voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋8…『ヴァイスの幼少期』

 
森の中を駆け抜けた。はやく人の姿になりたいと思っていた。大きくなれば次第に人の姿になれるのだと思っていた。けれど大人になっても獣の姿のままの住人もいた。彼らは成長が遅いのだと聞かされていた。だから人を喰らうなど、聞いていなかった。
 
「魔物だ! 魔物が出たぞ!」
 
その叫び声にハッと足を止めた。気づけば知らない村の近くまで来ていたようだ。眩しい光を浴びる。懐中電灯だ。
 
「いたぞ! 捕らえろ! 殺せ! 村に入られちゃ厄介だ!」
 
どうしてだろう。僕も人間になるのに。彼らと同じだと思っていた。生まれたときから人という姿の生き物などいないと思っていた。だから命を狙われる理由がわからなかった。
 
「やめてよ! 僕は村を襲ったりしないよ!」
「誰だ?! あいつが喋ったのか?!」
「いいから捕まえろ! 気味が悪い! どうせ魔術師かなんかに言葉をもらったんだろ!」
 
どうして。そういえば大きくなるまで村の外には出てはいけないとうるさいほど言われていた。森の中を駆け抜けながら、理解してゆく。ハイマトス族という特殊な種族に生まれたのだと。
 
「おいお前ッ!」
 と、突然人間の少年に行く手をふさがれた。
 
ヴァイスは唸りながら人間を警戒した。
 
「こっちだ!」
「え……」
「言葉わかるんだろ? つかお前、ヴァイスだろ?」
 
何故、この人間は自分の名前を知っているのだろう。それは襲ってくる人間を撒くことができたあとに知った。
 
「俺だよ。レビだ」
「レビ……レビ兄さん?!」
 ヴァイスは彼に近づき、目を見つめた。ハイマトス族特有の、紅い瞳。
「レビ兄さん……」
「人間になったからわからなかったんだろ」
 と、レビは笑った。
 
洞窟に案内され、焚き火で暖を取った。洞窟の壁に映る炎の影が、ゆらゆらと揺れている。
 
「喉渇かないか? ミルクあるんだ」
 と、洞窟の置くからカップを取り出した。奥はキッチンのようになっているが、電気などは通っていない。
「レビ兄さんも……人間を食べたの?」
「…………」
 レビは目を丸くした後、苦しそうに笑った。「あぁ、喰った喰った」
「…………」
「俺は10才のときだった。お前はまだ……何歳だっけ」
「5才……」
「そっか。まだ受け入れられないよな」
 そう言ったレビは、16才だった。
 
洞窟の奥に置いていたクーラーボックスから、瓶に入ったミルクを取り出してカップに注ぐと、ヴァイスの目の前に置いた。
 
「あ、悪い。お皿に入れたほうがよかったな」
「……ううん。ありがとう」
 と、ヴァイスはカップのミルクを飲んだ。
「俺、頑張って人間の姿を手に入れたけどさ、馴染めなくて逃げてきたんだ」
「…………」
 
レビは小さい頃からヴァイスの面倒を見てくれていたが、ある日突然姿を消した。自立したんだと父親は言っていた。人間の姿になっていたことも、ヴァイスは知らなかった。
 
「人間の世界で生きていくには自分がハイマトス族だってこと、言っちゃいけないんだ。バケモノ扱いされるし。そもそもハイマトス族を知らない人がほとんどだけど……」
「そうなの……?」
「うん。それとなく訊いてみたら、人間を襲うバケモノだって言ってた。元はその姿でいずれは人間になるのだということは、知らない様だった」
 と、レビはヴァイスの体に目を向けた。
「そう……」
「人間の姿になってから、人間として生きてくために色々聞かされるとは思うんだけど、まずこの紅い眼。隠さないといけない」
「どうやって?」
「色がついた小さなレンズがあって、それを眼に入れるんだ」
「うわ……痛そう」
「うん、慣れるまではね」
「…………」
 
レビは背伸びをして、壁に寄りかかった。
 
「レビ兄さん」
「ん?」
「人間……食べないとダメなの……?」
「…………」
「食べたくないよ……」
「お前のときもそうだと思うけど、俺んとき父さんが、人間の死体を運んで来てくれたんだ。命からがらだったと思うよ。寝てるところを襲ったんだろうけど抵抗されただろうし。死体をこっそり運ぶのも大変だっただろうし、何より……殺すのは嫌だったと思う」
「…………」
 ヴァイスは父親のことを思いながら、顔を伏せた。
「でも、父親の役目なんだといって、用意してくれた」
「…………」
「俺が断ったら、また改めて別の日に、別の人間を殺さなきゃいけない。事故死した人間を食べた奴もいるみたいだけど、事故死なんてそうそう起きないし」
「うん……」
「村に残ってる大人のハイマトス族は、人間の世界に馴染めなかった奴らだよ。どの面下げて帰ってきてんだって思われる。あとは子供が出来たら、戻って来るんだ。人間から獣が生まれるなんてとこ、見せられないからね」
「…………」
「ヴァイス」
 
レビは立ち上がり、洞窟の入り口に移動して、夜空を見上げた。木々の隙間から星が見える。
 
「ハイマトス族はいつか滅びる」
「え……」
「人間と恋をしても生まれてくる子供はハイマトスの血を受け継ぐ。人間の姿で生まれてくれるとは限らない。それが怖くて人間との間に子供を作るのはタブーとされてるし、もちろん中にはハイマトス族だと知った上で、更に獣を産み落とすかもしれないと知った上で、ハイマトス族との子供を授かった人間もいたよ」
「そうなの……?」
「その女性は俺達の村で子供を産んだ」
「人間の赤ちゃんを産んだの?」
「いや、獣だった」
「…………」
 ヴァイスは不安げに肩を落とした。
「でも、それまでも受け入れた。愛おしそうに抱きかかえて、母乳をあげたんだ」
 と、レビは振り返る。
「よかった……」
「そうだね。でも、俺が知ってるのはその人ひとりだけ。あとはバケモノ扱いされて殺されたり、子供は産んでもいざ目の当たりにしたら受け入れられなくて村に置いて逃げたりね」
「…………」
「そんなこともあって、人間になりたくないハイマトス族もいるんだ」
「あ……」
 
ヴァイスは大人になっても獣姿の村人を思い浮かべた。
 
「人間になったって、生まれたときの姿も寿命の長さも違う」
「そうなの……?」
「人間の寿命は短い。だけど、人間の姿を手に入れた俺たちは姿だけ人間になっただけで、寿命の長さまでは変えられない」
「…………」
「獣の姿のままで、あの村から出ずに生きる道を選ぶ奴もいる。未熟者と呼ばれるんだ。でも結局あの姿のままじゃ人間の姿になって生きるより生きづらいと知るんだ。未熟者同士結ばれるってこともほとんどないしな。つまらない人生だ。──だってお前、まだ獣姿の女の子に恋心抱けるか?」
「…………」
 恋の話に慣れていないヴァイスは少し戸惑いながら、首を左右に振った。
「だろ? 俺達は獣の姿で生まれておきながら、獣には恋できないんだよ。ま、例外もいるけどさ。人間になって人間に恋するように出来てしまってる。獣見てもそこら辺のモルモートと変わらないようにしか見えないもんな。まぁ赤ちゃんは可愛いけどさ」
「…………」
 
ため息をついたレビを見て、彼は誰かに恋をしているのだろうとヴァイスは感じ取った。
 
「神様はなんで僕達をつくったんだろう。魔物でもない、人間でもない。どっちつかずな生き物を……」
 と、ヴァイスは自分の運命にうな垂れた。
「神様がつくったとは限らない」
「え……?」
「魔術師が何かの実験で作り出してしまったのかもれない。神様も認めていない生き物を。……なんてね。」
 
ヴァイスはゾッとした。ハイマトス族は此の世で生きることを許されていない、本来はこの星に存在してはならない生き物なのだろうか。
 
「ま、真相は闇の中だけどね」
 
そう言ってレビは笑った。ハイマトス族として生まれた以上、ハイマトス族として生きるしかないんだと、諦めたように呟いて。
 

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