voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交23…『悪くない』

 
モーメルは意外にも踊りなれているように軽いステップで優雅に踊っていた。
 
「ルイ」
「はい」
「誰を好きになろうが個人の自由だから、アタシが口出しすることじゃないとは思うんだけどね」
「え?」
「苦しむことになるよ。まだ間に合うようなら、やめておきなさい」
「…………」
 
ルイの足が止まり、モーメルはルイから手を離した。
 
「あの子は──」
「間に合わないと、思います」
「…………」
「でも、こうなった以上、全ての痛みを受け入れていくつもりです。覚悟はしています」
「…………」
 モーメルは小さくため息をついた。「警告はしたからね」
 
━━━━━━━━━━━
 
「あれ? シド!」
「…………」
 
通路にて向かいから歩いてきたアールに気づいたシドはムッとして足を止めると、Uターンして歩き出した。
 
「あ、ちょっと! どこ行くの?」
 と、足早に歩み寄る。泉のお陰で足の痛みはなくなっていた。
「どっか静かな場所探しに出たらテメーがいたから引き返してんだよ」
「向こう静かだよ? 聖なる泉もあったし。ヴァイスいるけど」
「なら尚更行かねぇー。部屋戻るわ」
「あ。ねぇ、その前に!」
 と、アールは後ろからシドの腕を掴んで止めた。
「なんだよ」
「感想ください!」
 
アールは一歩下がってドレス姿を改めて見せた。
 
「……は?」
「滅多に、ていうか多分もうこんな格好することないし、最初で最後かもしれないから。一言お世辞ください」
「なんじゃそりゃ……」
 と、足元から全身を見遣った。「……悪くねんじゃね?」
 
そう言ってまた歩き出す。アールは満面の笑みで後を歩いた。
 
「シドもスーツ姿悪くねんじゃね?」
 と、真似て言う。
「……そりゃどーも。」
 
カイはここぞとばかりに写真を撮り、カメラマンと化していた。モーメルとルイを撮っては自分を撮り、シドやアールを撮っては自分を撮り、美人を見つけては自分越しに美女を撮った。
ダンス会場を出て被写体を探していると、ヴァイスを見つけた。一人でいたい彼にとってはなぜこうも自分の元に仲間がやってくるのだろうと思う。
 
「ヴァイスんさぁ、モデルになれるんじゃないかなぁ? 背が高いし俺よりはかっこよくないけどそこそこかっこいいし。なんかスーツ着て雑誌に載っててもおかしくないよ」
 と、レンズを向けて撮影した。
「…………」
「モデルって喋んなくていいし」
「…………」
「そういやさぁ」
 と、カメラを下ろした。「アール、綺麗じゃなかった?」
「…………」
「年上から見てどう? 俺から見たら急に大人びてしまって。元々年齢はアールのほうが大人なんだけどさぁ……なんか、急に知らない人みたいになっちゃって寂しかった」
「寂しい?」
 
カイはカメラをアリアン像に向け、レンズ越しに像を見遣った。
 
「うまく説明できないけど、アールって普段あんな感じだったんだろうなって。戦いを知らない前までは」
「それがなぜ“寂しい”に繋がるのだ」
「…………」
 
聖なる泉の写真は撮るのをやめた。珍しくもなんともないからだ。
 
「うまく説明できないって言ったじゃん」
 寂しそうにそう言って、ヴァイスを見遣った。
「アールはさぁ、普通の女性として生活してたほうが輝けると思わない?」
「…………」
「俺達と旅してたって、あんな笑顔見れないと思うんだ。あんな綺麗に着飾ることもないだろうし」
 
「お前は」
 
──彼女のことを大切に思っているんだな。
ヴァイスがそう言うと、カイは当たり前じゃんと言って笑った。
 
夜空に星が瞬いて、夜を知らせた。ダンスパーティーが終わり、島のホテルに泊まる者もいた。
一向はそうもいかず、慌しいが部屋に戻って着替えを済ませてから、ミシェルとワオンに挨拶をし、引き出物を受け取って見送られながら帰りの船に乗り込んだ。
 
島から手を振るふたりを船の上から眺めながら、ふたりは夫婦になったのだと改めて思い、アールは胸を熱くした。これから新たに頑張ってほしい。そして幸せいっぱいで、今度は子供が出来たっていう報告が聞けたらいいなと思う。
 
島が小さくなってから、自分の足元を見遣った、いつもの履きなれた丈夫なブーツ。
ヒールを脱いで泉に足を浸けたときのことを思い返す。すっかり痛みが引いて靴を履こうと思ったが、濡れた足を拭くハンカチを持っていないことに気づいた。バッグを控え室に置いてきてしまったのだ。
 
「…………」
 
泉の縁の上で足をぷらぷらさせて水気を掃っていると、見兼ねたヴァイスが胸ポケットからチーフを取り出して、アールの前に片膝をついた。片方の足を拭いてやり、靴を履かせた。もう片方もそうした。
 
「アールさん、酔い止めが必要になったら言ってくださいね」
 と、物思いに耽っているアールにルイが声を掛ける。
「あ、うん」
「考え事ですか?」
「ちょっとね。夢から……」
 
綺麗なドレスを着て、ワルツを踊り、お姫様になったような扱いを受け、今はまたいつもの服にいつもの靴。夢から覚めたようだった。
 
「夢見てた気分」
「そうですね」
 
また旅がはじまる。髪を乱し、汗を滲ませ、魔物の血を浴びる生活に戻る。
 
「あ、そうだ。引き出物なんだろ?」
 わくわくしながら紙袋を開けようとしたとき、カイが近づいてきて耳打ちをした。
「ワオンとミシェルちんの写真付きマグカップでございます……」
「え……ほんとに?」
 
正直いらない。などと口に出来るわけもなく、幸せな味がするコーヒーが飲めそうだねと言っておいた。急遽用意した物の割にはなぜ写真付きマグカップなのだろう。
 
「どこの世界も同じなのかもね。私の世界でもいるよ、写真付きマグカップとかお皿とか」
「困る品物ですね」
 と、ルイ。
「あ、ルイもそう思う? ちょっと安心した」
 
使いづらいし飾るのもおかしいし捨てるわけにもいかないしで、物置にしまわれるのがオチである。まだタオルのほうがいい。
 
「ミシェルちんが有名な女優さんにでもなれば高く売れるだろうにねぇ」
「売っちゃだめでしょ……」
「でも貰ったら自分のものなんだしどう使おうが勝手じゃなーい?」
「そりゃそうだけど……」
 
ふいに視線をずらした。船の操縦席の壁に寄りかかって水平線を眺めているヴァイスが視界に入る。
 
「アールぅ、結婚したくなったらいつでも言ってね。俺もうアールとの子供の名前まで考えてるからいつでもオーケー」
「……なんて名前?」
「カール。」
「…………」
「カイとアールのなまえを──」
「説明しなくてもわかる。」
 

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©Kamikawa
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