voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋11…『誰が悪いの』

 
「大丈夫か?」
 と、ヴァイスはルイに手を差し伸べた。
 
ルイは40メートルも飛ばされていた。魔法円が描かれている紙が地面から離れた瞬間、テントは消えていた。紙はどこかへ飛んでいってしまい、探すのは困難だろう。
 
「すみません、用心が足りませんでした」
 と、ヴァイスの手を掴んで立ち上がる。
「怪我は?」
「僕は大丈夫です。ところでスーさんの姿が見えませんが……」
「コートの中にいる」
「それならよかったです。アールさんの元へ急ぎましょう」
 
テントを建てる紙を無くした今、次の目的地であるテンプスまでテント無しの生活になってしまった。不安は拭えないが、一先ず今はこの状況からどうにか脱出するしかない。
ヴァイスとルイがアールの元に戻ったとき、そこにカイもいた。シドはここからだいぶ先にいるという。
 
「歩けますか?」
「頑張るっ!」
 と、アールは立ち上がった。
 
体重が一番軽いアールは最も飛ばされやすい。カイはアールの腕をつかんだ。
 
「俺が支える!」
「カイ……ありがとう」
 
ルイは一番前で飛んでくるものに警戒し、ヴァイスはいつも通り一番後ろを歩いた。
30分ほど歩き進め、道の端にあった大きな岩の上に人影を見つけた。シドだ。暴風の中、胡坐を組んでいる姿は修行僧に見える。
 
「おっせーぞ!」
「すみません。シドさん、報告が」
「なんだよ」
「テントを失いました」
「はぁああぁぁああぁあぁ?!」
 
風力は夜になっても治まらなかった。幸運なことに聖なる泉がある休息所を見つけ、一時非難した。この辺りは突然の強い風に見舞われることが多々あるため、暴風から身を守る結界も張られている。
 
「もうクタクタ……」
 と、アールはへたり込む。
「俺っちもクタクタ……」
 と、カイも座り込む。
 
全員、髪がボサボサだ。風に舞っていた草や枯葉が髪や服に引っかかっている。
 
「災難でしたね。やはり早めにテントで休んで風が止むのを待つべきでした」
「つかなにテント手放してんだよ」
 と、苛立つシドに、アールは鋭い視線を向けた。
「元はシドのせいじゃん」
「はあ?」
「シドがやっつけた魔物が飛んできたの!」
「避けりゃいいだろーが」
「避けられるわけないでしょ! ろくに目も開けられないくらいだったんだから!」
 
テントはないものの、いつも通りテーブルを取り出したルイ。真っ先にカイが座り、テーブルに顔を伏せた。
 
「横になりたい……」
「街に着くまで、寝袋で我慢しましょう」
「えーやだよー! ここはまぁ我慢するけどさー、休息所がないときどうすんだよー!」
「僕が結界を張りますから」
「魔力の無駄遣いだな」
「誰のせいだと思ってんのよ」
 と、ムカムカが治まらないアールは立ち上がり、テーブルの椅子に座った。
「そう怒らないでください。僕が悪いのです」
 ルイはそう言って晩御飯の準備に取り掛かった。
「それを言うなら私が悪いよ……もっとちゃんと歩けてたらテント出さなくて済んだんだし……」
「いえ、アールさんが歩けていても僕はテントを出すつもりでしたから……」
「じゃあこうしよう」
 と、カイ。「風が悪いって事で」
「…………」
 アールとルイは顔を見合わせ、笑った。
 
夕飯が出来、食卓を囲んだ。テーブルの上にいたスーが拍手をして注目を集めた後、休息所の出入り口を指差した。
 
「誰だ?」
 と、シドが立ち上がり、刀を抜いた。
 
出入り口に人が立っていた。その男はゆっくり近づいてきたかと思うと、突然力なくその場に倒れこんだ。
 
「大丈夫ですか?!」
 と、ルイが駆け寄った。
「ったく、てめーは用心が足りねんだよ。少しは警戒しろ」
 シドは刀の刃先を男に向けたまま近づいた。
 
ルイは黒いTシャツを着た男の左腕が酷く腫れ上がっていることに気づいた。
 
「打撲でしょうか。この暴風ですからね、どこかにぶつけたかしたのでしょう」
「打撲くれーで倒れるか?」
「すいません……」
 と、男はかすれた声を出した。「なにか食べ物を譲ってくれませんか……」
「飢えてんのか」
 と、シドは刀を仕舞う。「食料が尽きるほうが悪い」
「シドさん? 同じ旅仲間として助け合いましょう。お薬、持っていないのでしたらこれお使いください」
 ルイはシキンチャク袋から塗り薬を出した。
「何者かもわかんねんだぞ」
「そうだそうだ!」
 と、カイは自分の前におかずを寄せ集めた。「譲るもんか!」
「じゃあ私のあげます」
 と、アールは煮物が入った器と箸を持って男の前にしゃがんだ。「どうぞ」
「ありがとう……すいません」
 と、男は煮物をかき込んだ。
「余程お腹を空かせていたのですね。まだ食料は十分にありますから、もう一品つくりましょう」
 そう言ってルイは腕まくりをした。
 
カイとシドは男に取られまいと急いで食事を始めた。ヴァイスはいつもと変わらず、突然現れた男に目もくれず食事を頂いている。最近は彼も一緒に食卓を囲むことが増えた。
 
「どこから来たんですか?」
 と、アール。
「テンプスという街からです」
 そう答えた男は30代前半の無精ひげを生やした身長170センチくらいの細身の男だ。
「私たちが向かってる街ですね。怪我は大丈夫ですか? 塗りましょうか?」
「あ、いや、自分でやります。ありがとう」
 
アールは魔物がいて危険と隣り合わせの外の世界で旅をしている割には落ち着いた人だなという印象を受けた。見た目は少し怖そうに見えたが、お礼を言ったときに見せた顔は穏やかでいい人そうだ。
 
「一人で旅を?」
「いや、仲間が2人いたんだが……やられてしまって」
「そうですか……」
「おいお前」
 と、シドが男に疑問を抱いた。「テンプスから来といて食料持ってねぇっておかしくねーか」
「あぁ……」
「その街からここまで2日もかからねーだろ」
「そうなの?」
 と、アールは不安げに男に目を向けた。
「…………」
 
男は何も言わなくなってしまった。アールは立ち上がり、男から距離を取った。急に怪しく思えてきたのだ。しかし男は慌てて誤解を解くように、こうなった経緯を説明しはじめた。
 
「いや、怪しい者じゃないんですよ。誤解しないで欲しいのはテンプスから旅に出たんじゃなく、そのずっと先から旅をしてる。テンプスに向かう途中で魔物に襲われ、仲間を失いました。ちょうどそのときにはもう金も食料も底を尽いていて、体力もなかったからやられてしまったんです。俺は運よく助かりましたが……」
「でも一人ででも街に着いたなら仕事見つけるなりしてお金を貯めたらよかったんじゃ……?」
 と、アール。
「入れなかったんです。命からがら逃げたときに、どうやら身分証明書を無くしたようで。財布に入れていたんですが、財布ごと……」
「笑えるな」
 と、シドはゲップをした。
 
ルイは静かに話を聞きながら、野菜を煮込んでいる。この男に食わせる為である。
 
「戻らずにこっちに歩いてきたのはどうしてですか?」
「仲間が死んだんだ……あんなおっかねぇ魔物が住みついてる場所に戻る気力も勇気もない。誰かに助けを求めたんです」
「いい迷惑だな」
 と、ルイ。
「ほんとほんと」
 と、カイが大きく頷いた。
「料理できましたよ」
 ルイが男の分を器に盛り、テーブルに促した。「座ってください」
「すいません……」
 男は申し訳なさそうに開いている席に座った。
 
アールも自分の席に戻り、食に手をつけた。少し冷めてしまったが、それでもルイの料理は美味しい。
 
「おっちゃん名前はー?」
 と、カイが訊く。
「エリザベスです」
「え? いや、おっちゃんの名前を訊いてるんだよー」
「ですから、エリザベスです」
 
ぶはっ!と、シドが噴き出した。
 
「女かよ! しかもエリザベス!」
「シドぉー、笑っちゃダメだよー」
 と言いながらカイも笑いを堪えている。
「失礼ですよ」
 ルイはそう言って、エリザベスに謝った。
「あーいや、いいんです。慣れてますから」
「でもいい気はしないでしょ?」
 と、困惑するアール。
「まぁはじめは自己紹介をするのが嫌で偽名を名乗っていた時期もありましたけど、この名前のおかげですぐ親しくなれたり名前を覚えてもらいやすかったりで、今では気に入っています。名前を訊かれるとよくぞ訊いてくれました!と、笑わせたいとさえ思います」
「そうですか、じゃあよかった」
 と、アールは気兼ねなく笑う。
「なにが辛いって、なんの反応もされなかったときですよ。すべった気がしてへこみます」
「あはは、ちょっとわかる気もします」
 
エリザベスはルイの手料理を満足げに平らげると、お礼にこれまで手に入れたアーム玉をくれた。それまではどこの誰かもわからない奴を助けるなど馬鹿馬鹿しいと思っていたシドだったが、見返りを求めて助けるのは悪くないなと思ったのだった。
 

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