voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交2…『裏切り者』

 
「ヴァイスも向こうで一緒に座ったらいいのに」
「…………」
 ヴァイスはアールを一瞥したが、なにも言わずに目を逸らした。
「うるさいか」
 と、笑う。「ヴァイスはジャックさんと会うの初めてだよね」
「…………」
「色々あったの。ヴァイスが仲間になる前に。彼の仲間が、ムスタージュ組織の……」
「…………」
「っていうかヴァイスってどこまで知ってるの?」
 と、アールは首を傾げる。
「大体のことは聞いている」
「そうなの?」
「聞きたくもないが、話してくるからな」
「誰が? ルイ?」
「あぁ。カイもな」
「そっか」
 
ヴァイスはムスタージュ組織についてどう思っているのだろう。訊いても答えないだろうけれど。
 
「それ焼酎? 美味しいの?」
「…………」
 ヴァイスは黙ったままアールのほうにグラスを傾けた。
「飲んでいいの? 飲めるかな……」
 アールはグラスを受け取り、一口飲んでみた。
「くあッ──?!!!」
 ゴン!とヴァイスの肩に額をぶつけた。「まーぢぃー…」
「フッ……」
 と、ヴァイスは微かに笑った。
 
お刺身の盛り合わせが運ばれてくると、アールは元いた席に戻った。ルイが手際よく割り箸を渡す。
 
「ありがと! なにから食べよっか……な……」
 
お刺身は長方形の器に綺麗に盛られている。黒い斑点のある魚と、鮮やかな紫色の魚、そして緑色の縞模様の魚から目が離せない。──え、なにこの魚。私の世界にはいないんですけど。
 
「お好きなものからどうぞ」
 と、ルイ。
「あ……うん。じゃあまずイカからもらうよ」
 無難なイカを摘まむ。
 
ジャックはそんなアールを眺めていた。その表情からはいつの間にか笑顔が消えている。
 
 わかった。仲間になる
 
クラウンにそう告げた日、ジャックの背中に属印が押された。ムスタージュ組織の仲間になったことを示す証だった。裏切り者はどうなるのか、知った上で仲間になることを選んだ。それは自分の命をかけてでもジムやアールたちの事を知りたいと、知るべきだと思ったからだ。
ムスタージュ組織と何らかの関係があったジムに仲間共々命を狙われ、自分だけが生き残ってしまった。関係のないエディまでも巻き込んでしまった。リーダーであった自分がもっと用心していれば、こんなことにはならなかったはずなのに、自分だけが生き残ってしまった。悔やみ切れない。
なぜこうなったのか、なにも知らないまま自分だけが悠々と生きていくなど、到底できるわけもなく。
 
「ジャックさん?」
 と、ルイが険しい顔をしていたジャックに声を掛けた。「どうかなさいましたか?」
「あ、いや、物足りなくてな」
「なにがです?」
「酒だよ酒。ビールだけじゃなぁ……」
 と、グラスに残っていたビールを飲み干した。
「追加でなにか頼みます?」
「あぁ……」
 
──いつ切り出そうか。どうやって切り出せば自然に聞こえるだろうか。逸る気持ちが額の汗となって流れる。
 
ジャックはクラウンに言われたことを思い出す。
 
 アーム玉だ
 
 アーム玉? あいつらのか?
 
 そうだ。アーム玉を奪えばいい。偽のアーム玉を用意した
 
 …………
 
 簡単だろう? すり替えろ
 
ジャックはズボンのポケットに右手を入れた。指先に丸いアーム玉が触れる。
 
「ジャックさん? よろしいんですか?」
 と、なかなか注文しないジャックにルイが言った。
「そうだな、熱燗でも頼むか。お前は?」
「僕は結構です」
 そう言ってジャックの代わりにルイが店員を呼び止め、熱燗をオーダーした。
「そういやお前ら、アーム玉は集まったのか?」
 動揺を隠しながらそう切り出した。堂々としていれば怪しまれないだろう。
「えぇ、大分。ジャックさんからも沢山いただきましたから。あのときはありがとうございました」
「少しは使えるものがあったか?」
「そうですね。今のところはまだそんなに使っていませんが、これから出会う魔物の強さが増して、僕らももっと成長すべきときになれば必要になってくるかと」
「そうか。──実はな、あれからまたアーム玉を手に入れたんだ」
「本当ですか?」
「偶然な。お前らにやろうと思ったんだが、宿に置いてきちまってよ。後でいいか?」
「えぇ、それはもちろん。ジャックさんも宿に泊まられているのですね」
「あぁ……」
 
アーム玉の話を切り出したところで、どうやって自分らのアーム玉を取り出すように仕向けられるだろうか。それも自然に。
 
「そういや、まだ見つかってねんだ……」
 不意に思い出す。
「なにがです?」
 
アールはやけにカイが静かだなと思い目を向けると、ジャックの隣りで横になって眠っていた。シドは刺身に手を伸ばした。
 
「コモモやドルフィのアーム玉だ」
「……そういえば、なくなってると言っていましたね」
「まぁ、あいつらを運んだのはログ街だったろ? あそこの連中が奪ったのかもしれないが……」
「なにか心当たりでも?」
「他に心当たりがあるとしたらジムだな」
「…………」
 
裏切り者の名前だ。確かに彼なら奪いかねない。彼がムスタージュ組織の人間で、シュバルツに捧げるために集めているのだとしたら。
アールは無言のまま二人の会話に耳を傾けていた。
 
 それで? 仲間になったんだから教えてくれよ。ジムとお前らはどういう繋がりがあるんだ?
 
ジャックは運ばれてきた熱燗を受け取りながら、クラウンから聞かされた話を思い返していた。自分達を裏切ったジムが何者なのか、既に知っている。
 

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©Kamikawa
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