voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交3…『わるものはどっち』

 
第十部隊のアジトは転々としていた。サンジュサーカスという移動サーカス団を名乗るだけあって、大きなテントを張れる場所に身を潜めている。テントの中は随分と広く、中央に丸いステージがあり、その周りには客席がずらりと並べられている。天井も高く、サーカスが行われていない今は電気が落とされ、薄暗い。
 
ステージ上でジャックとクラウンは向かい合わせに立っていた。
 
「奴はオレと同じ、ムスタージュ組織の人間さぁ。部隊が違うけどね。オレらはご存知第十部隊。奴はどこの部隊にいたのかまでは知らないが、オレたちより下の連中なのは確かだろうねーぇ」
「ムスタージュ組織ってのはなんなんだ。なにを目的としてる。なぜアールたちを狙ってるんだ」
「質問はひとつずつ頼みますよ」
 と、クラウンは不気味な笑みを浮かべた。そしてこう続けた。
「オレたちが信じているのは、シュバルツ様だけさ。アリアンは彼に敗れたのだよ。彼は死んではいないからね。今も尚、目覚めるときを待っている。その邪魔をするのが、“グロリア”の存在さ」
「グロリア?」
「誰かさんが言うには、“世界を救う選ばれし者”だそうだよ」
 と、バカにしたように言った。
「彼女が……?」
「いんや、あの女と決まったわけじゃない。情報屋がいてね。女だと言ったり男だと言ったり、当てにならない。その情報屋も一人じゃないからどいつを信用すりゃいいのかもわからないわけ。それに、グロリアとしてゼフィル城から出てきたのは奴らだけじゃないのさ。ハズレもいるわけ。影武者ってやつだねーぇ」
「じゃあ……まだ彼女達がそのグロリアって決まったわけじゃねぇのか」
 
アールのことを思い出しても、とても力のある者とは思えなかった。仲間に守られてばかりで、彼女が世界を救うとは思えない。だとすると影武者か。でもこれで彼女らが狙われている理由がわかった。
 
「なぜ……お前らは世界を滅ぼそうとしているシュバルツを崇拝しているんだ。昔から奴は悪者とされていたってのに。力のある者には頭が上がらないからか? 媚びへつらっているわけか」
「…………」
 
クラウンは懐から短剣を取り出し、ジャックの首元に刃を当てた。触れた箇所から赤い血がつぅっと流れた。
 
「シュバルツ様は偉大な神だ。神への冒涜は許さんぞ」
「……なら説明してくれよ。理解できるように。なぜグロリアを潰そうとしているのかも。お前らもモンスターと同様にシュバルツに洗脳でもされたのか?」
 
──と、その時だった。
ジャックの背中に捺されている属印が赤く染まり、激しい痛みに襲われた。ジャックはうめきながら崩れ落ち、痛みにのた打ち回った。
 
「あ”あぁぁぁああぁぁあ!!」
「おやまぁ、逆鱗に触れたのかな?」
 
クラウンはあざ笑いながらジャックを見下ろしていた。
突如ジャックの脳裏に覚えのない映像が浮かぶ。自分が生まれ育った街が、一度は訪れたことのある街が、焼き尽くされてゆく光景。真っ赤な炎に包まれ、黒い煙が灰色の空へと舞い上がる。街の住人達は泣き叫び、成すすべもなく焼き殺されてゆく。
そうして灰になった世界の片隅にただ一人、生き残りがいた。
 
「グロリア……」
 
男か女かもわからない。ただ、小柄だった。後姿しか見えなかったが、それが別世界から召喚されたグロリアであることはわかった。
 
ジャックの脳裏に流れた映像は消え、属印の痛みも治まっていた。荒い呼吸を繰り返しながら体を起こしたジャックは、汗を滲ませながらクラウンを見据えた。
 
「グロリアは……世界を滅ぼす人間なのか?」
「そうさ。だから我々は世界を救うために動いているのだよ」
「待ってくれ……じゃあ今見えた映像は、未来だとでもいうのか」
「未来はいくつかある。その中で今、一番有力な未来が今見たものさ。このままグロリアを野放しにしていればいずれ世界は破滅へ向かう。それを阻止し、平和の未来を手に入れるには世界を破滅に向かわせるグロリアを消し去る必要がある」
「殺すのか……」
「簡単には殺さないさ。第十部隊のオレたちが目星をつけているのはあんたの知り合いでもあるあの連中さ。その中でもアールという女。しかし彼女に世界を滅ぼすほどの力があるとは到底思えない」
「あぁ……俺もそう思う」
「しかしもしまだ目覚めていないだけで内に秘めているという場合、手当たり次第に殺すのもいいが、それでは“力”が手に入らない」
「力?」
「グローリアが持つ力さ。まだ目覚めていないとして、今の段階で殺したところでアーム玉にはなんの力も宿らない」
「それが目的なのか……? グロリアの力を手に入れることが」
「シュバルツ様はそれを望んでいる」
 
疑問が多く残る。全て聞き出そうと思ったが、「眠くなったよ」と言ってクラウンはステージから下りてしまった。そんなクラウンの代わりにやってきたのはピエロだ。クラウンと違って目の下に涙が描かれている。玉乗りの大きな玉を転がしながらやってくると、練習をするからどいてくれとジャックに言った。
 
「あんたでいい。もっと詳しく話を聞かせてくれ」
「話すのは苦手なんだよ、ほら、俺はピエロだからね」
「んなこと言わずに頼む。仲間になったんだから、いいだろう?」
「…………」
 
ピエロはひょいと玉の上に乗ると、座禅を組んでジャックを見下ろした。
 
「なにが訊きたいんだ? 俺にも話せることなら話してやる」
「助かる。──まず、シュバルツが世界を滅ぼそうとしてるんじゃないのか? 本なんかで読んだかぎりではシュバルツが世界を滅ぼそうとして、アリアンが自分の命をかけてそれを阻止したって感じなんだが……」
「それは違うね。真実とは異なる。まず、シュバルツ様は何者だと思ってるんだ?」
「何者って言われてもな……もとは魔導師だろう? 黒魔導師。魔物を体内に取り込んで、バケモノになっちまったって話だ」
「要するに元は人間だってことさ。んじゃ、アリアンは何者なんだ?」
「アリアンは……女神だ。救世主だ」
「ははははは」
 と、無表情で声だけ笑ってみせたピエロ。「ざっくりしてるね」
「本にだってそう書いてある。彼女は……天からやってきたってな。シュバルツを倒す為に」
「逆だよ。別世界からバケモノが現れこの星を支配される未来を見たシュバルツ様は、それを阻止する為に力を備えていったんだ」
「なんだと……?」
「人は見た目や行動に惑わされ、核心には触れない。それはそれは美しかったらしいぞ、アリアンは。村人の願いを叶え、信頼を得ていたんだから彼女が“光”でシュバルツ様が“闇”だと勘違いしてもおかしくはないがね」
「…………」
 
ジャックは眉間にシワを寄せて頭を悩ませた。──救世主だと思っていたアリアンが悪者で、シュバルツこそが救世主だっただと? たしかにアリアンは何者なのかはっきりしない。謎が多い。けれど……。
 
「これは陰謀なんだよ。この世界を破壊して支配者になろうとしている黒幕はシュバルツ様ではない。別世界からグロリアという凶悪な力を呼び起こし、シュバルツ様の力をも手に入れようとしている国王、ゼンダこそこの物語の黒幕だ。奴は全知全能の力を手に入れ、世界のリセットを目論んでいる」
「世界のリセット……?」
「詳しくは知らないが、なんにせよ、これから起きる未来を我々は見た。グロリアは世界を救う選ばれし者ではない。いつか暴走し、世界を壊す。俺たちは世界を守りたいだけだ。シュバルツ様と共に」
 

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©Kamikawa
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