voice of mind - by ルイランノキ |
店を出るとすっかり夜も更け、外を出歩いている住人の数も減っていた。静かな街だ。ここの住人は眠りにつくのが早いようだった。
「徒歩で何分くらい?」
と、アールはジャックに訊く。
「10分もあれば着くぜ。ルイ、悪いんだが先に行っててくれないか? 俺はアーム玉を取りに行ってくる」
実際、アールたちに渡そうと用意しているアーム玉などなかった。けれども嘘をついてしまった以上、取りに行くふりをしなければならない。
「えぇ、わかりました。予約などはしなくてもいいのでしょうか」
「あぁ、あとで電話しておく」
そんなやり取りをしているときだった。建物の端に立っている街灯が一人の住人を照らしていた。その住人はアイボリー色のおんぼろなコートを身にまとい、ゴミ置場を漁っている。
ホームレスだろうか。その住人に真っ先に気づいたのはシドだった。ただなんとなく視界に入り、目が離せなくなった。その理由はその人物の顔が一瞬見えたときに理解出来た。
「ジム……」
シドが小さな声で呟いた。
静かな夜でも聞き取れないほどの小さな声だったが、ジャックには聞こえていた。一瞬にして表情が変わり、ホームレスに目を向ける。ホームレスはゴミを漁り続けており、こちらに顔を向ける素振りも見せなかったが、ずっと共に生活をしていたジャックにはその後姿だけで確信した。
「ジムッ!?」
強い感情が篭ったジャックの声は静かな闇に響いた。ホームレスに気づかなかったアールたちも思わずジャックが見つめる先に目をやった。
ホームレスはゴミを漁っていた手を止め、恐る恐る振り返った。げっそりと痩せ細ったジムがそこにいた。
一同が呆然と見つめる中、ジムは逃げるように走り出した。ジャックはジムの名前を呼び、後を追った。
「僕達も行きましょう!」
ルイの投げかけに、一同もすぐに追いかけた。
ジムは今頃どこで何をしているのか。時折考えることがあった。
なぜジムだけ生き残ったのか。彼はムスタージュ組織の人間じゃなかったんだろうか。属印は、捺されていなかったのだろうかって。
ジャックの心に刻まれた深い傷は、きっとどんなに時間が経っても治らないんだと思う。
血は止まり、傷口が塞がっても、その傷跡はずっと残り続けるんだと思う。
ジム
貴方の傷は、少しは癒えたのかな。
そしてまだ、恨んでいるのかな。
大切だったものを捨てて、もっとも大切なものを選んだはずなのにそれまでも奪われ。
生きる希望も無くしてしまったけれど、罪から逃れるように死ぬことは許されないからと、地面を這いながらも生きていたジム。
あの日
ジャックと偶然会ったのは、会う必要があったからだよね。
ジャックだけじゃないけれど……。
「逃げんじゃねーよッ!!」
痩せ細ったジムの足は遅く、あっという間にジャックに追いつかれてしまった。筋肉がなくなった身体で逃げるのは無謀だったのだろう。コート越しに掴んだジムの腕は折れそうに細く、ジャックは思わず手を離した。けれど、ジムはこれ以上逃げようとはしなかった。
その後、すぐにアールたちも駆け付けた。コンクリートの建物が立ち並ぶ路地裏で、全員が険しい表情を浮かべていた。
「お前……」
ジャックはジムに会ったら訊きたい事が山ほどあったはずなのに、言葉が出なかった。
「ジム……どうしてこんなところにいるの?」
と、アールが問いかけた。
ジムは黙ったまま俯いていた。生やしっぱなしの無精ひげと髪、痩せこけた顔。アールは彼の顔をまじまじと見て、ようやく本当にジムだと思った。でもジャックはこんなに変わり果てていてもすぐに気がついた。
「ジム、この街に住んでるの?」
と、アールは質問を変えた。答えやすい質問からした方がいいと思ったからだ。
「すまない……」
やっと口を開いたジムだったが、その声は嗄れ果てていた。
「すまないじゃわかんないよ……」
「悪いんだが」
と、ジャックはアールを見遣った。「二人きりにしてくれないか」
「…………」
アールは不安げにルイを見遣った。
「二人きりにしてあげましょう。ふたりの問題もあるでしょうから」
「でも……」
「殺したりしねーから安心しろ」
と、ジャックはジムに目を向けたままそう言った。
「…………」
アールたちは二人を気に掛けながら、その場から離れた。路地裏を出て角を曲がり、その場で待つことにした。
「大丈夫かな……二人きりにして……」
と、アールは落ち着かない様子でそう言った。
「信じましょう、ジャックさんを」
「俺なら殺すけどな」
と、シド。
「変なこと言わないで!」
「それにしてもさぁ、あれほんとにジムなの? 別人じゃーん……」
カイは納得いかずに言う。
「私も疑っちゃった……人ってあんなに変わるものなの?」
「僕らの知らないところで、色々とあったのでしょうね」
路地裏ではジムが地面に座り込み、壁に寄りかかるようにしてうな垂れている。ジャックはそんなジムの前で仁王立ちをし、見下ろしていた。
「会っちまったからには訊きたいことに答えてもらう」
「…………」
「なんで……なんで俺達を襲ったりしたんだ!」
「……すまない」
「すまないじゃわかんねーんだよッ!」
「すまない……本当にすまないことをした……」
何度も謝ることしかしないジムに、ジャックは苛立ちを募らせてジムの胸倉を掴んだ。
「俺の顔を見ろッ! お前が殺し損ねた男の顔だ!!」
「──ッ」
ジムは苦痛に満ちた表情でジャックから目を逸らした。心がえぐられる。
「なんで……なんで殺したんだ……」
ジムの体を揺さぶりながら壁に叩き付けた。何度も、何度も、苛立ちが晴れるまで。
「こうするしかなかったんだ……こうするしか……」
ジムの目から涙が流れた。散々泣き叫んで涸れてしまったと思っていた涙がまた流れ出て止まらなくなる。
「泣くんじゃねーよ……お前に泣く資格なんかねんだよ!」
「ジャック……すまなかった……ジャック……」
ジャックの目からも、悔し涙が流れた。
なぜ、こんなことになってしまったんだろう。どこから歯車が狂い出したのだろう。なんのために、誰のせいでこんなことに──
「ジム……」
ジャックはアールたちが待っている路地裏の出口を見遣り、いないことを確かめてからジムに背中を向けた。
「ジム、背中を見てくれ……」
「……背中?」
「いいから見ろ!」
ジムは骨と皮だけになってしまったような手でジャックの服を掴み、上に捲り上げた。背中に刻まれた見覚えのある属印を見て、愕然とした。
「ジム、お前もムスタージュ組織の人間だったんだろ?」
と、ジャックは服を下ろしてジムと向き合った。
「なぜ……」
頭が真っ白になる。属印など、二度と見たくはないと思っていた。
「俺も、ムスタージュ組織の仲間になったんだ」
この組織との関わりも断ち切り、消し去りたいと思っていた。
「お前のことが知りたかった。それと……」
二度と関わらないと誓ったのに。
なぜこうも付きまとわれるのだろう。逃げられない運命なのかもしれない。
「グロリア。──知ってるんだろう? ジム」
罪を償うどころか何十にも重なっては重くなるばかりだ。
一度足を踏み入れた以上、逃げ出せない。
Thank you... |