voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋9…『必然』 ◆

 
「うまそーだな!」
 と、食卓に並ぶ朝食に目を輝かせたのはワオンだった、
 
ほくほくの白いご飯、大葉と大根おろしつきの焼き魚、だしをとったお味噌汁。どれもワオンの口に合う味だった。
 
「うめー!!」
「ふふ、それはよかった」
 
ミシェルは内心ハラハラしていた。以前の恋人は、こんなに喜んではくれなかった。少しでも口に合わなければ熱々の味噌汁を引っかけられた。
 
「こんな美味いもんつくれる人を、嫁さんにしたいもんだな」
「え……?」
「え? あ、いや、なんつーか、どうやって料理覚えたんだ?」
 と、恥ずかしそうに話を逸らしたワオン。
「えっと、元々料理は好きだったの。モーメルさん家にお世話になるようになってから、栄養とかにも気をつけるようになって……」
「そうかそうか! じゃあそろそろバイトに行く準備をするかな!」
「あ、じゃあ私は急いで食器を洗うわね」
 と、ミシェルは慌てて食器を重ねた。
「いやいや、洗い物までいいて! 俺が帰ったらやるから」
「ほんとにやるの? そんな時間と余裕ある? バイト終わったらVRCでお仕事でしょ?」
「まぁ……そうだが……」
「私がお皿洗いたいの。少しは甘えてよ、ね?」
 
母親のようでもあるミシェル。世話を焼かれるのはあまり好きではなかったワオンだが、相手がミシェルならむしろ大歓迎だった。
 
二人は共に夜を過ごし、同じ時間に家を出た。
いつもと変わらないはずの朝が、今日は一段と清々しく晴れ晴れとしているように思う。
ワオンが自宅の鍵を閉めたとき、背後から声を掛けられた。
 
「なんだワオン、いつの間に女ができたんだ?」
「──?! トーマスさん! いや……これはその……まぁ、よろしくお願いします」
 
バイクに跨ったトーマスが、玄関先に来ていたのだ。
 
「今日は忙しくなる。新人のトレーナーが2人もやめちまったからな」
「そうなんですか?! ったく、最近の若い者は使えないですね」
「若いっつってもお前と変わらねーよ。ま、出来れば今日は少し早めに顔出して欲しい」
 そう言ってトーマスはミシェルに目を向けた。「忙しいならいいが」
「いや、大丈夫っすよ。俺はこれからバイトで、早めに切り上げますから」
「デートはいいのか?」
 と、笑う。
「いやー……その……」
「デートはいいわよ。またいつでも会えるもの」
 と、ミシェル。
「よく出来た彼女だな」
 トーマスはそう言ってバイクを走らせた。
 
「すまないな」
「なにがよ、私は平気よ?」
 と、笑顔を見せる。「でももうちょっとちゃんと紹介して欲しかったけど」
「あー悪い……急だったもんでな。今度改めて紹介するよ」
 
━━━━━━━━━━━
 
「きたー!!」
 と、シドが魚を釣り上げた。
 
拾った枝に紐をくくりつけて釣り上げた魚は、コイの体にイソギンチャクのような触手がついていた。
 
「まずそ……」
 と、カイが呟く。
「食べられませんよ、猛毒を持っています」
「きもちわりーな。まともな魚はいねーのかよ」
 
その頃アールはヴァイスの話に耳を傾けていた。知らなかったハイマトス族という種族の生態を知ってゆくたびに、心がますますえぐられていくような気がした。
 
レビと別れたヴァイスは山から村に戻り、集会所に向かった。
集会所の玄関の前で、父親が座っていた。
 
「父さん……」
 
ヴァイスが声を掛けると、ディノは優しくほほえんで無事に帰ってきたことに安堵した。
 
「あの子は……?」
 ホルンの姿がない。母親もいない。
「帰った。あの子にはまだ早かったようだ」
「…………」
「お前も、無理をする必要はない。片付けは私がやっておくから、帰ってゆっくり寝なさい」
 と、ディノは集会所の扉を開けた。
 
独特な臭いがする。ゆっくりと腐敗が進んでいるのだろう。獣の鼻だからよくわかる。
 
「父さん」
「なんだ?」
 と、振り返った。
「俺、大人になるよ」
「…………」
「父さんみたいになる」
 
ヴァイスはそう言って、集会所に再び足を踏み入れた。
 
 
アールは椅子から立ち上がると、ヴァイスの横に立って泉を眺めた。時折水面に魚の影が見え隠れする。
 
「人を……守りたかったの」
「…………」
「見て見ぬふりなんか出来なかった。私があの場所に遭遇したのは偶然なんかじゃなくて、きっと意味があったように思うから」
「…………」
「…………」
「それでいい」
 と、ヴァイスは呟いた。
 
ヴァイスは昔、こんな話を聞いたことを思い出した。
 
別の村に住んでいるハイマトス族が全滅した。襲った人間の村で、ひとりの人間に全員殺された。それでも決して人を憎むな。我々は人を喰らい、人に化け、彼らの領域に入るのだから
 
アールが起こした事件かどうかは断言できないが、ムゲット村のハイマトス族はこの事件以来、必要な者だけが人間の村へ出向き、必要な数の人間しか殺さなくなった。
 
「アール」
 と、ヴァイスは彼女を一瞥した。
 
ムゲット村ももうない。もしかしたら自分が最後のハイマトス族かもしれない。どこかで人間に混ざって生活をしているハイマトス族がいるのかもしれないが、捜したところでどうなるわけもない。自分の知らないところでハイマトス族の血を受け継ぐ命が生まれる場所があるのかもしれない。
必要になれば捜すのかもしれないが、必要になることはないだろう。
 
存在自体が誤りとも言えるハイマトス族に、生きる価値を見出せずにいた。
 
「私はお前に生かされている」
 
ヴァイスが感謝の言葉を口にした瞬間、アールは不意に春の香りに気づいた。穏やかな時間と、春の風。今日の空は青く澄み渡り、自然が奏でる心地のいい音に耳を傾けた。
 
「キモ魚しか釣れねぇ」
 と、シドが手ぶらで戻ってきた。
「キモ魚しかいない湖、キモミズと名づけましょう」
 と、カイ。
「そろそろ出発できますか?」
 と、ルイ。
 
「うん。行こう、今日は頑張れそう」
「毎日頑張れよ」
 と、シドが呆れる。
「いつもよりってことだよ!」
「いつも頑張ってたのか、全然わからなかった」
「超がんばってるっつの! シドが見てないだけでしょ! 私の頑張りを!」
「頑張りすぎはよくありませんよ」
 と、ルイはテーブルをしまう。
「そうだよ、俺みたいにたまには息抜きしなくっちゃー」
「おめーは息抜きしすぎだ!」「カイは息抜きしすぎ!」
 アールとシドは口を揃えて言った。
「お、久々にハモったんじゃなーい?」
「ハモリたくなくてもハモるわ!」
 と、言い捨てるアールに
「同意見」
 と、シドが付け加えた。
 

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