voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋18…『テンプス街』

 
テンプス街は、メキシコの町並みに酷似していた。
基本どの建物も似た設計で、四角いボックスのような建物が並んでいる。とても綺麗な街とは言えないが、スラム街のようであったログ街と比べれば随分と治安も空気もいい。
 
「シドさん、宿を探してもらえますか? 僕はジャックさんに連絡を」
「はいはい」
 と、シドは面倒くさそうに答えた。
 
「アール大丈夫?」
 と、彼女を気遣ったのはカイだった。
 
ミシェルからの電話以来、アールに元気がない。とぼとぼと歩き、なにがあったのかと訊いても答えなかった。
 
「うん……」
「ミシェルちんと喧嘩したのー?」
「そうじゃないの」
「んじゃ、なにー?」
「ちょっとね……」
 
こういう話はあまり言い振り回してはいけないような気がした。決して“言い振り回す”気はないけれど。
アールはまだ半信半疑だった。あの二人は本当に別れたのだろうか。仮に本当だとしても、すぐによりを戻すのではないだろうか。そんな期待もある。
 
「秘密にしないでよぉ。すぐ内緒にするんだからぁ……」
 と、カイがふて腐れる。
「ミシェルが落ち込むようなことがあったの。もう詮索しないで? ごめん」
「……はぁーい」
「詮索してほしくねーなら“私こんなに悩んでます落ち込んでます”オーラ出しまくってんじゃねーよ」
 と、シドが街の地図を畳みながら言った。
「それは……しょうがないじゃん……」
 
ジャックに連絡を取っていたルイは、携帯電話をポケットにしまいながら言った。
 
「ジャックさんは今日の夜なら会えるそうです、それまでは宿で一休みしましょう」
「はぁ? 向こうが会いてぇっつってきたんだろ。なのに待たせるってなんなんだよッ」
 と、シドが苛立ちを見せた。
「ジャックさんにも事情があるのでしょう。それより宿は見つかりました?」
「すぐそこだよ。徒歩20分。もしくはもっと奥にある宿」
 
どちらにしようかと悩んでいると、街の住人らが声を掛けてきた。うちに泊まらないか?と話を持ちかけてきたのである。もちろんタダではないが、宿に泊まるよりは安くしておくとのことだった。困惑して突っ立っているとどんどん住人が集まってくる。仕方なく徒歩20分掛かるところにある宿に向かうことにした。
 
アールの気分は落ちたままだった。ミシェルからの連絡以来ずっとだ。
ふたりの問題なのだから、自分が首を突っ込むところではないとわかってはいるものの、納得いかない。二人は本当に別れたのだろうか。なにか些細なことがきっかけで口論になり、勢いで別れ話になったのではないだろうか。それなら気持ちが落ち着けば考え直すということもありえるのに。
 
「アールん、飴食う?」
 と、カイがポケットからオレンジ色の飴を取り出してアールに渡した。
「ありがとう。なに味? オレンジ?」
「かぼちゃ」
「え、うそ意外」
 と、口に入れた。確かにかぼちゃの味がするが嫌いじゃない。
「俺はこっち食おー」
 カイはグリーン色の飴を口に入れた。
「なに味? あ、当てようか。……枝豆!」
「メロンです」
「え、なに、普通じゃん。リアクションに困る」
 
カイが笑って「うそうそ、きゅうり」と言った。きゅうりって味するの?と思いながら、宿にたどり着く。
宿の部屋は全てひとつのベッドしか置いていないひとり部屋しかない。コンクリートの打ちっぱなしで、ところどころ稲妻のような皹が入り、床には汚れた絨毯が敷かれているだけの質素な部屋だ。外の光が入り込む窓には薄いクリーム色の布がカーテンとしてぶら下がっている。
これなら誰かの家に泊まらせてもらったほうが良かったのかもしれないと誰もが思った。
 
「なんもない……」
 と、カイはベッドに腰掛けた。ギシッと軋む。
「申し訳ない程度にポスターが貼ってあるね」
 と、アールはコンクリートの壁に目を向けた。
 
木々の隙間から海が見えている写真のポスターが、ガムテープで貼られている。随分古いらしく、一部焼けて変色していた。
シドは部屋を確認した後、外に出て行った。部屋にいても何もすることがないからだろう、ヴァイスもスーを連れて出て行ってしまった。
 
「アールは俺と添い寝するとして、ルイはなにして暇つぶすのー?」
「本でも読もうかと」
「私も外行ってこようかなぁ」
「え、アールは俺と添い寝するんでしょ?」
「外に行かれるのですか? 気をつけてくださいね。7時頃には帰ってきてください」
「うん、わかった」
 
アールはひとりで部屋を後にした。
 
「ねぇルイ」
「なんでしょうか」
 と、ルイはシキンチャク袋から小説を取り出し、窓際の床に腰を下ろした。
「アールって、ほんと恥ずかしがり屋だよね、ほんと。あんなにあからさまに恥ずかしがって出ていかなくてもいいと思わない?」
「そうですね」
 パラパラと、しおりを挟んだ場所までページをめくる。
「顔も合わせなかったんだよ? 俺と。俺そんなにデリカシーがない人間じゃないからさぁ、あ、アール恥ずかしがってるなーと思ったら見てみぬふりをするから、赤ら顔隠さなくてもいいのにね」
「そうですね」
「…………」
 
なんだろう、なんだろうこのなんだか寂しい感じ。──と、カイはベッドに横になった。
 

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