voice of mind - by ルイランノキ


 悲喜交交1…『飲み会』

 

 

口約束ではあったけれど、プロポーズされて結婚資金を貯めている最中だった。
婚約指輪なんてまだもらっていなかったけれど、来年には、と話していた。
 
本屋に行くと結婚情報誌が目に入って、その場で立ち読みしたことがあった。買おうかと思ったけれど、期待しすぎもよくないかなと思って買うのをやめた。
彼との婚約が破棄されるかもしれないなんて思ってはいないし、彼のことは信じていたけれど……。矛盾しているのかな。
 
ウエディングドレスを着るのなら少しは痩せなきゃと思ったし、奥さんになるのならもっと料理上手にならなきゃと思ったし、いずれは子供も出来て母親になるわけだから母親としてしっかり子供を育てていけるくらい自立しなくちゃと思っていた。
 
雪斗はどこまで考えていたのかな。
私との未来を、どこまで。
 
 
きっと君は笑うかもしれないけれど、私は君と年をとって、鶏がいる庭を眺めながら、縁側でお茶してる未来まで、夢見ていたんだよ。

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テンプス街-酒屋 《虹の空》
午後8時20分。
 
「いやーっ、ちょっと見ない間に背ぇ伸びたんじゃねーのか?! 顔もどこか引き締まったように見えるぜ!」
 座席のテーブルに座っているジャックがガハハと笑いながらグラスにビールを注いだ。
「ジャックこそ髭伸びたねぇ」
 と、キュウリの漬物に手を伸ばすカイ。
 
一同はジャックと久しぶりの再会を果たしていた。
ジャックの右側にはカイを挟んでシド、向かい側にはルイ、その隣りにはアール。ヴァイスはというと、一人だけカウンターテーブルに座っている。
 
「仲間が増えたのか」
 と、カウンターに座っているヴァイスの後姿を見遣るジャック。
「えぇ、ヴァイスさんです。こちらで一緒にお酒をと思いましたが、彼は一人好きなので」
 ルイがそう応えると、シドが口を開いた。
「出来れば俺も一人で飲みてんだけどな」
「なんだよせっかく久々に会えたんだからそんな寂しいこと言うんじゃねーよ」
 ジャックはゴクゴクと喉を鳴らしながらビールを飲んだ。
 
そのグラスを持つ手には黒い革の手袋が嵌められている。
 
「なんで手袋してんの? しかも片方だけ」
 と、カイ。
「ん? あぁ……ちょっと知り合いの仕事を手伝ったときに小指をつぶしてしまってな。完治はしてんだが潰れたまんまだから不恰好なもんで隠してんだ」
 と、ジャックは苦笑した。
 
アールやルイの前に置かれたグラスにもビールが注がれているが、二人とも手をつけようとはしない。
 
「それは大変でしたね……。それにしても、急にどうされたのですか? 会おうだなんて」
 ルイはお酒ではなく水の入ったグラスに手を伸ばした。
「あーいや、ちょっとひと段落ついたもんでな」
 ジャックはそう言っておしぼりで額の汗を拭う。「エディの奥さん、すんげー怒ってたな……」
「そうでしたか……」
 
ジャックはエディの元妻と、その間に生まれた子供に会いに行っていた。自分も関わったエディの死を伝えるのは心苦しかったことだろう。
 
「コモモの両親は意外な反応だった。死んだって伝えてんのに『おやまぁ、まだ生きてたんかい、とっくに死んでると思ってたよ』ってな」
「子供が亡くなったのに悲しくなかったのかな」
 と、アール。
「いや、まぁ悲しくないってことはないと思うぜ。家を出てったときにはもう覚悟していたらしい」
「そうなんだ……。ドルフィさんは?」
「あいつは両親がいないからな。けどまぁ、親戚はいるようだから報告に行ったんだが……なんつーか、あいつ自身あんま人付き合いしてこなかったからかみんな無関心だったよ」
「そう……」
 
他人の死なんて、そんなものなのかもしれない。どういう死に方をしたのか、その目で、目の前で見届けたわけでもない他人からしてみれば。人はいつか死ぬものだし、当たり前のことだから。
 
「お前らはあれからどうしてた? でっけー魔物と戦った武勇伝とかないのかよ」
「よくぞ訊いてくれました!」
 と、立ち上がったのはカイだ。
 
武器を替えたことで戦闘に参加する回数も増えた彼は自慢したくてしょうがないのだ。だいぶ盛られたカイの自慢話を聞きながら、アールはちびちびとビールを飲んだ。以前ジャックと飲んだときに途中から記憶をなくしてしまったことを思い出し、今日は飲み過ぎないようにしようと心に決めた。
 
「アールさん、なにか食べたいものはありませんか?」
 と、ルイがメニューを開いて隣のアールに見せた。
 
その様子を斜め前に座っているシドが無言で眺めながらビールを飲んでいる。アールに対するルイの想いを知っているからこそ目につくものがある。
 
「んー、どうしよっかな。あ、お刺身ある」
「お刺身食べますか? でしたらみんなで食べられる盛り合わせにしましょう」
「でも高くない?」
「せっかくの再会ですから、今日は特別ということで」
「やったー! たらふく食おう」
 
子供のように喜ぶアールを見て、ルイは嬉しそうに微笑んだ。不意にシドの視線に気づき、目を逸らした。
 
「俺にも訊けよ」
 と、シド。
「あ、はい……。なにか頼みますか?」
 と、ルイは慌ててメニューをシドに渡した。
「腹へってんだよ。ガッツリ食いてぇな」
「定食おいしそうだったよ」
 と、アールはテーブルに身を乗り出してメニューに書いてある定食を指差した。「これ」
「麻婆茄子定食? こんなもん腹たまんねーだろ」
「じゃあこっちは?」
「ハンバーグ定食ねぇ……」
「それについてるお味噌汁ください」
「なんでだよっ」
「いいじゃん一品くらい」
「単品で頼みますか?」
 と、ルイ。
「そこまで食べたいわけじゃない」
「なんだよそれ。まぁハンバーグ定食でいい」
 
シドはメニューをルイに返した。ルイは店員を呼んで追加注文をした。
 
「お味噌汁くれるの?」
「はいはい」
「ラッキー」
 
「──で! 俺の電撃打撃のおかげで倒せたわけ。ケルベロス」
「はぁ? お前今なんつった?」
 と、カイの自慢話に口を挟むシド。
 
「ねぇルイ」
 と、アールはルイに耳打ちをした。
「はい……」
「ジムとはどうなったのかな……ジャックさん」
「…………」
「訊くに訊けないね。前にジムから電話があったらしいけど、その後どうなったのかわかんなくて。和解なんて無理だとは思うけど、今頃どこでなにしてるんだろうね」
「えぇ……ジムさんだけ、制裁から逃れた理由も気になります」
 
「おいそこ」
 と、ジャックが箸でアールとルイを指した。「なーにをこそこそ話してるんだ?」
「いえ……なんでもありません」
「全然飲んでねーしよ」
「あ、では少しいただきます」
 と、ルイがグラスを手に持つと、シドが警告した。
「飲みすぎんなよ、お前」
「えぇ、わかっています」
 
アールの視界の中に突然何かが飛んできたと思ったら、スーだった。半分飲んでいたアールの水のグラスにちゃぽんと浸かる。それをものめずらしそうにジャックが見ていた。
アールはヴァイスに目をやった。静かに焼酎を飲んでいる。席を立ち、ヴァイスの横に移動した。
 

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