voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続16…『咄嗟の行動』◆

 
一行は今日もまた長く苦行な道を歩き始めた。休息所から出て来た彼等を早速待ち構えていたかように魔物が現れ、牙を向ける。
 
「うじゃうじゃいるな……」
 と、1匹仕留めたシドはルイを見ながら言った。
「やはり僕のせいなのでしょうか」
 と、ルイは真面目な顔で言った。
「他に誰のせいだっつんだよ」
「そうですよね、申し訳ありません」
 と、ルイは姿勢良く、深々と頭を下げた。
 
アールは思わず笑いを零した。本当にルイは真面目な人だ。
大きく息を吸って吐き出すと、アールは剣を抜いてシドの隣に並んだ。
 
「お。今日はやる気満々じゃねーか」
「そうでもないけど頑張る」
「じゃあお前、中型の魔物担当な」
 見回すと、狼のような魔物の姿が3匹程見えた。それぞれ離れた場所にいる。
「了解」
「残りは俺がヤる」
 他にも魔物が6匹ほど姿を現した。警戒してこちらにずっと目を向けている。
「さっさと終わらせるぞ」
 そのシドの言葉を合図に、2人は魔物を目掛けて走り出した。
 
優雅に流れる真っ白な雲に重なる血渋き。晴天の気持ちがいい朝に響く魔物の呻き声。朝の香りと獣の鼻をつく臭い。
アールはいつもより体が軽いと感じた。相変わらず不格好な立ち回りだが、1匹、2匹と仕留めてゆく。
 
「ハァ……ハァ……やばっ……もう息切れ」
 魔物が駆け寄ってくる足音が背後から聞こえた。息切れしながら振り向くと、
「うりゃあ!!」
 と、誰かがアールの代わりに魔物を斬り付けた。
 


 
「え……カイ?!」
 
驚いたことに、カイが刀を抜いてアールを手助けしたのである。
 
「危なかったねー、大丈夫ぅ?」
 そう言いながら、カイは刀を腰に仕舞った。
 
その姿はアールの目にはじめて“男らしさ”を感じさせたが、それもつかの間だった。カイが満足そうに微笑む背後に飛び掛かる魔物の姿が見えたのだ。
 
「カイッ!!」
 アールは咄嗟にカイの腕を掴み、自分を盾にして引き寄せた。
 
ザクリと身を斬り裂く音がした。シドが真っ先に駆け寄り、魔物を仕留めたのだ。間一髪だった。
 
「ヤるなら仕留めろバカが!」
 と、シドは怒鳴った。
 
倒れた魔物の体には、斬り傷がふたつ。カイは魔物に傷を与えただけで仕留めてはいなかった。
 
「ごめんなさい……」
 と、カイはしょぼくれた。
「でも……ありがとね。ちょっと見直しちゃった」
 アールは笑顔で言った。「ちょっとだけだけどね」
 
そんな彼女を、少し離れた場所からルイは眺めていた。その心には、ひとつの不安が過ぎっていた。アールがとった咄嗟の行動。まだ強くはない彼女が、咄嗟にカイを庇ったことに不安を感じたのだ。それはシドも同じだった。
 
「お前が守られてどーすんだバカが……」
 と、シドはカイを見ながら呟いた。
 
彼等には彼女を守らなければならない使命がある。特に、まだ力を備えていない彼女を守るのは容易なことではなかった。経験を積ませなければ成長はしない。しかし経験は危険を伴う。そして、人間である以上、精神的な問題もある。
彼等がアールに“全て”を語らないのは、彼女を思ってのことだった。
 
━━━━━━━━━━━
 
「おにぎりまだぁ?」
「今用意しますよ」
 
木陰での一休み。アールは近くにあった大きな岩に腰掛けた。
午後2時。体に汗が滲む。
 
「今日は暑いわね」
 と、大きな岩に寄り掛かりながらシェラが言った。
「うん、ほんと。良い天気だと気分も良いけど、暑いと体力が……」
「アールちゃんは元々体力無いじゃない」
「…………」
 なにも言えない。
 
アールは特別体力が無いわけではなかった。確かに運動不足ではあったが、一般の成人女性と変わらない体力である。しかし、彼等の中に入ってしまうとアールは情けないほど体力が無いように思われた。普段歩かない距離を歩かされ、魔物との戦いに苦戦し、精神的に追い詰められているせいもある。そして彼等の体力の方が異常なのだ。
 
ルイからおにぎりを渡され、空腹を満たした。──美味しかったけど、牛肉?
 
「ねぇシェラ、おにぎりに入ってたお肉って、何のお肉だと思う?」
 と、アールは訊いた。
「マゴイよ」
「え? 魚なの?! 確かルヴィエールでも食べたなぁ……」
「何言ってるの? マゴイは獣よ?」
「え……」
 
不気味な獣でないことを祈るしかない。アールはおにぎりを食べ終えると、すぐに仲間達と歩き出した。今日は本当に体調が優れていて、自然と歩くスピードも上がる。
 
「今日は調子が良いようね」
 と、シェラはルイの隣に来て、シドのすぐ後ろを歩いているアールを見ながら言った。
「そうですね。実は少し栄養剤をおにぎりに入れておきました」
 と、ルイは答えた。
「あらそうなの?」
「でも気持ちの違いだと思いますよ。昨夜、シドさんと話していたのを見ましたから」
「何を話していたのかしら」
「僕が起きた時に姿が無かったので、テントの中から様子を伺っただけですから、詳しく会話の内容を聞いたわけではありません。でも、何やら楽しそうでしたから」
「ふぅーん? あの二人がねぇ……。デキちゃったりして」
 と、シェラは笑いながら言った。
「それは……恋人同士になる、ということですか?」
「他になにがあるのよ。アールちゃんには恋人がいるみたいだけど、会えないわけだし、可能性はあると思うわ」
「恋人……いらっしゃるのですね」
「あら、聞いてないの? 婚約者と言うべきかしら」
「でしたら尚更ありえ無いと思いますが」
「なぜ? やっぱり野蛮人は男好きなわけ?」
 と、シェラは冗談で言った。
「違いますよ。シドさんはあまり恋愛に興味が無いというか、二の次です。自由でいたい人ですから、束縛されるのが嫌なのでしょう」
「言われてみればそんな感じね。女がいても放置してそうだわ」
「女は面倒だ、とよく言っていますからね」
「でも、恋ってするものじゃなくて落ちるものじゃない? 知らず知らず……なんてこともあるかもしれないわ」
 と、シェラはどうしても2人の成り行きを期待していた。
「……仲間内での恋愛は困るのですが」
 と、ルイは呟いた。
 
しかしシェラは聞こえていないのか、期待の眼差しをシドとアールに向けていた。
 
「──だからぁ、毎日ストレッチしてるってば!」
 と、アールは不機嫌な面持ちで言う。
「そのわりには成果がねぇじゃねーかよ!」
 と、シドは苛立ちながら言い返す。
「そんな直ぐ柔らかくなるわけないでしょ?!」
「あのなぁ、柔らかくはなんねぇが普段使ってねぇ筋肉を使うだけでも身のこなし方に違いが出てくるってのにオメェは何も変わってねぇっつってんだよ!」
「でもストレッチしてるし!!」
「5分か10分そこらじゃ意味ねーんだぞ!?」
 その言葉に、アールは思わず口を閉ざした。
「やっぱその程度しかしてねぇのかよ……」
 と、シドは呆れて言った。
「……うん。ごめんなさい」
 と、アールは素直に謝った。
「ったく……監視が必要だな」
「げっ?! 勘弁して! ちゃんとやるから!!」
「信用出来ねぇな」
 シドにそう言われ、アールはしょぼくれた。
 
自分が悪いと気が付けば直ぐに謝る素直なアールは、例えば口喧嘩をしていても、自分が悪かったと思えば簡単に引き下がってしまう為、彼女と付き合っている友人や恋人は口を揃えて「調子が狂う」と言う。しかし一方で自分に非が無かったり、納得いかない場合はなかなか謝らない頑固者でもあった。
 
「下がってろ」
 と、突然シドがアールに注意を促した。
 
シドの目線の先には、毛深い魔物が道を塞いでいた。
 
「あれって……モルモートじゃない?」
 と、アールは言った。
「なんで知ってんだ? 取り敢えずアイツは突進してくるから下がってろ」
 
アールはルイの元へと駆け寄った。
 
「ねぇルイ、モルモートって怖いの?」
「そうですね、近づいて来るものは容赦無く殺そうとします。ですから、ルヴィエールで会ったセルさんに懐いていたのは驚きました。足が短いので普段の動きはゆっくりですが、興奮すると素早いですよ」
「へぇ……そうなんだ」
「セル? セルって、セル・ダグラス?」
 と、隣にいたシェラが驚いて言った。
「セル……としか聞いておりませんが、80代くらいの老人です。古い型の杖を持っていて……」
「首に蛇のネックレスしてなかった?」
「えぇ、しておりました。ご存知なのですか?」
「えぇ……ちょっと……」
 そう言ってシェラは虚ろな表情を浮かべた。
「なにかあったの?」
 と、アール。
「私もその人に会ったのよ。その時一緒にいた旅人の1人が、老人だからって甘く見て金めの物を強奪しようとしたんだけど……消されたわ」
「消された?」
 と、ルイは驚いて言った。
「殺したわけではないと言っていたけど、消えたのよ。あっという間に……」
「もう少し詳しく説明していただけませんか?」
「詳しくって言われても……消えたとしか言えないわ。あの老人が彼に手を翳しただけで、パッと消えたのよ」
「魔法円は……? もし魔法円が浮かび上がっていたのなら、何処かへ飛ばされたのだと思うのですが……」
「無かったわ。本当に手を翳しただけよ」
 シェラの言葉に、ルイは疑念を抱いた。
 
消されたとはどういうことだろう。ゲートのように人を別の場所へと移すには魔法円を描かなければ不可能だった。殺したわけでもないとなると……。
ルイはセルという老人を要注意人物として視野に入れたのであった。

 

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