voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交24…『眠れない夜』

 
心に、モヤモヤしたものがあった。
このモヤモヤはどこからやって来て、どうやったら取り除けるのか、ずっと考えていた。
 
ミシェルとワオンの幸せそうな姿を思い出すと、心の奥底で疼くものがある。
いいなぁって、思う。ミシェルはいいなぁって。
好きな人と結婚できていいなぁって。
 
そして自分と比べてる。
私だってこの世界に来ていなければきっと雪斗と……。
 
なのに私は全てを奪われた。この世界を救うためになにもかも奪われた。
そんな世界で出会った彼女は私が欲しかった未来を手に入れた。
それを見せられた。
 
モヤモヤが蠢いている。
 
「最低……」
 
テンプス街の宿に戻った一行は、すぐに眠りについていた。たった一人、アールだけは部屋を出て、誰もいない静かな空き地に置かれた木材の上に座って、夜空を見上げていた。
 
心の奥底にあるモヤモヤは、最低な感情なのだろう。心からおめでとうと思っているはずだった。純粋に嬉しかったし、自分のことのように幸せを感じたのに。
今思い返すといなかったはずの感情がじわじわと奥底から滲み出てくる。
 
羨ましいんだ。
そんなミシェルやワオンの未来も、自分の手の中にある──
 
「…………」
 
城に戻されたとき、部屋のベッドの下にあったメモ。あれはタケルが残したものだと思ってる。確信はないけれど。そしてそこに書かれたメッセージは、自分に向けられたものだと思ってる。
 
タケルの幸せは、ここにあったのだろう。この世界で見つけたはずだったんだろう。
 
今日は眠れそうにない。疲れを感じているのに、眠れない夜。
朝までここにいようかと思った。部屋に戻ったって何もすることがない。起きていれば誰かを起こしてしまうかもしれないし。
 
寂しい夜だった。
視線を落としたアールを遠目から見ていた人影があった。しばらく物音も立てずに見ていたが、ゆっくりとアールに近づいてきた。
 
「……まだ街にいたのか」
「え?」
 
顔を上げると、ジャックが立っていた。
 
「ジャックさん……」
「なにか……あったのか?」
 
アールは黙ったまま首を振った。
ジャックは内心ホッとしていた。アーム玉のことがバレて街に残っていたのではないかと思ったからだ。それならこうして声をかけない方がいい。けれど、なぜか放っておけなかった。小さい体に大きなものを抱えて不安定でいる彼女を、放っておけない。
 
「大したことじゃないんです」
「その割には深刻そうだ」
 と、ジャックは隣りに腰掛けた。
「そんなに深刻そうでした?」
「あぁ。……話を聞くくらいなら出来るぞ」
「…………」
 
人に話すようなことじゃない。でも心配してくれている。なんでもない、大丈夫ですと言うのは、心配してくれているジャックを突き放すようで嫌だった。
 
「昨日、友達の結婚式があって、みんなで参加したんです」
「結婚式? アールちゃんの友達か?」
「はい。二人が結婚するって知ったときすっごく嬉しかった。結婚式だって、幸せそうな二人を見て泣きそうになるくらい感動したのに……」
「なんかあったのか」
「二人になにかあったんじゃなくて、私の感情に不具合が」
 と、苦笑した。「嫉妬心っていうんですかね。私もあんな風に幸せになりたいなって」
「それで?」
「私最低だなって。おめでとうって言いながら心の奥底では友達だけずるいとか思ってて」
「おめでたいと思ってなかったのか?」
「思ってましたよ。今も。でも」
「それとこれとは別だろう。誰だって幸せになりたいと願うもんだ。幸せそうな人と比べて羨ましいと思う。当たり前の感情だ。羨ましいと思う気持ちは時に自分を成長させる。妬みに変わると最悪だけどな。アールちゃんはちゃんと祝福できたんだろう? ならなんの問題もない」
「そうですか?」
「問題ない。」
 と、ジャックは前を向いたまま言う。
「ふふっ、じゃあよかった」
「あぁ。アールちゃんはちょっと複雑に物事を考える癖があるんじゃないか? 単純なことも複雑にしてしまうせいでなかなか解決しない」
「ごもっともかもしれません……」
 
ジャックは険しい表情で一点を見つめた。静かな闇が二人を包み込む。電灯の明かりは薄暗い。
 
「なぁ、アールちゃん」
「はい?」
「俺は……」
 と、言いかけた口をつぐむ。
 
もし誰かに聞かれていたら。そんな不安が突如襲った。
ジャックはポケットから携帯電話を出して、不慣れながらメール画面に文章を打った。
そしてアールに見せながら、言った。
 
「俺は、自分を信じて生きてくつもりだ。お前も、自分を信じろ」
「…………」
 
アールは黙ったままメールの文章を読んだ。
 
【俺はなにがあってもアールちゃんたちの味方だ】
 
なぜ口に出して言わずにメールの文章で伝えてきたのだろう。小首をかしげ、「そうですね」と、答えた。
 

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