voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交13…『お手伝い』

 
『断る。』
「え? もしもし? もしもーし!」
 
ヴァイスに電話をかけたアールだったが、即効断られて電話が切れた。ちょっとくらい手を貸してくれたっていいだろうに。
 
「やはり僕が。考えている時間がもったいないですしね」
 と、席を立つ。
「でもまた襲われたりしたら明日出席できなくなっちゃうかもしれないのに……」
 アールは不安げにルイを見上げた。そんな彼女にルイは優しく微笑んだ。
「やっぱり私が行くわ。直接ワオンさんと話したいこともあるから。待っててくれるかしら」
「えぇ、ですが大丈夫ですか? 代わりになにか出来ることはありますか?」
「えっと、ヴァージンロードの周りを飾る花束を作ってるんだけど、そのお手伝いをお願いできるかしら」
「えぇ、お任せください」
「じゃあちょっと行ってくるわね」
 
アールとルイは外に出ると、早速手伝いを始めた。それにしてもなぜここで準備をしているのだろう。式場で出来ることではないのだろうか。アールは隣りで手際よく花束を作っていくスタッフの女性に訊いた。
 
「前日のキャンセルでしたので前の方の片づけが残っているのですよ。全て準備が整っていたので」
「そうなんですか……前日にキャンセルとかあるんですね……」
「滅多にないんですけど、たまーに。よくあるのは相手の浮気が発覚したとか、直前になってどちらかの気が変わった、とかですね」
「そんなの嫌ですね……前日にって」
「でもここだけの話、私は以前別の式場で働いていたんですけど、そこでは披露宴の最中に花嫁さんの前の恋人が現れて司会者のマイクを奪い、花嫁さんのことを色々暴露したことがあったんです。男癖、酒癖の悪さとか」
「うわぁ……」
 アールはその男に会ったこともないが酷い悪感情を抱いた。
「式は台無し、私達が責任を問われて。なんで招待してない人を会場に入れたんだ!ってね。結局気まずい空気に耐え切れずに花嫁さんが逃げ出して。その後ふたりがどうなたのかはわかりませんが……」
「ミシェルは大丈夫かな……」
「え?」
「あ、いえ。前にお付き合いしていた人が最低な奴だったから。でも捕まったから大丈夫なはずです」
「そう……。いい結婚式になるといいですね。私達もできる限りのサポートをさせていただくつもりです」
「私も友達としてがんばります! えっと……お花何本使うんでしたっけ」
 
アールは作業を手伝いながら、結婚について考えた。
“結婚”というものを意識し始めたのはいつからだっただろう。幼稚園の頃に、“花嫁さん”に憧れたことはあった。でもそれは“お姫様”に憧れるようなもので、花嫁という響きと、花嫁=ドレス=可愛いからであって、それ以上でも以下でもなかった。お花屋さんやケーキ屋さんになりたいと当時思ったのも、響きやイメージで可愛いと思ったからだ。
 
じゃあ“恋”を知った上で、相手との結婚を本気で意識したのはいつからだろう。
憧れではなく、リアルに、現実的に。
 
それはやっぱり、雪斗と出会い、20歳を過ぎてからだった。
結婚願望はそんなにある方ではなかった。結婚=女の幸せ、とは思っていなかったからだ。思うにはまだ自分が未熟で若かったからでもあると思う。でも、雪斗との結婚は、イコール幸せに繋がった。彼とずっと一緒にいられたらと思っていた。家族になりたいと思った。一時的な感情じゃない。初めて恋人というものが出来て、舞い上がってそう思っていたわけじゃない。
彼しか知らないから彼しかいないと思っていたわけでもないと思う。
 
多分……。
 
彼のマイナス面も、受け入れられた。自分に自信がない私だったけれど、彼の前でなら素直になれた。だからプロポーズされたとき、本当に本当に嬉しかったんだ。
幸せへの切符を手に入れたって思ったんだ。
 
雪斗
 
私の夢は、君と共にある。君のいない世界での幸せなんて、君がいる世界の幸せとは比べ物にならないほどちっぽけで、いらないもの。
 
──大袈裟かな。
 
 
「騒がしいな」
「え?」
 低い声に作業の手を止めて顔を上げると、ヴァイスが立っていた。
「……なんでいんの?」
「…………」
「来てくれたの?」
「連れて来ただけだ」
 と、自分の肩に目をやった。スーが拍手している。
「スーちゃんが来たがったの?」
 アールは笑った。
「おや、珍しいじゃないか」
 と、丁度モーメルが様子を見に外に姿を見せた。
「珍しいってヴァイス、頻繁に帰ってるんだと思ってたのに」
「…………」
「自分の村に帰ってるだけさ。暇なら手伝っておくれよ、薬草を収穫しなきゃならないんだ」
「…………」
「手伝ってあげたら? スーちゃんは綺麗な傷んでない花を選ぶの手伝ってくれる?」
 スーは両手で丸を作った。──OKと言っている。
「仕方ない」
 ヴァイスはモーメルと家の裏の畑へ向かった。
 
「スライムね」
 と、隣りで作業をしている女性スタッフがスーに目を向けて言った。
「はい、可愛いですよね」
「ペットショップで一度見かけたことがあるわ」
「スライムって可愛いですよね!」
「あまり人気はないけどね」
「え、そうなんですか?! ──ていうかスーちゃん、ヴァイスに連れてきてもらったっていうか、ヴァイスを連れて来てくれたんでしょう?」
 
スーは高速拍手をした。──その通り!と言っている。
 
「あはは、やっぱり。スーちゃんって気が利くよね」
 
手作りの白い花束の山がテープルの上に山積みにされている。数本余ってしまった白いバラを、隣りにいた女性が器用に冠にしてアールに手渡した。
 
「どうぞ」
 と、頭に乗せる。
「わぁ! いいんですか? でも私似合わないよね」
 と、スーを見遣ると、スーは首を振った。──そんなことない、と言っている。
「ありがとう」
 笑顔を向けたアールは、席を立って背伸びをした。
 
ずっと座りっぱなしだったから体を伸ばすと気持ちがいい。一仕事終えた気分だった。その頃にはウエルカムボードもすっかり出来上がっていた。
 
「アールさん」
 と、別の席で手伝いをしていたルイ。「花の冠、似合ってますね」
「え? あ、ありがとう!」
 と、照れ笑い。「ミシェル遅いね、向こうでもバタバタしてるのかな」
「そうかもしれませんね。一休みしませんか? 皆様も」
 ルイは外で作業をしていたスタッフ等に声を掛けると、コーヒーや紅茶の用意を始めた。
 
女性スタッフの中でルイへの評価が上がってゆく。時間に追われて険しい顔をして作業をしていたスタッフに笑顔が戻っていった。
 
「モーメルさんにも声かけよっと」
 アールはスーを肩に乗せて畑に向かった。
 

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©Kamikawa
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