voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交7…『立ち位置』

 
「じゃあお前……」
 と、ジャックの顔から血の気が引いていった。
「あぁ……十七部隊が捕まったあと、死んだ。もう高齢だった母は自宅の畑で、妹は妊娠中にな」
「…………」
「俺のせいで……逃れられなかった」
 
━━━━━━━━━━━
 
ヴァイスはスーを肩に乗せ、壁に寄りかかって腕を組んでいる。シドも同じようにジャックが戻って来るのを待っていた。
暇を持て余したカイはシキンチャク袋からピコピコゲームを取り出し、壁際にしゃがんで遊んでいる。ルイとアールは時折時間を気にしながら、そわそわと落ち着かないでいた。
 
「ねぇルイ……ジムがジャックさん達を襲ったのって、やっぱり私に原因があるのかな」
「…………」
「ジムは私を狙ってるムスタージュ組織の人間だったでしょ? 私と会わなかったらジャックさんたちを巻き込むことなんてなかったのかなって」
「アールさん……」
 
なんていえばいいのか、言葉を詰まらせていたルイに代わって、シドが言った。
 
「まーた始まったよ。“わたしのせい”」
「だって……」
「んなもん考えたってしょうがねーだろ。考えてもしょうがねーことを訊かれて気遣うルイの身にもなれ」
「あ……ごめん」
 と、アールはルイに謝った。
「そんな……アールさんが謝るのも無理はありませんよ。ただ、ひとつだけ」
「なに……?」
「自分を責めるときは、“わたし”ではなく“私達”にしてください。僕らは一心同体なのですから」
「ルイ……」
「よくそんなクサイセリフ言えるな」
 シドはそう言って鼻で笑った。
 
「ジャックさん、なに話してるんだろうね。やっぱり自分達のことかな。なんで襲ったのか、とか」
「えぇ、一番気になることでしょうね」
「理由知ったら、ジャックさんはどう思うのかな。ジムは組織のことや私たちのこと、話してしまうかな……?」
 不安げにそう訊いたアールに、一同は険しい表情を浮かべた。
 
もしアールの不安が的中したら、と、ルイは考えた。ジャックは自分らに牙を向けるだろうか。これまでのように親しく話すことは出来なくなるかもしれない。それだけは避けたい思いがあった。
ルイは不安げに俯いているアールに目を向けながら、シオンのことを思い出していた。あれほど親しくなっていたのに、突然態度を変えて彼女に敵対心を向けてきた。ジャックまでも彼女を攻撃するようになってしまったら……。
 
「──おう、お前ら、待たせたな」
 と、ジャックが戻ってきた。
「ジャックさん……ジムさんは?」
 表情は穏やかではないが、なにか吹っ切れたような表情に思える。
「行っちまった。つってもあれじゃあ行く宛もなさそうだし、街のどっかにはいるだろうけどよ」
「何を話したの? 私も訊きたいことあったのに……」
 と、アール。
「…………」
 
ジャックは少し黙って、自分の中で言葉を整理してから口を開いた。
 
「なんかよくわかんねーんだが、ジムのやつ、裏組織の人間だったらしい。俺らは利用されて、不要になったから殺されたってわけだ」
「裏の組織……?」
 恐る恐る聞き返した。
「詳しくは知らねぇが、殺し屋かなんかに手ぇ染めてたんじゃねーの?」
 
“知らないふり”をしながら、ジャックはジムが話してくれたことを思い返していた。
ジムにコモモたちが秘密にしていたことを訊いた。
 
「なぁジム、コモモたちが勝手にお前の私物を漁ってなにかを見たらしくてな、俺にはまだ話さなかったことがあるんだ。もっと調べが付いたら話すって言っていたが……もう聞けねぇしな。心当たりはあるか? 気になって夜も眠れねぇ。組織に関することか?」
「いや、素性がバレるわけにはいかなかった。だから組織に関するものは何一つ持っていない。あいつらが見て驚く持ち物で心当たりがあるのは……アーム玉だけだ」
 と、ジム。
「アーム玉?」
「俺らが集めたものはお前が保管していただろう。それとは別に、俺が単独で見つけたアーム玉は俺が持っていたから驚いたんだろう」
「なるほどな……そんなことか……。そうせ俺が保管していたアーム玉も隙を見て奪うつもりだったんだろう?」
「そうだな……」
 
「それで」
 と、シドが訊く。「なんであいつは生きてたんだ?」
「属印、だろ? あいつの体にはなかったからだ。代わりに、母親と妹の体に捺されていたらしい」
「…………」
「木っ端微塵だったんだとよ。畑も部屋も、血肉で汚れていたらしい」
 
アールはドクドクと脈打つ心臓を押さえた。想像しただけでめまいがする。四方八方に飛び散った血肉はどこの部分だったかもわからないほどだったのだろう。
 
──と、ジャックの携帯電話が鳴った。
それに一番驚いたのはジャック自身だった。慌てた様子で一同から離れ、電話に出た。
 
「ジャックさん、誰と電話してるんだろう。なんか怖い上司からかかってきた! みたいな感じだったけど」
 そう言ったアールに対し、カイはゲーム機をしまいながら笑う。
「いやいや、鬼嫁からかもよー? どこほっつき歩いてんの! っつってぇ」
「ジャックさんは独身だよ」
「あ、そうだっけ?」
 
遠目からジャックの様子を気に掛けながら、ルイは腕時計を見遣った。
 
「どうします? もう時間も遅いですし、重い空気になってしまって、これからまたお酒を飲みに行く気分にはなりませんよね……」
「ジャックさんに訊いてみる? ジャックさんにとってはもっと飲みたい気分かもしれないから……」
「なるほど、そうですね」
 
ジャックに電話を掛けてきたのはクラウンだった。どこでなにをしているのか、いつになったら指定のレストランに来るのか、という連絡だった。
 
 お前は取り返しのつかない選択をした……お前はまだムスタージュ組織がどれだけ非道で血も涙もない連中か知らなすぎる
 
別れ際にジムが言った言葉だ。
 
「ある程度は覚悟してる。俺はお前と違って自ら選んだ道だ」
「……同情する」
 ジムは視線を落とした。
「ふん、お前に同情なんかされたくはないな。──ジム、最後に訊きたい。彼女は本物なのか?」
 
その質問に、ジムは無言でジャックを見上げた。
 
「だからとっ捕まえたんだよな?」
「確信はない。だが俺はまさしく彼女だと思っていた」
「確信がないわりにはっきり言うんだな。なにかそう思わせるものがあったんじゃないのか? なにか有力な情報でも持っているのか?」
「…………」
「ジム」
「俺はもう関係ない。大切なものを奪われ、全て終わったのだ。お前が組織の人間としてやっていくのは自由だが、これ以上俺に関わらないで欲しい。話せることは全て話した」
 と、ジムはよろめきながら立ち上がる。
「関係ないだと? 過去は切り離せないはずだろ。これ以上苦しみたくはないのはわかるが、俺は少しでも情報が欲しいんだ」
「…………」
「ジム。俺は」
 と、ジャックはジムに耳打ちをした。「彼女らを助けたいんだ」
「……なにを言っている」
 目を丸くし、ジャックを見据えた。
「俺の体には属印がある。だから俺は組織の中で動き、支配下にいる。けどな、どう考えても俺は彼女が悪者には見えねぇ。それに間違いかもしれないんだろう? 仮に本物だとしても、俺は──ッ?!」
 
どこにそんな力が残っていたのかと思うほどに、ジムはジャックの胸倉を掴んだ。痩せ細り、窪んだ目を見開く。
 
「殺されたいのかッ?! どこで誰が見張っているのかもわからないんだぞ! 今の発言だけで消されることだってあるんだ!」
「あ……あぁ……」
 ジムのあまりの迫力に、たじろいだ。
「ジャック……お前を殺そうとした俺にはこんなことを言う権利はないが、手を引けるようなら組織から手を引いてくれ……」
「んなこと出来ねーのはお前がよく知ってんだろ……」
「なら……無駄に殺されるな……死ぬな……」
「…………」
 
ほんと俺を殺そうとした奴に言われたくないな。と、ジャックは笑った。
 

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