voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交12…『ヘルツ島』

 
結局全員戻り、一度はチェックアウトした宿の部屋をもう一度とって一日を過ごす事になった。VRCなどこれといってなにもない街で一日を過ごすのは無駄な時間としか思えない。
 
部屋に戻るやいなやミシェルに電話をしていたアール。電話を切ってルイに言った。
 
「私これからモーメルさん家に行って式の準備とか色々手伝いたいんだけど……」
「えぇ、構いませんよ。僕も行きます」
「ありがとう、人手が足りなくて大変みたい」
「俺も行くー!」
 と、ベッドから起き上がるカイ。
「カイは足手まといになりそうだから……」
 最後までは言わない。
「おめーもだろ」
 と、シド。
「うっさいな! 女の私だからこそできることがあんのよ!」
「式はどこであるんだよ」
「えっと……なんとかっていう島」
「ヘルツ島ですか?」
「そうそれ! 知ってるの?」
「大概の人はご存知かと。映画やドラマでも撮影場所として使われていますし、結婚式場をメインとしたハート形の人工島なのです」
「ハート型! 可愛い!」
「でも人工だろーが」
「シドは黙ってて」
「じゃあ俺っちが話してあげるー。その島が造られたのはねぇ、結婚しようねって永遠の愛を誓った18歳の若いカップルがいたんだけど、身分の違いで両家の親に反対されて引き裂かれちゃったんだよ。でも必ずもう一度君を探して迎えに行くから待っててって男が言ってね、女は何年も待ったんだ。50年くらいだったかな」
「そんなに?!」
「捜して迎えにいけなかったんだよ、戦争にかり出されていたからね。で、50年も経っちゃったんだけどー、男は彼女を捜し当てたんだ。彼女はずっと彼を待っていて、独り身だった。ふたりは初めて出会った土地に戻って、昔そうしたようにそこから見える海を眺めた」
「そこに島を造ったの?」
「そゆこと。はじめは他の誰にも邪魔されないように自分達のためだけに造った島だったんだよ。結婚式場はなくて、自分達の住む家だけあって。でももう先は長くないし、自分達のように結ばれない恋人達が永遠を誓える場所になるように、心を意味する「ヘルツ」島と名づけて結婚式場にしたんだ」
「素敵! カイもよく知ってるね……」
「ドラマ化、映画化、小説にもなってるからねぇ。有名な話なのだよ」
 

そんな場所で結婚式を挙げられたら。どんなに幸せだろう。
そんな風に思っていると、泉の中で見た雪斗を思い出した。ウエディングドレスを着た自分と、白いタキシード姿の雪斗。
残酷な幻影だったけれど、夢なんかじゃなくて、元の世界に戻って、いつか……なんて思ってしまう。
 
このときは自分が純白のドレスを着てバージンロードを歩く姿を想像できて、ちくりと心が痛んだけれど
今は全く想像もできなくなってしまった。
 
私が
バージンロードを歩く? なんの冗談だろう。
 
きっと私はもう、自分の未来を知っている。
自分の未来を受け入れる覚悟を、しようとしている。
 
そうしなきゃ、ここから先へは進めないことも知っている。
 

ゲートを使ってモーメル宅に移動したアールとルイは、目を丸くした。モーメル宅の前に大きな長方形のテーブルがいくつも広げられ、白いテーブルクロスが敷かれている。その上にウエディングのウエルカムボードの造りかけや式場に飾る花の数々が置かれ、黒いスーツを纏った女性スタッフが10名ほど慌しく動いていた。
 
「アールちゃん!」
 と、ミシェルが駆け寄ってくる。
「ミシェル! おめでとう!!」
「ありがとー!!!!」
 と、二人は抱き合って飛び跳ねた。
 
──なるほど。と、ルイは思った。これが彼女が望んでいた喜び方なのだろう。
 
「急すぎて色々ビックリなんだけど!」
「ふふふ、ありがとう! 私本人も驚いてるのよ」
「ミシェルさん、おめでとうございます」
「ルイさんも来てくれたのね、ありがとう!」
「ここにいる方々は式場の?」
「えぇ、手が空いてるスタッフさん。式場のほうでも準備をしてくれてるの」
「ワオンさんはいないの?」
「彼は彼で忙しいみたい。私には内緒のサプライズがどうとかVRCの人たちとこそこそ言ってたの聞こえちゃって」
「ダメじゃん」
 とアールは笑った。
「ふふ、聞えないふりをするのも大変なの。さ、中に入って。ごめんね手伝わせることになって」
 ミシェルはアール達を家に招き入れた。
 
家の中はいつもと変わらなかった。モーメルが魔術の実験などに使う道具が常にところ狭しに置かれているからだろう。結婚式の準備作業は全て外で行われているようだ。
 
「全く、こんなに騒がしいのは初めてだよ」
 と、モーメルは台所から紅茶を運んできた。「ま、一先ずゆっくりして、それから手伝ってやっておくれ」
「ありがとうございます」
 と、二人は紅茶を受け取った。
 
外のスタッフに呼ばれ、ミシェルはすぐに外へ出て行った。
 
「おめでたいですね。でも今後ミシェルさんはどうされるのでしょうか。ここを出て行かれるのですか?」
 と、ルイはモーメルに訊く。
「あ、そっか、ミシェル結婚するんならワオンさんのところに行くの? 寂しくなるね……」
「急すぎてね、まだその辺は後回しになっているよ。全く、計画性がないね」
 と、呆れているモーメルだったがその表情は穏やかだ。
「でもうまくいってよかった。一回別れたとか聞いたから……」
「アタシもそう訊いたんだがね」
「あ! ご祝儀!」
 と、思い出すようにアールは口にした。
「大丈夫です、用意しておきます」
「ありがとうルイ……」
「ところで当日、料理などはどうされるのでしょうか」
「料理とスピーチや余興はワオンがなんとかしてくれてるよ。人脈があるようだからね」
「そうでしたか、間に合うといいですね」
「ミシェルは演出とか考えてるのかな?」
「そうだね、演出、流す曲、引き出物、ヘアメイクやドレスなどの準備に追われているよ」
「大変そう……」
「招待状などは作って送る時間がありませんよね」
「基本は身内と、どうしても招待したい人だけに声を掛けてるみたいだよ。まぁミシェルは元々友達が多くないようだがね」
 
例えば簡単な手作り結婚式なら、一日でも出来るかもれない。でも一生に一度にしたい結婚式。急とはいえ、出来る限りのことをして最高の結婚式にしたいと思うのが当然だ。
 
「ルイさん」
 と、ミシェルが外から顔を出した。
「はい」
 手に持っていたティーカップを置く。
「今ワオンさんから連絡が来て、みんなの衣装が届いたらしいんだけど確認お願いできるかしら? みんなのことよく見てるからサイズは任せろって言ってるんだけど、心配で」
「あれ? でもひとり知らないんじゃないかな。ワオンさんってヴァイスと会ったことあったかな」
 と、アール。それに答えたのはモーメルだ。
「あの子のサイズはアタシが大体知ってるから知らせておいたよ」
「そっか!」
「わかりました、どちらに行けば?」
「あ、そうよね……ログ街なんだけど……」
「ログですか……」
 
色々あった街だ。できれば戻りたくはない。ルイの顔を覚えている住人も多くいるだろう。
 
「やっぱり私が取りに行ってくるわね」
「いえ、ミシェルさんはお忙しそうですから。きっと大丈夫でしょう」
「大丈夫じゃなかったら面倒だよ」
 と、肩を落とすアール。「私がメイクして……あ!」
「どうしました?」
「暇そうでログ街に行っても大丈夫そうな人いた。ヴァイス!」
「……断られそうですが」
 

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©Kamikawa
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