voice of mind - by ルイランノキ


 心憂い眷恋3…『映画』

 
一向は旅の道中。大平原を抜けるにはまだ距離がある。
 
「アールはさ、男の子と女の子、どっちがいい?」
 と、カイ。
「なにが?」
「子供。出来るとしたら」
「子供? うーん……無事に生まれてきてくれたらどっちでもいいかな。弟も妹もいなかったから、どっちも欲しいかも」
「じゃあ女の子、女の子、男の子で、女の子がいいかなぁ」
「女子率高いね。ていうかなんでカイが決めるのよ」
「え? 俺とアールの子供の話をしてるからだよ」
「え、なにその妄想……怖い」
 
一行が歩みを進めていると、大平原を横切る川が近づいてきた。
 
「あの川に沿って行きましょう」
 と、ルイ。
「うまそうな魚いねぇかな」
 シドが覗き込むが、小さな魚が気持ち良さそうに泳いでいるだけだった。
 
太陽に照らされて水面が宝石のようにきらきらと煌いている。時折、土の中から魔物が飛び出してくるが苦戦することなく仕留め、先を急いだ。
 
「あのさぁ」
 と、カイが口を開く。「俺、浮き輪持ってるんだけど。俺の分だけ」
「流れていくおつもりですか?」
 と、ルイ。
「だってさ、川に沿って行くんでしょ? 流れたほうが早いよ」
「結構川の流れ速いよ?」
 と、アール。
「あ、じゃあさ、浮き輪にロープ括りつけてアールが持ちながら、そう、それはまるで浮き輪に乗ったカイのお散歩のようにしてくれたらいいよ」
「やだよ」
「カイさん、この先、川が広くなっているようですし川の中に魔物がいないとは限りませんよ」
「そのときはヴァイスがいるじゃんかぁ。ひょいひょいと流れる俺んとこに来てバーンて倒してくれたら」
「断る。」
「ひどい!」
「酷いのはカイでしょ」
 と、アールは眉をひそめる。「自分が楽したいからって仲間を使うなんて」
「あ、じゃあアールはルイのシャボン玉みたいな結界に入って俺の後ろを流れたらいいじゃないかぁ。あ、まって、結界のほうが安全だからアールが浮き輪で、俺が結界かな」
「カイさん、せっかく武器が替わり、強くなったのですから地上を歩み、今以上に体力も力も備えていきましょう」
「だぁて歩くの飽きたんだもん! アールの新衣装を眺めながら歩くの悪くないけどさ、妄想し尽したし」
「妄想……?」
 と、アールはあからさまに嫌な顔をする。
 
━━━━━━━━━━━
 
「ごめんなさい遅れて……」
 
息を切らして走ってきたのはミシェルだった。せっかくのメイクも汗で崩れてしまう。
 
「そんなに急いでこなくても大丈夫だぞ」
 ワオンは優しくそう言って笑った。
 
ミシェルとワオンは肩を並べて映画館への道を歩いた。平日だけあって人の数が多い。ミシェルはすれ違う人とぶつかりそうになる度にワオンの腕を眺めた。彼はいつも腕を組んで歩く。その鍛えられた腕に手を回したい。手を繋ぐのでもいい。そう思いながら、なかなか自分からは言い出せないもどかしさがあった。
 
──彼から「大丈夫?」って手を差し出してくれたらいいのに。
 
「今日はやけに人が多いな。逸れるなよ?」
「え、えぇ、大丈夫」
 
やっぱり手を繋いでくれない。正式にお付き合いすることが決まって、今日で丁度10回目のデートだというのに指一本触れてこようとはしないのだ。そうなってくると段々と不安になってくる。
今更ながら、告白されたのは聞き間違いだったのかとさえ思えてくる。私に触れたくないのかしら。私たち付き合ってないのかしら……。
 
「お、ここだな。チケット持ってきたか?」
 映画館前に着き、ミシェルを見遣る。
「えぇ、もちろん!」
 
前回会ったときに、ワオンがチケットを用意してくれていた。一緒に観に行かないかと誘われて、受け取った。映画の内容は今人気の恋愛ものだ。
 
「ワオンさんって、恋愛もの普段からよく観るの?」
「いやいや、俺はこういうの苦手だからなぁ……」
 ぽりぽりと頭をかくしぐさが可愛く思える。
 
私の為に選んでくれたんだろう。それが嬉しくてたまらない。
席は劇場のちょうど中央だった。スクリーンが観やすい。そして席は隣り同士だからもしかしたら手を繋ぐこともあるかもしれないと、期待を胸に心が弾む。
 
「あ、飲み物いるか? 食い物でも」
「ううん、私はいいわ」
「そうか」
 と、少し残念そうに座りなおすワオン。
「食べたいのね」
 と、ミシェルは笑う。「私が買ってきてあげる」
「いやいや、自分で行くよ。ポップコーンが食べたかったんだ。映画といったらポップコーンなんだろう?」
 ワオンはそう言って席を立ち、売店へ向かった。
 
もしかして映画自体あまり来たことがないのかしら。
そう思いながら、鞄に入れていた携帯電話の電源を切った。デートが終わったら、まず誰に報告しようかと考える。──モーメルさんに話すのはもちろんでしょ? アールちゃんにも話したいわ。でも忙しいかしら。あまりこちらから連絡しないほうがいいかしら。
そういえば、アールちゃんにも恋人がいたんじゃなかったかしら……。
 
「コーヒーでよかったか?」
 と、ワオンが戻ってきた。
 
プレートに二人分のコーヒーと、Lサイズのポップコーン。
 
「そんなに大きいの買ったの?!」
「おう。腹減っててな! ミシェルも食うだろ?」
「もう……私はいらないって言ったのに」
 そう言いながら、ひとつ口に放り込んだ。
 
恋愛映画の主人公は、25歳で恋愛に臆病な女性だった。10代の頃に体験した恋愛が悲惨なもので、男性不審に陥っていたところに運命の人と出会う。でもその彼のことを気になりながらも怖くて一歩踏み出せずにいた。
彼は優しく、彼女の気持ちが安定するまでいつまででも待つと言った。一ヶ月、二ヶ月、半年、一年と時が流れても、彼は彼女を急かすことなく、指一本触れずに待っていてくれた。
そんな誠実な彼に心を開きはじめた主人公は、彼に身を寄せて抱きしめてもらうことができた。けれどそんな矢先にかつて自分を苦しめた元恋人が現れ、二人の邪魔をしはじめた。再び彼女の心は壊れはじめ……
 
「…………」
 ミシェルはスクリーンから視線を落とした。自分と重なるところがあって、心が痛む。
 
彼は、ワオンさんはどうなんだろう。私に対してどう思っているんだろう。面倒な女と付き合うことになったとか、思っていないかな。
 
そう思うのも、スクリーンの中で主人公の元恋人が言ったセリフがミシェルの心に突き刺さったからだ。
 
『よくあんな精神的に病んでるめんどくさい女と付き合えるな。もし別れるとなったら手首切りかねないぞ。やめとけよ』
 
もし彼からも暴力を受けたらきっと、私は生きていけない。ワオンさんはそんなことをするような人じゃないと信じてはいるけれど、でも……。
 
ミシェルは横目でワオンを見遣り、ぽかんとした。 
口にポップコーンを詰め込んでいる。そんな姿を見せられ、不安に陥っていたのがバカみたいに思えた。
 
「ほお張りすぎ」
 と、小声で言い、ミシェルもポップコーンを口に運んだ。
 
映画はハッピーエンドだった。
彼を信じぬき、彼の気持ちに応えようと元恋人からの嫌がらせにも屈せず愛を突き通した。愛される喜びやぬくもりを知り、信じて愛し抜く強さを手に入れた彼女の笑顔で幕は閉じた。
 
「寝なかったわね」
 と、ミシェル。
「そりゃ寝ねぇよ、なかなかよかったな」
「そう? 男の人にとっては物足りない映画かなと思ったけど」
「いいや、あったかい話の映画は好きだ」
 と、残ったポップコーンを口に流し入れ、二人は映画館を後にした。
 

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©Kamikawa
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