voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交11…『ご報告』

 
「嘘でしょ?! ほんとなの?! 嘘? ほんと?!」
 
「あいつなんの話をしてんだ……」
 アールの声はよく聞える。離れた意味がない。
「あれかなぁ、ウソかホントか当てるゲーム」
 と、カイ。
「なんでウソかホントか当てるゲームを電話でしてる女を待ってんだよ」
「今シュバルツが目覚めたら笑えるよねー、ウソかホントか当てるゲームを電話でしてる最中に」
「さすがのシュバルツも待つだろそこは」
「ウソかホントか当てるゲームを電話でしてる選ばれし者を?」
「選ばれし者がウソかホントか当てるゲームを電話でしてる最中に殺したってつまんねーだろうが」
「お二人さん、別にアールさんはウソかホントか当てるゲームを電話でしてるわけではないと思いますよ」
「そうなの? ヴァイスんはどう思う? アールはウソかホントか当てるゲームを電話でしてると思う?」
「……思わん」
「そこは『ウソかホントか当てるゲームを電話でしてるとは思わん』でしょ!」
「…………」
 
「ほんとにほんとにほんとにほんとなの?! 嘘じゃないよね?! やばいんだけど! やばいんだけどッ!!」
 アールは満面の笑みで地団駄を踏むように喜んだ。
 
体に蓄積されたこれまでの旅の疲れが全て、どこか遠い彼方へ飛んでいった気分だった。この先に待ち受けている自分の運命など、どうでも良くなるほどの朗報。にやにやが止まらない!
 
『それでね、結婚式なんだけど──』
 

叫びたかった。おめでとうって。何度も何度も何度も何度でも。周りにいた街の住人全員に抱きついて言い振り回したいくらいだった。私の友達が結婚するんです!!って。

 
「え? うそ?! そうなの?! 急すぎにも程があるよ!! なんでまた……どうしよう……あ、でも……」
『それで衣装なんだけどね──』
 

別れ話聞いたばかりだったから、またなにかあったのかと思ったら、思わぬ幸せ報告で
 
舞い上がるほど嬉しかったの。

 
「そうなんだ! えっと……えーっと……」
 と、困惑しながら仲間を見遣ると、カイが首を傾げた。
『みんなに訊いてくれる?』
「それはもちろん! ていうか今訊く! ていうかちょっと待ってて! あっ、色々準備で忙しいのかな? 掛け直して大丈夫かな?!」
『ふふ、大丈夫よ? じゃあ連絡待ってるわね』
「うんっ!!!!」
 
アールは目一杯の声で返事をして電話を切り、改めて仲間に目をやった。キラキラと輝く瞳で見つめられた男共は戸惑うように顔を見合わせた。
アールは一通り仲間を見遣り、ターゲットはルイに絞った。つかつかと止まらない笑みで歩み寄ると、彼の両手を掴む。
 
「ルイ……」
「は、はい……」
「どうしよう……やばいんだけど……」
「なにがあったのですか?」
 
アールは溜めるように顔を伏せ、大きく深呼吸をしてからルイを見上げた。
 
「ミシェルとワオンさんが結婚するんだって!!!!!!」
「…………」
 
何事かと思っていた一同は、ルイ以外、ため息を零した。なんだそんなことかよ、と。それを口にしたのはシドだった。
 
「何事かと思えばくだらねー」
「……は?」
「ほんとですか? おめでたいですね」
 と、ルイだけは笑顔だ。
「え、ちょっと待って。なにこれ」
 と、アールは仲間から2、3歩下がる。「おかしくない……?」
「なにがです……?」
「いやいやいやいや、いやいやいやいや。もう一回言うけど、ミシェルとワオンさんが結婚するんだって!!!!」
「おめでたいですね」
 と、笑顔のルイ。
「さっさと旅再開すんぞ」
 と、シドが歩き出す。
「ちょっとまて……」
「あ?」
「どいつもこいつも……耳掃除してないんじゃないの? もう一回言おうか?」
「もう聞いたよー」
 と、カイはうな垂れる。「ミシェルちんとワンワンが結婚するんでしょー?」
「おかしい。絶対おかしい。みんなもっと喜びなさいよ!! 信じられないんだけど!!」
 
これが男と女の温度差である。
 
「僕は喜んでいますよ? お二人は気が合ったのですね。それにしても急ですね」
「足りないから。喜びが。」
「え……」
「もっとさ、『まじかー!!』みたいなのないわけ? みんなミシェルもワオンさんも知り合いじゃん!」
「ヴァイスんは知らないんじゃないのん?」
「じゃあヴァイスは聞かなくていい」
「…………」
「いい? あんなクソみたいな男に振り回されて心も体もボロボロだったミシェル。最低女に騙されたワオンさん。二人は出会いました。互いの痛みを共有しました。もどかしい関係時代もあったことでしょう。喧嘩もあったことでしょう。しかしふたりはこの度、なんと、結婚することになったのです!! 結婚とは、他人だった二人が、めでたく家族になるってことなの!! わかるでしょ?! この素晴らしき幸せ!!」
「わかったわかった。めでたいめでたい。凄い凄い。──んじゃ、旅再開な」
「……シェラに会いたい!! うわーん!!」
 と、アールはしゃがみ込んだ。
「なぜ急にシェラさんが出てくるのでしょうか……」
「シェラならわかってくれるもん! 一緒になって叫んで飛び跳ねて喜んでくれるもん! なのにこれじゃあ消化不良だよ!」
「他人が結婚するってだけでなんでそこまでして喜ぶのかわからん」
 と、腕を組むシド。
「俺もー。ミシェルちんが人のものになっちゃったからつまんなーい」
 と、カイ。
「人妻でもデレデレするくせによく言うわ……」
 と、うな垂れるアール。「ほんと男って信じらんない」
「アールさん、式はいつ頃と決まっているのでしょうか」
 
アールはハッとしてすくと立ち上がった。
 
「行くとか言うんじゃねーだろうな。んな暇ねぇーぞ」
「あした」
「は?」「え?」「明日?」
 と、シド、ルイ、カイが聞き返した。
「結婚式、明日なの」
「……冗談でしょう?」
「ほんとなの。私も今聞いてびっくりしたとこ。なんか、どうしてもここで結婚式がしたいって場所があって、でもそこ人気の教会で、二年以上先まで埋まってるんだって。でも急遽キャンセルがあって、それで空いたのが明日……」
「二年くらい待てっつの……」
 と、呆れるシド。
「ね、聞いて。これも超やばい話なんだけど、ワオンさんのご両親と、ミシェルのご両親が結婚式を挙げたのがそこの教会なの!!」
 再び目を輝かせたアールだったが、微笑んだのはルイだけだった。
「同じ場所で式を挙げられたのですね」
「そりゃそんだけ人気のある場所なら珍しくもねーだろ」
「ほんっとシドってロマンチックの欠片もないね!」
 アールはそう言い放ってそっぽ向いた。
「お二人がその教会にこだわるのはわかりましたが……明日とはまた急すぎますね。参加するのも着ていく服がありませんし」
「あ、それ問題ないから。急だったから用意出来ないだろうってミシェルとワオンさんが私達の服手配してくれてるって」
「わたしたち?」
 と、シドが不機嫌そうに言う。
「ぜ・ん・い・ん・ぶ・ん! お金かかってるだろうしもう手配済みらしいから断ったら失礼だからね?」
「いやこっちの都合も考えずに勝手に準備してるのが失礼だろうが! 強制じゃねーか!」
「アールアール! アールドレス着るってこと?! 俺行く行くぅー!」
「あ、着ないよ? 私」
「え」
「急でバタバタしてるみたいで、当日もバタバタしそうだから裏方の手伝いすることにしたの。さすがにドレス着て動き回れないし、私もスーツにしたの」
「…………」
「ね、いいでしょ? 行くよね?」
 と、アールはルイを見遣った。
「ミシェルさんはアールさんのお友達ですし、ワオンさんにも色々とお世話になりましたし、僕たちの衣装も用意してくださっているようですから、断る理由はありませんね」
「やっっっっったー!!!!」
 と、子供のように喜ぶアール。
「俺パス」
 シドは全く乗り気じゃない。
「あーっそう。じゃあ私が一人で行って、私がひとりでいることをどこかから嗅ぎつけたムスタージュ組織の一味が現れて私襲われてやられちゃったら、ごめんなさいね!」
 アールはそう言って街中へ戻って行く。
 
「あんのやろぉ……」
「縁起でもないことを口に出してしまうほど、行きたいのでしょう。アールさんを助けられなかったらすみません」
 と、ルイは駆け足でアールを追いかける。
「俺も、俺なんかが行っても助けられないかもしんないけど、許してね」
 と、カイも追いかけて行く。
「おめーら……」
 苛立ちが募る。脅しかこれは。
 
取り残されたのはシドと、肩にスーを乗せたヴァイスだ。
 
「テメーは行かねぇのかよ」
「…………」
 
ヴァイスもあまり乗り気ではなかったが、肩に乗っていたスーがピョンと地面に降りて、アールを追いかけていった。
 
「仕方あるまい」
 と、歩き出す。しかし立ち止まって振り返った。
「私は騒がしいところが嫌いだからな。騒ぎに気づかず助けられなかったらすまない」
「…………」
 
スタスタと歩いていくヴァイスの後姿を不機嫌に眺めていたシドだったが、大きくため息をついて歩き出した。観念したようだ。
 

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©Kamikawa
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