voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交19…『スピーチ』 ◆

 
披露宴会場の席でムスーッと不機嫌そうにしているのはカイだった。
 
「アールはどーこでなにしてんだよぉ!」
「アタシのせいだよ」
 と、トイレに行っていたモーメルが席に戻ってきた。「迷ってしまって、迎えに来てくれたのさ」
「それで間に合わなかったのですね」
 と、ルイはアールの席を見遣った。「それで今は?」
「時期にわかるさ。それにしても、スーツを着ただけで見違えるもんだね。バカでしかないお前も黙ってりゃいい男に見えるじゃないか」
 と、カイを見遣る。
「バカでしかないってなんなのさー。ま、俺がいつもこんな格好してたら世の女性はみんな俺の虜になって相手するの大変じゃん? だから普段は抑えてんの。俺のかっこよさを」
「相変わらず口だけは達者だね」
 
しばらく雑談が続き、新郎新婦の準備が出来たころに司会の女性がマイクを持って進行をし始めた。
 
「ねーアールはぁ? 料理はー?」
「すこし黙ってろ」
 と、シド。
 
『それでは、新郎新婦のご入場です! 皆様、盛大な拍手でお迎えください──』
 
会場にはエイミーの曲が流れ、ミシェルとワオンが腕を組んで入場。ルイは拍手をしながら、カイに耳打ちをした。
 
「食事はもっと後ですよ」
「待てない」
「我慢してください」
「はぁ……つまんない」
 
新郎新婦の紹介があり、ウエディングケーキのお披露目。さすがのカイもつまらなそうにし続けるわけにもいかず、持参していたカメラで二人を撮影しはじめた。ついでに仲間のスーツ姿も写真に収めておく。
祝辞・祝杯も終わり、豪勢な食事が運ばれてきた。お色直しは時間の都合上なくしたらしく、食事を頂きながらの余興・歓談タイムへ。
 
「あ、スピーチ! アールスピーチするんだよねぇ」
「えぇ、あの方が終わったらアールさんのスピーチが聞けると思いますよ」
 
その頃アールはあまりの緊張に吐き気を催していた。せっかくドレスアップしたのに気分が上がらない。廊下の端で、自分の出番をハラハラしながら待っていた。
 
「落ち着けー、落ち着けわたしー……大丈夫大丈夫……てか足痛い……」
 と、顔を歪めた。ヒールのかかとが高いのだ。3cm以上のヒールは履きなれていなかった。
「痛い……象に足の指踏まれてる気分……」
 
ヒールはつま先が細くなっていて、そこに向かって斜めになっているからググググッと足の指が押しつぶされていくのである。
 
ワオンの友人代表の声が廊下まで聞えてきた。
 
『えー、俺とワオンはガキのころから仲良しで……あ、別にホモとかじゃないっすよ? でもまぁそんな噂立てられるくらい仲良しで……』
 
「よかった、堅苦しい人じゃなくて……」
 一先ず胸を撫で下ろした。
 
堅苦しい挨拶の後は余計にプレッシャーを感じるものだ。ふざけた人のお陰で、だいぶ肩の荷が下りた。
 
『とにもかくにも、むさくるしいワオンをもらってくれる女性が現れてほんと俺は一安心だよ』
『おまえ少しはまともな話しろよな!』
 
どっと笑いが起きた。  
アールも微笑みながら、ミシェルとの出会いを思い出していた。ログ街の、お風呂場だった。互いに傷だらけの体だった。あまりいい出会いだったとは言えないのかもしれない。
 
『──それでは、続きまして、新婦ミシェルさまの友人代表、アールさまのスピーチをお聞かせいただきたいと思います。どうぞ』
 
アールは廊下からドアを開け、一礼してからスピーチ台へ向かった。
 
アールのスピーチを待ち望んでいたカイたちは、思わず拍手を忘れて見入ってしまった。そこに現れたのは自分達が知っているツナギ姿のアールではなかったからだ。ブルーグリーンのドレスを着こなした大人の女性だった。
 

 
アールはもう一度参列者に一礼し、新郎新婦にも一礼をしてから、マイクを握った。
 
「ワオンさん、ミシェルさん、本日はご結婚、おめでとうございます。ご両家の皆様にも心からお祝いを申し上げます。
ただいまご紹介いただきました新婦ミシェルさんの友人で、アールと申します。
実はスピーチを頼まれたのが今日式が始まる前で、突然のことでお手紙などなにも用意しておりませんでしたが、不慣れながらに、私なりの言葉で気持ちを伝えられたらと思います──」
 

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