voice of mind - by ルイランノキ


 友誼永続13…『沈痛』

 
男達はテントの外でルイが出したテーブルの椅子に腰掛け、終始無言でアールのことを気にかけていた。
シェラがテントから出て来ると、彼等は咄嗟に立ち上がり、沈痛な面持ちでシェラを見据えた。
 
「眠ったわ」
 と、シェラは言った。
「そうですか……」
 ルイはホッとため息をつき、また椅子に腰掛けた。
 
シドとカイも黙ったまま腰を下ろした。
 
「ねぇ。どうしてあんなになるまで放っておいたのよ」
 シェラは少し強めな口調で言った。「アールちゃんが体調悪くしたのは、精神的なものだって分かってるんでしょ?」
 
シェラの言葉に彼らは顔を伏せた。時折アールの様子がおかしかったことに気付いてはいたが、見てみぬふりをしていたわけではなく、ただ、成す術が見つからなかったのだ。
 
「帰りたいって言ってたけど、どういうこと? アールちゃんはどうして旅をしているの?」
「それは……」
 と、ルイは言葉を濁す。
「貴方達は一体何を隠しているの? ねぇ、アールちゃんの心境わかってる? 精神的なものって、一度崩れたらなかなか治らないのよ?!」
「はい……。分かってはいるのですが……」
「このまま旅を続けさせるのは不可能だわ。無理に歩かせたらきっと、立ち直れなくなる……。まだ軽い症状の今、帰してあげるべきよ。アールちゃんの故郷はどこなの? 次の街へ行くより、ルヴィエールに戻ってゲートを使って帰したほうが早いわ」
「それは出来ません……」
「どうしてよ?! アールちゃんをこのまま放っておく気なの?!」
「いい加減にしろッ!!」
 と、シドが叫んだ。「俺達だって必死なんだよ! あの女のこともまだよく分かんねぇーし、こっちも手探りでやってんだ!!」
「どういうことよ……。私は、アールちゃんを放っておくことは出来ないわ!」
 そう言って、シェラはアールが眠るテントに目を向けた。
「事情を話せばお前がどうにかしてくれんのかよ……」
 シドは溜め息混じりに言った。
「シドさん……。アールさんのことをこんなにも心配してくれているシェラさんになら、話してもいいのかもしれません」
 と、ルイは真剣な面持ちで言った。
 
しかし、決してシェラのことを信用しているわけではなかった。彼等にはアールを救う方法が見つからず、自分たちよりかは心を開いているシェラに、今は縋るしかなかったのだ。
 
ルイは、アールの事情を話した。アールはこの世界を救う為に別世界からやって来た、選ばれし者であること。元の世界に戻るには、生きて使命を果たす他無いということを。
簡単な説明だったが、ルイの面持ちからシェラはアールの心境を悟った。
 
「それが本当の話なら……残酷だわ」
 
残酷。シェラの言葉に、彼等の胸がグッと締め付けられた。
 
「アールちゃんの立場からしたら、こんなの勝手すぎる。普通に生活していた女の子が突然、別世界に引きずり込まれたのよ……? 冷静に考える暇もなく、魔物がいる危険な旅に連れ出されて、貴方達からすればまだ旅をして間もないのかもしれないけど、彼女からすればよく今まで歩いて来れたものよ。たった一日が、彼女にとってどんなに長いか……」
 
そう言ってシェラも、アールが抱える痛みや苦しみから救い出す術を考えたが、そんなものは何処にもなかった。
 
「この世界を救う為に……彼女を犠牲にするのね……」
 シェラは行き場のない思いで言った。
「犠牲ではありません!」
 ルイは立ち上がって反論した。
「犠牲よ! 貴方達がしていることは最低だわ!!」
「僕達はッ……浸蝕されていくこの世界を救いたいのです! その為には彼女に隠された力が必要で……」
 と、ルイは胸が裂ける思いで言った。
「世界の為……? もしアールちゃんが死んでしまったら……世界の為だなんて言えなくなるわね」
 そう言ったシェラの言葉に、ルイは何も言えなくなった。
「貴方たちは世界の為に彼女が必要。彼女に期待して、彼女が世界を救えなかったら絶望するのよね。……酷すぎるわ。それに、彼女はどうなるの? 彼女の気持ちはどうなるのよ……」
 
──その時、すぐ近くでガサガサと草木を揺らす音がした。
 
「クソッ……こんな時に魔物かよッ」
 と、シドは刀を抜いた。
 
カイは立ち上がってルイの背中に身を隠した。シドはモヤモヤした気持ちを振り払うように魔物に斬り掛かっていった。
 
「もし彼女が命を落としたら……帰れず、家族や恋人にも会えず、こんな場所で独りぼっちで生涯を終えるのね」
 シェラは悲しみに暮れた。
「死なせはしねぇーよ……。何の為に俺らがいると思ってんだ」
 シドは刀に付いた魔物の血を払い、鞘に仕舞いながら言った。
「悪いけど、私からしたら貴方達は……アールちゃんを守る為にいるというより、アールちゃんを無理矢理歩かせて絶望に追いやる為にいるようにしか思えないわ。……だって結局は、旅を止めさせる気はないのよね?」
 シェラはそう言うと、アールが眠るテントの中へと戻って行った。
 
シェラの容赦ない言葉に、彼等は何の反論も出来なかった。自分達の“使命”に対して浮かんだ疑念に気が咎められていた。
 
 

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