voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続14…『言言』

 
瞬く星が月の光を一層に引き立たせ、遠く離れたこの小さな星に光を降ろす。
 
午前2時。アールは目を覚ました。ルイ達は寝息をたてながら横で眠っている。起こさないように気をつけながらテントから出ると、空を見上げた。自分の心とは正反対にキラキラと輝く夜空に、嫌悪感を抱く。
 
ルイが出しっぱなしにしていたテーブルの椅子に腰掛け、ため息を零す。少し冷たい風が彼女の体を冷やしたが、アールは気にもとめずにテーブルに顔を伏せた。ひんやりとしたテーブルが心地よく感じ、目を閉じる。虫の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
 
「……お母さん」
 
 しっかりしなさい。あんたはいつも努力が足りないんだから
 
「わかってるよ……」
 
テントで眠っていた時、夢の中で母親に言われた言葉だった。今は夢の中でしか会えない。夢なら会えないほうがマシだと思っていたが、今回見た夢は、彼女の崩れかけた心を少しだけ奮い立たせた。
 
トン…トントン……と、アールは顔を伏せたまま、指でテーブルを叩く。
トン…トントン……トン……
 
「ゆーやーけこやけで……ひがくれて……」
 
それは突然思い出した童謡だった。いつだったか、母が夕飯を作りながら歌っていたのだ。
 
「……続き何だっけ」
 
訊いて答えられる人はこの世界にはいないだろう。アールは孤独を感じていた。
 
カサカサと、近くの木々の間から音がした。しかしアールは目も向けなかった。音に気付いていないわけではなく、魔物が脳裏に浮かんだが、動く気にはなれなかった。
音は次第に遠ざかってゆく。魔物にしては小さな音だ。小さな魔物だろうか。それとも……
 
  ニャーオ……
 
「──?!」
 アールは咄嗟に顔を上げて辺りを見渡した。
 
しかし、猫の姿は何処にもなかった。確かに猫の鳴き声がしたのに。気のせいだったのだろうか。
 
「チイ……?」
 
その猫の鳴き声は、彼女の記憶の中で響いたものだった。
 
「死にてぇのか」
 と、いきなり背後から低い声がして、アールは立ち上がって身を構えた。
「……死にてぇわけじゃなさそうだな」
 と、呆れた表情で言ったのはシドだった。
「シド……ビックリした……」
「こっちのセリフだ。ここは結界が張られてねぇんだぞ。武器も持たずに何やってんだ」
「……うん」
 そう答えると、アールはまた椅子に座って顔を伏せた。
 
シドはテーブルの向かい側に座り、また椅子を並べて横になった。
 
「……何してるの?」
 と、アールは顔を伏せたまま訊く。
「寝てんだよ。見りゃわかんだろ」
「見てないから分かんない」
「あーっそ」
 
静かな夜。シドは大きな欠伸をした。
 
「ここで寝るつもりなの? またカイの寝言が煩かった?」
「まぁな」
「そう……。ねぇ、」
「あー?」
「私……いい歳してマザコンなのかなぁ」
「はぁー?」
「マザコンって言葉わかる?」
「馬鹿にしてんのか」
「分かるんだ……。あのね、よくお母さんを思い出すの。それに、お母さんの声が聞きたくなったり。勿論、お母さんだけじゃなくて、恋人や友達の声も聞きたくなるけど」
「…………」
 シドは黙り込んだ。
「聞いてる? 寝ちゃった?」
「お前に男がいるなんて驚きだな」
「どーゆー意味よ……」
 と、アールは不機嫌になった。
「まぁ……普通だろ。いて当たり前の人間がいなくなったんだ。会いたくなるのも、声が聞きたくなるのも当然だろ」
「……いなくなったのは私の方なんだけどね」
「まぁ、そうだな」
 
トン…トン…トン……と、アールはまたテーブルを軽く鳴らした。頭の中であの童謡のはじまりが繰り返し流れる。
 
「……シド?」
「あー?」
「もしかして私がいるからここにいるの?」
「なんでだよ」
「魔物が来たら危ないから?」
「自意識過剰だな。カイがうるせぇーんだよ」
「なんだ……。って、魔物が現れても守ってくれないんだ」
 と、アールは笑いながら冗談混じりに言った。
「守ってもらいてぇのか」
「え……?」
 
守ってもらいたい……? 守られてばかりではいられないとは思っていたが、そんなこと、考えもしなかった。
 
「……別に」
 と、戸惑いながら答える。
「なんだそれ」
「でも、支えてほしいとは思ってる……かな」
「意味わからねぇな」
「まだ……私強くないから、手助けしてほしいの」
「……りょーかい」
 
シドは、“守られたい”と“手助けしてほしい”の違いに首を傾げたが、彼女の胸の内にある前向きな思いを読み取り、敢えて問い質すことはしなかった。
 
「あ、シドは恋人いないの?」
「バーカ」
「……なにそれ」
 アールは暇潰しに訊いたが、シドは答えなかった。
「一日、無駄にしてごめんね」
「…………」
「今日は頑張るから」
「…………」
「聞いてる? 寝ちゃった?」
「爆睡中だよ。見りゃわかんだろ」
「起きてるじゃない!!」
 
ずっと顔を伏せたままシドと会話をしていたが、思わず顔を上げる。テーブルを挟んだ向かい側の椅子で横になっているシドの姿は、アールから見えなかったが、微かにシドが笑った声が聞こえた。
いつの間にかアールの憂鬱な気持ちは何処かへと消え去っていた。
 
「テントに戻ろうかな」
 と、アールは言った。
「あっそ」
「シドは戻らないの?」
「カイがうるせぇーんだって」
「風邪ひくよ?」
「そんなヤワじゃねーよ」
「シドさん、魔物がいるから危険ですよ」
「……ルイの真似して言うな!」
「よく分かったね!」
 
シドは、歩けなくなったアールを責めたりはしなかった。そして、『カイが煩い』を言い訳に、一人でいたアールの傍に身を置き、彼女の言葉に耳を傾けた。
自分がしてやれることを考えるようなシドではなかったが、流石にシェラの言葉が彼を動かしたのかもしれない。
彼の行動はお情けに過ぎないが、それでもアールはシドと話したことで沈んでいた気持ちが和らいでいた。
 
「本気でここで寝るの……?」
 と、アールは真面目に心配して訊いた。
「しつけぇーな」
「でも……」
「なんだ、一緒に寝たいならそう言えよ」
「ばかじゃないの?! おやすみッ!!」
 と、アールは言い放って、心配したことを後悔しながらテントへ戻って行った。
 
「元気じゃねーか」
 シドは笑いながら呟くと、目を閉じて眠りについたのだった。
 
 

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