voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交25…『サルース』

 
翌朝、霧がかった青空の下、アール達は宿をチェックアウトし、旅を再開した。
着慣れた防護服を着て、履きなれた靴で足音を鳴らし、使い慣れた武器を振るう。変わらないメンバーと、いつも通りの安定した会話からはじまる。
 
「俺さ、このまま行くとシドより強くなってしまうと思うんだけどいいのかなぁ」
 と、ブーメランを背中に担いだカイ。
「それはないから安心しろ」
 と、シド。
「そうするとさ、俺が先頭を切って歩くことになるじゃん? でも俺アールと歩きたいからさ、俺が一番強くなっても先頭はシドに譲るよ」
「聞いてたか? お前が俺よりも強くなることはねーから安心しろ」
「あ、でもアールももっと強くなると思うし、このまま行くと俺が一番強くなって、次にアール、次にシドかなぁ?」
 
──ゴンッ!と、シドの硬い拳がカイの頭上に落ちた。
あまりの痛みに頭を抱えながら蹲る。
 
「暴力はいけませんよ」
 と、いつも通り、ルイがシドを注意する。
「人の話を聞かねーからだろうが!」
「カイの妄想はいつものことでしょ?」
 と、アール。「カイ大丈夫?」
「だいじょうぶじゃない」
 
知り合いが結婚してこれからますます幸せな日々を送ることになっても、彼らの旅はこれまでとなにも変わらない。旅の途中で起きたちょっとしたイベントに過ぎず、それが終わればまたいつも通り。
 
銃声が森を駆け抜けた。道の後方でヴァイスが仕留めたイトウが地面に落ち、砂煙が舞っている。
一行が次に向かうのはサルースという村だ。小さな村ではあるが、珍しい武器や旅に役立つアクセサリーなどが売られている為、旅人で知らない人はいない。
現時点から3週間ほどかかる。
 
「データッタが反応しています。この近くにアーム玉があるようです」
 と、ルイは腕に嵌めているデータッタを見遣った。
 

──刻々と近づいてくる。

 
「データッタでなんのアーム玉かわかればいいのにね」
 と、アール。
「難しいでしょうね。でもわかると無駄足になることもなく助かりますね」
「森の中か?」
 と、シドは刀を抜いた。
「えぇ。道のない奥に。行かれますか?」
「この辺に強力なアーム玉があるとは思えねーけどな」
「それはそうですね」
「どうして?」
 と、アール。
「それはねぇ」
 カイがここぞとばかりに立ち上がった。「強い力を持ってた奴のアーム玉をそう簡単に見つかる場所に隠したりしないってことだよ」
「でも本人が隠すわけにはいかないよね、亡くなってその力がアーム玉に宿るなら」
「どう説明すればいいのかなぁ」
 と、考えているとシドたちが歩き出したので後を着いて歩いた。
「例えば俺のアーム玉をモーメルさんとこに行くように出来るんだ。命を落としたその場にとどまるのか、どこかへ転送するのか決めておくことが出来るんだよ。特殊な魔法が必要になるから値段は高くつくけどね」
「そうなんだ……。あれ? アーム玉探しに行かないの?」
 
シドは森へ入るのをやめていた。道なりに進む。
 
「えぇ、時間を取ったのでここは先へ進むことにしました」
「おめーが結婚式に出たいとかほざくからだろ」
「ミシェルの結婚式は大事だよ!」
「旅より大事なことなんかねーよ。式に参加してる最中にシュバルツが目覚めたら笑えたのにな」
 
アールはむっと口を尖らせた。
 
「シュバルツの力は刻々と増していますが、今日明日にでも目覚めるということはないはずですので大丈夫ですよ」
 と、データッタでシュバルツの力を現すゲージを見た。
「なにが起きるかわかんねーだろ。警戒心が足りねんだよ」
 

今でも思い出すと心が痛くなる。
だからこれから起きることは、本当は思い出したくなくて、飛ばしてしまいたい。
 
でも
あなたと心から信頼し合えたのはきっとこのことがあったからだと思うから、
思い出さずにはいられないの。

 
「休息所まだー?」
 と、カイ。
「テンプスを出て1時間も経ってないんだけど?」
 と、アールはため息をついた。
「別に休みたいとは言ってないじゃん!」
「じゃあなんで訊くのよ」
「ちょっと疲れたから」
「テンプスを出て1時間も経ってないんだけど?!」
「だーから別に休みたいとは言ってないじゃん!」
「休みたいから訊いたんでしょ!」
 
行く手に灰色の毛を靡かせた獣が5匹現れた。シドが刀を構えて走り出す。
警戒心の薄れた外での生活。魔物が現れてもアールとカイの口論は続き、一匹二人を目掛けて走ってきた。
 
「魔物が向かってきていますよ」
「わかってる」
 と、アールは振り向きながら魔物の首を斬り裂いた。
「俺が仕留めちゃおうと思ったのにぃ」
「嘘ばっか。疲れてるんでしょ?」
「そりゃあ1時間も歩けば1時間分の疲れはあるでしょ! アールは全然疲れないわけ? 全然。全く。これっぽっちも!」
「口に出すほどの疲れはないよ」
「口に出すのは俺がおしゃべりだからでしょ!」
「じゃあお口にチャックしてなよ」
「あはは! なにそれー! それを言うならお口にファスナーでしょ!」
「え、マジ? こっちの世界ではファスナーなの?」
「チャックですよ」
 と、ルイ。
「もう! また騙したな!」
「あはははは!」
 

賑やかな朝を壊すものがあった。
自分達のアーム玉が消えていることに気づくのに、そう時間はかからなかった。

 
疲れたと口に出すことも出来ないほどにカイの疲れがピークに達して、空が薄暗く風が冷たくなった頃、一向は休息地にたどり着いていた。
やっと待ちに待った休息地にたどり着いたというのに、カイの表情に笑顔はなかった。なぜなら先客がいたからだ。しかも、もう喋ることも出来ない先客が。
 
「亡くなっていますね……」
 と、ルイは泉に寄りかかるようにして亡くなっている男の前で、膝をついた。
 
その男の腹部が大きくえぐられ、多量の血を流した痕があった。恐らく、ここに来る前に魔物にやられ、ここで息を引き取ったのだろう。
 
「泉に浸かりゃ、少しは治る見込みあったろうに」
 と、シドは男の懐に手を入れ、アーム玉を取り出した。
「入る力がなかったのでしょう……」
 
アールとカイは少し離れた場所からその男を眺めていた。自分も同じ道を歩む可能性がゼロではない限り、自分と重ねて見てしまう。
ヴァイスはさほど興味なさそうに、休息所を囲む木に寄りかかって腕を組んでいた。眠たそうにスーが肩の上で大きな欠伸をする。
 
「死体どうすんだ?」
「……アールさんがいますからね」
 と、声を潜めて言う。
「外に放り出すわけにもいかねぇってか」
「土に埋めましょう。僕がやります」
「じゃあ先にテント出してくれ」
「はい。あ、アーム玉預かりますよ」
 シドは亡くなっていた男のアーム玉をルイに渡した。
 
ルイは一先ず受け取ったアーム玉を胸ポケットに入れてから、テントを取り出した。真新しいテントに、さっきまで気分を落としていたアールとカイの目が輝いた。
 
「なにこれ可愛い!」
「かっこいー!!」
 
迷彩柄のテントである。これまではなんの柄もない、茶色い地味なテントだった。
 
「森ん中ならいいが場所によっちゃ目立つだろ……」
「えぇ、ですが手ごろな価格で以前のものと同じ大きさのものはこれしか置いていなかったのですよ」
「こっちの方がいいよ!」
 と、アールが真っ先に入っていった。
「俺もこっちの方がいい!」
 と、カイも中へ。
「お二人は気に入ってくださったようですね」
 ほっと胸を撫で下ろす。
「強度はいいんだろうな?」
「それはもちろん」
 
シドも仕方なくテントに入った。中の広さは以前使用していたテントと同じ、5人分の布団が敷ける。テントが新しくなったため、仕切りのカーテンがない。
 
「アールぅ、この際だからもう仕切りのカーテンは卒業しない?」
「なにそれ」
「お仕切りなしで、お着替えしていいと思うんだ」
「だからそれセクハラだから。慎んで」
「慎みます。」
 

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