張っても毒を流すのか……? つーか、んなことしたら皮膚がえぐられるな……」
「この魔物は、爪や歯にある“返し”を自由に出し入れ出来るのです。魔物が自ら離れてくれるのを待つしか……」
「毒が回ったら死ぬの……?」
 と、アールが呟くように言った。額からじわりと汗が滲む。
「いえ……命に関わることはありませんが、酷い頭痛、目眩、吐き気に襲われ、暫くは体が痙攣して動けなくなります。でも直ぐに毒消しを使えば進行は防げます。もし毒を注入されたら体が焼けるように熱くなるはずですので、その時は直ぐに言ってください……」
 
無理矢理、魔物を体から離せば爪や歯に引っ掛かった背中の皮膚がえぐられる。かと言って殺そうとすれば体に毒が回る。──分かっていながら、アールは“何もせずに魔物が離れるのを待つ”という選択肢は考えていなかった。
 
「シド、シドだったら……簡単に仕留められた?」
 と、アールは訊く。
「まぁな」
「カイ……」
「え? なに? ……俺は無理だよぉ」
「違う。ちょっと離れてて」
「おい、何する気だ!」
 
アールが何かを企んでいると察したシドがそう叫ぶと、カイはシェラの背中に身を潜めた。
 
「あとは……お願いっ」
 アールはそう言って立ち上がると、背中に手を回して歯を食いしばった。魔物をがしりと鷲掴みにすると力任せに背中から引き離した。
 
一同は驚愕して背筋がゾッとした。いくら死に至らないとはいえ、アールの背中の皮膚がえぐられ、毒が回るのを目の当たりにして動揺しないわけがなかった。
魔物はアールの手から逃げ出したが、直ぐにシドが刀を突き刺した。シェラとカイは、アールの行動に絶句して言葉も出ないようだった。
 
「アールさん?! アールさん!!」
 彼女の名を叫びながら、ルイは蹲っているアールに駆け寄った。
「薬……」
 と、アールは震える声で言った。「シキンチャクん中……毒消し……」
 
ルイは慌ててアールのシキンチャク袋を手に取ると、中から毒消しの薬を見つけた。何故アールが持っているのか疑問だったが、瓶に入っている液体の薬をアールに飲ませた。アールの呼吸は荒く、汗が流れた。
ルイはアールの背中に手を添え、治療魔法で傷を癒した。そのお陰で背中の傷は跡形も無く消えた。
 
──5分ほどして、呼吸も落ち着いたアールは、シキンチャク袋からまた別の薬を取り出し、ルイに渡した。
 
「これは……」
 そう言ったルイの額にも汗が滲んでいた。
「それ、魔法の使いすぎに使う疲労回復の薬でしょう?」
 と、アールは言った。
「えぇ、でもなぜアールさんがこれを……? 魔物による毒消しの薬も……」
「ルヴィエールを出る時、みんなが街の人からお礼品を受け取っていたでしょ? そのときに薬局のおじさんに声掛けられて、薬を貰ったの。色々あったから、謝罪も込めて渡してくれたみたい」
「色々……?」
「こいつスィッタに売られそうになってたからな」
 と、シドは笑いながら言った。
 
薬のお陰で毒による症状は出なかった。傷を治して力を使ったルイも、アールから受け取った薬で回復。大きな怪我ほど、ルイに負担が掛かるのだ。
 
「先を急ごうか……」
 と、アールは少しふらつきなが立ち上がる。
「もう少し休みましょう」
 と、ルイは気を遣う。「おやつの時間なんてどうですか?」
「おやつぅ?!」
 そう真っ先に反応したのはカイだった。
「えぇ。実はルヴィエールで美味しそうなデザートを買ったのを忘れておりました」
 
そう言うとルイは全員を囲む結界を張り、デザートを配った。透明なゼリーの中に、小さな赤い実が浮かんでいる。一口食べてみると、甘酸っぱさが口の中で広がり、アールは少し幸福感を味わった。
 
 

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©Kamikawa
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