voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交22…『123,123』

 
「あの……ちょっとごめんなさい」
 と、アールは人を掻き分けた。
 
急遽決まった結婚式に参加できなかった人は多い。けれども日が落ちて、用事を済ませた招待客がせめて二次会にだけでも参加しようと集まってきた。
手の空いた従業員も参加し、賑やかなダンスパーティが始まろうとしている。
アールはドレスのことでミシェルに一言お礼を言いに控え室に顔を出してから、パーティ会場に戻ってきた。ドレスアップした女性や男性客がまだ開かない会場の入り口を塞いでいる。
 
「これじゃあ戻れそうにないな……」
 
アールは人を掻き分けて仲間のところに戻るのを諦めた。会場が開けばすぐに合流できるだろう。それにしても、随分と人が増えたように思う。
披露宴に参加していたのは20人ほどだ。それが一気に倍以上に増えている。
 
「アールさん」
 と、手首をつかまれた。
 
ルイがアールに気づいて手を伸ばしてくれたのだ。そのままルイについて歩き、仲間が待っていた場所に戻ることができた。あれほど嫌がっていたシドもいる。
 
「急に人増えたね……」
「結婚式の招待状とは別に、ダンスパーティの招待状を出したそうです。ダンスパーティなら始まる時間も遅いですから、あとからでも参加しやすいと思ったのでしょう」
「なるほど。あれ? モーメルさんは?」
「部屋に戻っています。人が多いので、会場が開いて流れが落ち着いてから来るそうです」
「そっか」
 
近くの壁に寄りかかって立っていたカイがアールを眺めながら言った。
 
「アールもそういう靴履くんだねぇ。女度急上昇」
「え?」
 自分の足元に視線を落とした。「ヒール? こんなに高いの履いたの初めてだよ」
「そうなの?」
「うん、実は結構痛いの」
「履きなれていないときつそうですね。ダンスはやめておきますか?」
「我慢する! だってこういうの憧れてたんだもん。ダンスパーティー。無縁だったから」
 と、顔を上げた先にルイの顔があった。
 
ルイはとっさに顔を背けた。いつもは身長差があるものの、アールがヒールを履いているせいで顔の距離が近くなる。
 
ダンスパーティ会場は円状のドームになっている。二階建てでダンスは二階で行われる。ミシェルとワオンは軽装に着替え中だ。
 
時間が来ると、会場の扉が開かれて集まっていた人々は会場内に足を踏み入れた。ゆったりとした音楽が流れており、奥にはテーブルが出され、ちょっとした食事も用意されている。
参加者は自然とパートナーと手を組み、踊り始めた。
 
「なんか緊張……」
「向こう行ってるわ」
 と、シドは会場奥の軽食スペースへ。
「俺っちはどうしよっかなー」
 と、カイは会場内を見回した。若い女の子を物色。
「カイさん、アールさんをお願いします。僕はモーメルさんに連絡を」
 ルイはそう言って一度会場を出た。
 
「ではではアールん、お手をどーぞ」
「……はい」
 
互いにいつもと違う雰囲気をかもし出しているせいで違和感が付きまとう。いつもの調子が出ないのはお互い様だった。
 
「カイ、ステップわかんない……」
「適当でいいよ」
「教える気ないでしょ」
 と、目を合わせるとやっぱりいつもより近い。
「えっとー、俺の足踏まないようにすればいいよ」
「やっぱ教える気ないじゃん」
 
仕方なく近くにいたカップルのステップを見よう見まねで踏んでみた。カイは適当に「いいよいいよいい感じー」と言うばかり。
 
「代わりましょうか」
 と、ルイが戻ってきた。
「ふぅ、あとはよろしく頼むよ」
 カイはそそくさとシドの元へ向かった。
「私が下手すぎたから……?」
「おなかが空いたのでしょう。手を、よろしいですか?」
「あ、はい……」
 
互いの手を組み、ルイの右手はアールの腰に、戸惑うアールの左手は体の間に挟まるようにルイの左胸の前に。3拍子の音に合わせてステップを覚えてゆく。
 
「お前踊んねーのかよ」
 と、空いている席に座ってお皿に取り分けたスペアリブにかぶりついたシド。
「踊ったよ、ちょっと」
 と、隣りに座って一本貰う。
「あれ踊ったうちの入るのかよ」
「見てたの?! ──だってさぁ、アールが綺麗なお姉さんになりすぎてて直視出来ないというか何と言うか」
「靴で身長伸びただけだろうに」
「よく言うよ、シドも綺麗だなって思ったくせに」
「思わねーよ。あいつは思ってんだろうがな」
 と、シドはアールと踊っているルイに目を遣った。
「ルイは大人だよねー。俺ももっと余裕をもった男になりたいよ」
「大人ねぇ……」
 
なんとかステップを覚えたアールは、ルイにリードされながら音楽に合わせてワルツを踊った。お姫様にでもなったかのような気分だった。自分の世界にいたらこんな経験はなかなかできなかっただろうと思う。
 
「あ、ミシェルだ」
 
会場にミシェルとワオンが来ていた。二人も幸せそうにワルツを踊る。けれどリードしているのはミシェルの方だった。
 
「ルイ、ごめん足痛い……」
 せっかくの夢の時間も足の痛みのせいで覚めてしまう。
「大丈夫ですか? 空いている席で休まれてください。僕はモーメルさんを誘いますね」
 と、会場の端に目を遣った。
 
端に並べて置かれている椅子にモーメルが座っている。
アールはモーメルと入れ替わるように椅子に腰掛けた。ルイがモーメルの手を引く。
 
「いたたたた……」
 
ヒールを脱ごうと思ったが、周囲を見て思いとどまった。煌びやかなダンスパーティーの最中、顔をしかめて靴を脱いでいる女などいない。けれど座っていてもジンジンと足の痛みが治まらない。
アールはポーカーフェイスを保ちながら会場を出た。
 
「痛い……」
 
どこか人目を気にせずに靴を脱げる場所はないだろうか。部屋まで戻るほど足の痛みに余裕はない。
会場の周りを歩くように通路を歩き進めた。裏までやって来ると人気はほとんどなかった。下に下りる階段があり、下りた先はちょっとした庭になっていて花が植えられている。更に小さな聖なる泉があるではないか。いつも旅の道中で見るものと一回り小さなアリアンの像が中央に立っている。
 
「おぉ……私のための泉……」
 
ダンスで踊りつかれた人用に用意されたものだろうか? 泉といっても浸かれるほどもなく、足湯くらいに浅い。
アールは痛みに顔を歪め、へっぴり腰になりながら階段の手すりに手を伸ばした。あまりにも痛いのでもうヒールを脱いでから階段を下りようかと思ったときだった。
ガクン!と右足を捻り、手すりを掴み損ねたアールの体は階段から転げ落ちそうになった。
 
「ひゃあ──?!」
 
体を強張らせたアールだったが、階段を転げ落ちることも地面に叩きつけられることもなかった。落下しそうだったアールを目に見えないほどの速さで支えた人物がいたからだ。彼はアールの前に身を置いて、左手は手すりを掴み、右腕で彼女の体を受け止めていた。
 
「……大丈夫か?」
「…………」
 
その声に心臓がバクバクと音を立てていた。きっと階段から不様にコケそうだったからだろうと思いながら体勢を整えた。片方のヒールが階段下まで落ちている。
 
「ごめん……ありがとう。いたんだ……」
「…………」
 
アールを助けたのはヴァイスだった。ヴァイスは黙ったまま階段を下り、靴を拾った。
 
「履いて下りるか?」
「…………」
 
どこから見ていたんだろう……。この質問をするということは足の痛みを知っているからだ。
 
「裸足で下りる」
 と、アールは苦笑し、もう片方のヒールも脱いで手に持った。
 
階段下でヴァイスから靴を受け取った。
 
「ヴァイス、近くにいるときは咳払いでもして知らせてよ。恥かしいじゃない……」
 と、ヒールを泉の縁に揃えて置き、一応ドレスの裾を持って泉の中に足をつけた。「気持ちいい!」
「…………」
 ヴァイスは階段に座った。
 
泉の中に足を浸けているアールを眺めながら、記憶で眠る彼女を思い返していた。浅い小川に足を浸けて、気持ち良さそうにはしゃぐスサンナ。そんな彼女を眺めているのが好きだった。
 
「ヴァイスは踊らないの?」
 と、振り向くアール。
 
ヴァイスの目に、アリアン像とアールの姿が重なって見えた。
 
「…………」
「モーメルさん、今ルイと踊ってるよ」
 と、笑う。「意外と好きなんだね、モーメルさんも。イチニーサン、123」
 
アールはルイから教わったステップを思い出しながら泉の中で足を動かした。
 
「1、23、1、23……あれ? もう忘れた」
「またこけるぞ」
「私そこまでドジじゃないよ」
 

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