voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交10…『最悪な目覚め』

 
その日、アールは夢を見た。気持ちの悪い夢だ。
 
雪斗と初めて一緒に過ごす夜の夢。愛おしい彼の温かくて大きな手が私の体に触れて、きゅんとした。緊張で強張っていた体は彼のぬくもりで徐々に溶かされてゆく。
けれど、目を開ければ見知らぬ男で、顔には口しかなかった。大きく開いた口がにやりと裂けて、全身に不快感を感じた。
 
起きたときには強烈な吐き気と生理的嫌悪感で目眩がした。もしかしたら酒が体に合わなかっただけかもしれないけれど。
 
「大丈夫ですか……?」
 顔色の悪いルイが、水を運んで来てくれた。
 
辺りを見回すとすっかり明るくなっていて、窓から射し込んでいる光で朝なのだと気づく。
カイはまだ床で眠っていて、ヴァイスとシドは起きていた。けれどどちらも頭を抱えて座っている。
 
「全員、飲みすぎたようですね」
「そんなに飲んでたかな? ていうか私なんで床にいるんだろう……」
 床に触れ、確かめる。
「覚えていないのですか?」
 と、ルイは心配になる。
「うん……」
「前も酒飲んだあと覚えてなかったろ」
 シドは呆れてそう言った。「ルイ、二日酔いの薬あるか?」
「えぇ、今出します」
「ジャックさんは?」
 と、もう一度辺りを見回し、椅子を並べて寝ていることに気づいた。机が邪魔で気づかなかった。
「まだ眠っているようです」
 そう答えながらルイはシドに薬を渡した。「アールさんも飲まれますか?」
「うん、ありがとう」
 
気分の悪い朝だった。アールたちの腰には、奪われていたはずのシキンチャク袋がぶら下がっている。自分達が眠っている間、何が起きていたのか知るはずもない。
 
「今日は少し出発時刻を遅らせましょう。気が引けますがジャックさんを起こしてお別れしていったん宿に戻りましょう」
 そう提案したルイに、一人の男が近づいてきた。
「今日は定休日ですのでゆっくりされてください」
 店員に扮したクラウンだった。
「よろしいのですか? でしたらあと少しだけ……。僕は宿に戻ってチェックアウトしてきます。ついでにテントなど必要なものも買ってきますので、シドさん、カイさんを起こしておいてもらえますか」
「あぁ」
 面倒くさそうに答えるシド。
 
ルイはすぐに店を出て宿に向かった。せっかく部屋を借りたのに無駄遣いになってしまったようだ。
シドは床に転がっているカイの頭を何度か引っぱいて起こすと、気だるそうに椅子に座った。酒好きのシドも昨晩の酒がまだ抜けないようだった。
 
「珍しいね、シドがバテてるなんて」
「うっせー。変なもんでも入ってたんじゃねーのか。ろくに飲んでもねーのにおかしいだろ」
「…………」
 それもそうだなと、アールはチラリと店員を見遣った。
 
レジにいたクラウンはアールの視線に気づき、話が聞こえていたらしく言い訳を並べた。
 
「うちで取り扱っている酒は他国から仕入れたものでね。味はまぁ他の店と大して変わりませんが、アルコールがよく回るんですよ。酔いたい人向けに改良されたお酒です」
「ふーん……そんなのあるんだ。味を楽しむっていうより酔いを楽しむって感じなんだね」
「はじめて聞いたけどな」
「ヴァイスは知ってる?」
 と、離れた席にいる彼に訊く。
「いや」
「そうなんだ」
「俺っちにも訊いてよー」
 と、カイがゾンビのように床から椅子に掴まり這い上がってきた。
「あ、まだ寝てるのかと思った。カイは知ってるの?」
「知るわけないじゃん。シドも知らないのに」
「じゃあ俺にも訊いてとか言わないでくれる?!」
 と、叫ぶと頭がズキンと痛んだ。
 
5分ほどしてからジャックが起床した。アールからルイが戻るまでしばらく店内で待つことになった、と聞かされた。
 
「いやー、昨夜は飲んだ飲んだ」
 と、ジャックは背伸びをして、アールたちが座っている席の空いている場所に腰を下ろした。
「少しは気分晴れましたか?」
「ん?」
「ジムのこと……」
「あぁ! すっかり忘れてた。がはははは!」
 と、大口を開けて笑う姿はどこか懐かしかった。
「それにしても干からびた爺さんみてーになってたな」
 シドはそう言ってテーブルに膝をついた。
「ちゃんと食べれてないみたいだったね」
「心配いらねーだろ」
 と、ジャック。「ゴミ漁ってたんだ。死ぬ気はないみてぇだからな」
 
薬を飲んだこともあり、ルイが戻って来るまでの間にすっかり二日酔いの症状も体のダルさも無くなっていた。
ルイが戻り、店を後にする。
 
「では、ご馳走様でした。またお会いできるといいですね」
 と、店の前でルイがジャックに言った。
「あぁ。わざわざすまなかったな」
「あれ? アーム玉は?」
 と言ったカイの言葉にギクリと動揺したのはジャックだった。
「アーム玉?」
 と、アール。
「ジャックくれるって言ってたじゃーん」
「あ……そうだったな! すまんすまん!」
 額に冷や汗が滲んだ。彼らのアーム玉を盗んだことに気づかれたのかと思ったからだ。
 
その汗はすぐに量を増した。アーム玉は盗んだ代わりに渡す物ならクラウンから預かってポケットに忍ばせてある。しかし部屋にあると言った以上取りに行く振りをしなければならない。
それはともかく、アーム玉を渡し、受け取ったアーム玉をしまうときに元々持っていたアーム玉がなくなっていることに気づくだろう。
 
「今から急いで取りに行くかな……」
 なにか断る言い訳を考えながらそう言った。
「ジャックさん、やはりお気持ちは嬉しいのですが、また次回お会いできたときで構いませんよ」
「え……いいのか?」
「ジャックさんも用事がおありでしょうし」
 
結局、一向はジャックからアーム玉を受け取らなかった。一番文句を言いそうだったシドも珍しくなにも言わなかった。彼はとにかく酒を飲みたかったのだ。散々堪能できて満足なのだろうと、アールは思う。
 
旅を再開しようと街の出入り口まで戻ったときだった。アールの携帯電話が鳴る。歩きながら着信相手の確認をし、足を止めた。
 
「ちょっと待って! ミシェルから電話!」
 と、アールは仲間に背を向けて少し離れてから電話に出た。
 
街を出る一歩前だった。
 
「なんで女の電話を待たなきゃなんねーんだよ!」
 苛立ちを見せたのはシドだった。
「まぁまぁ、いいじゃありませんか」
「女の電話を待ってる間にもシュバルツの力が増してきてることわかってんだろうな? 女が長電話してる間に──」
 と、話の途中だった。
「うそッ?!!!」
 と、アールの大声に全員が彼女に目を向ける。
 
「い、いいい今なんて言ったの?!」
『ふふ、だからね? 私とワオンさん、結婚することになったの』
 

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©Kamikawa
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