voice of mind - by ルイランノキ |
「日曜日? モーメルさんに訊いてみないとわからないけど……きっと大丈夫だと思うわ」
と、ミシェルは電話越しに笑顔で言った。
ワオンから電話があったのだ。日曜日、会えないかと。
台所で話しながら、日曜日の予定を立てた。映画は特に観たいものがなく、遊園地や水族館などが候補に上がる。まだ行けるかどうかもわからないというのに、待ち合わせ時間や場所を決めた。
「ねぇ、ワオンさん」
ミシェルは壁に寄りかかり、ずっと気になっていたことを訊こうと思った。
どうして手も繋いでくれないの?と。今話が弾んでいて気分がいいから、その勢いで訊けると思ったのだ。甘えるように訊けば、この空気も壊さずに済むと思った。それも、きっと彼は私に気を遣ってくれているからだと思っていたからだ。他に理由なんてないと思っていたからだ。
「ん?」
「もう何度かデートしたじゃない? なんで、まだ手も繋いでくれないの?」
すぐに答えが返ってくるとばかり思っていた。恥ずかしそうに、勇気がなかったとか、大事にしたいと思ってるから、とか。そんな答えが。
けれど嫌な沈黙が流れた。この間はなんだろうと考えて返答を待てば待つほど不安が募った。
「……ワオンさん? 訊いてる?」
不安で笑顔が引き攣ったものの、相手には見えていないからいい。
「あぁ……」
明らかに気分が下がっているのがわかって、訊いたことを後悔した。彼はスキンシップをとることを望んでいないのかもしれない。そう思うと無性に悲しくなった。
「ミシェル……手、繋ぎたいか?」
「なにそれ……もちろんよ」
「そうか、わかった。じゃあ今度は手をつなごう」
──なにその言い方。仕方ない、みたいに。
「繋ぎたくないなら無理して繋いでくれなくていいわよ」
と、少し強く言ってしまう。
「…………」
「ワオンさんってほんとに私のこと好きなの?」
「好きだ」
「じゃあどうしてよ」
「…………」
「もういい! 日曜はやっぱやめる。切るわね」
と、電話を切った。
最悪。ミシェルはうな垂れるようにしゃがみこんだ。──最低。
苛立った勢いで楽しみだった約束まで破棄してしまった。
「…………」
後悔を胸に、しばらく携帯電話を眺めたけれど、ワオンからかかってくることはなかった。
それが余計に心を傷つけた。自分ばかり相手を求めていたようで、恥ずかしいし空しいし、バカみたいに思えてくる。
台所を出ると、気まずそうなギップスと目が合った。全て聞こえていたのかもしれない。
「大丈夫ですか……?」
「恥ずかしいとこ見られちゃった……バカみたいよね。おかわりされますか?」
と、ギップスに出したお茶が無くなっていることに気づいて言った。
「あ、じゃあ……いただきます」
喉は渇いていないものの、気まずさからそう言った。
ミシェルはコップを持ってまた台所に移動し、大きくため息を零した。
今度こそ幸せになれると思ったのに。私に原因があるのかもしれない。──ううん、恋愛って難しいものなんだ。ここで頑張らなきゃ後がないのかもしれない。
「でも……ひどいよ……」
手を繋ぐだけなのにどうして嫌なの? 後悔しているのかな、付き合おうって言ったこと。
「…………」
男に暴力を振るわれていた女に触れる。割れ物を触るような感じなのかな。わからない。やっぱり“綺麗”な人がいいのかな。大事にされてきた、汚されていない女の人。
「もう……わかんない」
彼の考えていることがわからない。だから怖い。私はどうしたらいいんだろう。どうすれば、普通に愛してもらえるのかな。
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あと1時間もあれば街が見えてくるだろう。そんな頃だった。道を塞ぐようにゲルクという2本足で歩く青い獣が現れた。これまでにも何度か遭遇したことがあるが、以前戦ったゲルクとはレベルが違う。
アールは思った。シュバルツに近づくほど敵の強さが増している。これもシュバルツの影響なのかもしれないと。
けれど同時に一同の力も増しているのだ。
「私5匹倒す」
と、アールは剣を構えて前に出た。
「7匹倒せ」
「全部じゃん!」
シドに言われるがまま時間をかけて戦えば、自分で思っていた以上の成果が見れたりする。──私も成長している。
「アールさん、回復薬は……」
「あ、まだ大丈夫」
ちょっと走ったくらいで息切れしていた頃の自分が懐かしい。
シドのお姉さんからもらった防護衣装も、着慣れてしまえばツナギと変わらない。露出している部分も、怪我の心配など考えなくても平気なくらい、余裕が出来ていた。
「ちょっとジャックさんに連絡しますね」
と、ルイが足を止めた。
「着いてからでいいだろ」
と、シド。
「……そうですか? わかりました」
と、再び歩き出す。
ジャックさん。元気にしてるだろうか。電話では元気そうだったけれど。
アールはジャックの顔を思い浮かべた。すると自然とコモモやドルフィ、そしてジムの顔も思い浮かんだ。タクシーの運転手をしていたエディも。
すべてが終わったら、自分に時間はあるのだろうか。少しでもあるのなら、手を合わせに行きたいと思った。さよならをする時間があれば、だ。
「街が見えてきたぞー!」
と、突然走り出すカイ。
まるで何日も海を放浪していた船乗りがやっと島を見つけたかのようにはしゃいでいる。
アールも走り出そうとしたが、携帯電話が鳴って、歩きながら電話に出た。
「もしもし?」
電話の相手はミシェルだ。こんなに電話をかけてくるのは珍しかった。
『アールちゃん』
と、電話の向こうから聞こえてきた声は、昨日とは打って変わって沈んでいた。
「どうしたの?」
思わず足を止めた。
ルイもそんなアールを気に掛けながら足を止めると、カイもシドもヴァイスも足を止めてアールを見遣った。
『…………』
「ミシェル? なにかあったの?」
『……ごめんアールちゃん』
「え?」
『ワオンさんと、別れることになったの』
「……え」
応援してくれてたのにごめんねと、ミシェルは言った。
昨日まであんなにうまくいっていて幸せそうだったのに……。
Thank you... |